第17話 不安

「司っち!緊張しなくていいよ。気楽にね!」

「あ、うん。ごめん」

「謝んないの。ひひ」


 普通の男なら緊張せずにはいられないと思うが……

 

 奈々は小悪魔っぽく笑ったのち、いちごラテを飲む。


 奈々といちごラテは実にいい組み合わせだと思う。

  

 優奈はキャラメルマキアート。


 どうやら甘いものが好きみたい。

 

 にしても優奈のキャラメルマキアートを飲む姿ってすごいな。絵画じみている。


 窓に映った光が彼女の整った顔の輪郭を強調してくれているおかげで、まるで撮影スタジオでのモデルを見ているみたいだ。


 俺がぼーっとなていると、俺の頼んだものを店員が持ってきてくれた。


「こちら、チョコミントラテでございます!」


 と、緑色のチョコミントラテを俺のところに置いて店員は立ち去る。


「げえー司っちってチョコミント堂なの?」

「チョコミント食べる人って本当にいたんだ……」


 二人があからさまに顔を歪める。


「まあ、俺も最初は嫌いだったけど、友達がチョコミント好きで、ずっと美味しく食べるものだから、気づいたら俺も食べるようになったって感じかな」


 アニオタの大志、チョコミントしか頼まないもんな。


 俺があははと笑ってストローをチュウチュウすると、優奈が俺をじっと見つめる。


 そんなにチョコミント食べる姿が珍しいのか……


「司くん……」

「ん?」

「私も食べてみたい」

「え?」


 優奈はちょっと恥ずかしそうに身を捩り、俺が飲んだチョコミントラテを見つめる。


「あ、ああ……いいよ」

 

 俺は流れるように俺のチョコミントラテを優奈に差し出した。


 優奈はチョコミントラテの入ったコップを握り、


 俺の唾液がついたストローに口をつけて飲む。


「っ!!」


 目が丸くなった俺。


 奈々はそんな俺を意味ありげに見つめて口角を吊り上げた。


 優奈は自分の行動のヤバさに気がつき、急遽ストローから唇を離した。長い糸を引いているが、その唾液はやがてストローに全部付着してしまう。


「ご、ごめんね。私、口をつけちゃって」

「だ、大丈夫だよ」


 と、俺が同様するように言うと、優奈は頬を少しピンク色にしたのち、味を吟味して


 顔を歪ませる。


「うう……歯磨き粉の味がする……」

「あはは……無理しなくていいよ」

「……」


 と言って、俺はストローを指で擦っていると、奈々が口を開く。


「別にこすんなくて良くない?面倒臭いし、これからいっぱいあるから」

「……」


 俺は無言のまま恥ずかしそうに目を逸らしてストローをまたちゅうちゅうした。

 

 完全に主導権を握られてしまった。


 俺なんか合コンの時のイケメンみたいに取り仕切る能力なんか持ち合わせてないし、コミュ力が低い。


 まあ、こんな揶揄うような扱いはある意味当然か。


 話題の提供でもしよう……


「えっと、奈々と優奈は幼馴染だよね?普段も二人で遊んだりする?」


 と、二人に問うと明るい表情の奈々が先に答えてくれた。


「そうだよ。いつも二人で遊んでる」


 優奈は明るい奈々を見て、頬を緩めて言う。


「奈々は私の大切な友達よ。私のことをよく知っている大事な友達……」

「ゆ、優奈っち……照れ臭いからそんなことはやめてよ!あはは!」


 奈々はあははとごまかし笑いをしているが、優奈の瞳に揺るぎはない。


 間違いない。

 

 優奈にとって奈々は俺にとって悠生や大志のような存在なのだろう。

 

「な、なんか悪い。二人だけの時間を邪魔しちゃったみたいになって」


 俺はちょっと申し訳なさそうに言った。


 だが、


「ううん。司くんはいいの……」

「……」

 

 優奈に言われ、嬉しさ半分戸惑い半分の気持ちが渦巻く俺に奈々が追い討ちをかける。


「私たち二人だとウザい男たちめっちゃ絡んでくるし、むしろ司がいてくれたら大歓迎だけど?むしろ頼みたいくらい〜」

「……それはどうも……」

「なんせ、優奈の恩人だから。ひひひ」

「い、いや……恩人だなんて大袈裟だよ」

 

 俺が後ろ髪をかきつつ言うと、優奈が急に綺麗な顔を俺に近づけて、俺の瞳を見つめながら言う。


「司くんは私の恩人よ。あの時、司くんが助けてくれたから、私は正気を保って生きていられたの。あの時、本当に本当に本当に怖くて、周りに誰もいなくて絶望していたけど、司くんが私を救ってくれた。これは紛れもない事実で、地球が滅びても変わらない真理よ」

「……」


 彼女の青い瞳は俺を捉え、逃げることを許さない眼差しを向けてくる。


 機関銃ばりに放たれる彼女の言葉と、何かを必死に訴えかけるような面持ち。


 俺の心のどこかが気分だ。


 それと同時に、


 ものすごい罪悪感が渦巻いてくる。


 本当に本当に本当に怖くて、周りに誰もいなくて絶望していたんだ。


 臆病者の俺が勿体ぶったせいで……


 俺が物憂げな表情をしていると、奈々が普段の小悪魔のような表情ではなくとても真面目な顔で俺に問う。


「司っち」

「な、何?」

「もし、優奈っちがまた危ない目に遭いそうになったら、司っちは助けてくれる?」

 

 彼女の問いに俺は即答する。


「ああ、助ける。俺は助けないといけない」

「なんで助けないといけないわけ?」


 まるで俺を試すような目だ。


 優奈はともかく奈々はとても感がいい子だ。


 嘘をついてすぐ気づくだろう。


 そもそも嘘をつくつもりはない。


 引かれるかもしれないけど、いうしかない。


「……ずっと苦しかったんだ」

「苦しい?」

「ああ。優奈をもっと早く助けるべきだったと。俺がちゃんとしてなかったから優奈があの時辛い思いをしたと……」


 俺が唇を噛み締めると、優奈が目を丸くして俺に話す。


「いや!司くんは何も悪くない!高校生なのに、大人の男性から私を守ってくれたじゃん!?なんで苦しむの?胸を張って自慢してもいいくらいよ!」

 

 戸惑いながら慰めの言葉をかける優奈に俺は諦念漂う表情でいう。


「俺、もともとこんな奴だから……」






「「っ!!!!!!!!!!!」」


 

 5秒くらいの間があった。


「ごめん……司くん、私ちょっとトイレ行ってくる」

「あ、優奈っち!一緒に行こう!」



「え?」


 二人は急に立ち上がり、トイレへと向かう。


 俺、余計なこと言ってしまったか。


 引いたのか。


 名状し難い不安が俺に押し寄せてきた。


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