第18話 寄り添い

優奈side


「……」

 

 やっとトイレで優奈だが頬は相変わらず赤い。


 手を洗う彼女が写っている鏡を見て、奈々が後ろに手を組んで口を開いた。

 

「まじなんなの?あれ……凄すぎるっしょ……」

「……」

「あんなふうに攻められとは思いもしなかった……私、初めて負けたかも……」

「……」


 奈々は敗北宣言をすると、優奈は口の端を上げて手洗いを終え、奈々の方へ向き直る。


 奈々は男を手玉に取るような女の子だ。


 自分が通っている大学の理事長の娘であることから、怖いもの知らずで、先般の合コンの時も優奈を狙うイケメンを煙に巻く狡賢さを見せていた。


 そんな奈々が負けたと自ら打ち明けた。


 つまり、


 自分が大好きな男は奈々さえも認めさせるほどの器を持っているということだ。


「ああ……やっぱり司くんいい……しゅき……私……さっきあんなこと言われたたとき、一瞬司くんのこと襲いたくて襲いたくて仕方がなかったの……でも私……司くんに辛い思いさせたから、申し訳なくて……私を助けておきながら、あんなに苦しむなんて……優しすぎるでしょ……」

 

 優奈はまた興奮し始める。

 

 自分は司のおかげで幸せと希望溢れる毎日を味わってきた。


 2年前、彼が自分を救ってから放った言葉がまた蘇ってくる。


『俺、こんなの初めてだったから、どうすればいいのか分からなくて……でも、俺がもっとしっかりしていれば、辛い思いせずに済んだかもしれないのに……だからこれは……!』

 

 2年経った今も、彼は同じ気持ちを持ち続けている。


 こんなに真っ直ぐで純粋で愚直なまでのひたむきな男は果たして、この世の中に存在するのだろうか。

  

 自分は彼に救われたが、彼は自分のせいで辛い思いをした。


 つまり、


 自分は司に癒えぬ傷を与えてしまった。


 とんでもない迷惑をかけてしまった。

 

 これまで、司に憧れを抱いていた。


 理想の男。


 しかし、あんなに悲しむ彼と彼の弱い姿を見ると、理性が失ってしまうほど彼が愛しく見える。


「……」


 そういえば司は前に、自分をもっと早く助けるべきだったと言ってくれた。


 自分はそんな司に対して、僅かな慰めを与えただけだった。


 彼がくれた救いと自分がくれた僅かな慰め。


 こんなの釣り合う訳が無い。


 チャラだと言ったらそれは泥棒以外の何者でもない。


 司も自分と同じ人間なのに、彼を自分を救ってくれた強くて逞しい男と勝手に決めつけた。


 彼は両親を失って、とても寂しく生きていたのに、自分は彼の心の奥深いところまで理解することができなかった。


 優奈は悔しそうに唇を噛み締めた。


 心が痛いのか、優奈は自分の右手で心臓のある巨大な左胸を鷲掴みにする。


 これはなんとしても自分が償わなければならない。


 彼が自分を守ってくれるように、自分も彼にをしてあげなければならない。


 自分にできること。

 

 それは


 


「……」


 彼が望むときに自分の体を貪り、彼の命令なら従う。

 

 この自分の左胸によって埋まった自分の細い指が


 彼のごつい指になったら……


「っ……」


 そして、


 そして……


 その先にあるのは……


 激しい彼の求めの先にあるのは……




 宿

 




「っ!!んん!!」


 優奈は目を丸くして躓く。


「優奈っち!!落ち着いて!!」


 奈々そんな自分の大切な親友を抱き抱える。


 優奈のこんなに淫らな格好を見るのは初めてだ。


 優奈のこんなにさせた男。


 霧島司。


 


「優奈っち、気持ちはわかる。でも、司っち結構遠慮するような性格だから、優奈が寄り添わないとだめだよ」

「……そうね」


 いつかの自分のお姉さんも似たようなことを言ってくれた。


 このままだと自分は司を握りつぶしてしまう。


 この渦巻く感情を、今の彼にぶつけるのは災いをもたらしてしまう。


 自分の行動にブレーキをかけてくれるお姉さんと奈々の存在に感謝しながら優奈は息を整えた。

  

 そう。

 

 自分の気持ちをぶつけるのも大事だけど、そこには司を第一に想う気持ちがなければならない。


「……戻ろう。奈々」

「うん」


 優奈は足を小刻みに震わせて歩き始める。


X X X


司side

 

「こない……」

 

 やっぱり、いうべきではなかったのか。


 俺は面白い人間ではないからしらけちゃったかな。


 数えきれないほどの考えが過ぎるなか、やっと二人が現れた。


「あ、司っちごめん!待たせちゃった?」

「ううん。大丈夫」


 と、二人が椅子に座ると、優奈は俺を見て言う。


「司くん」

「ん?」

「飲んでいい」

「いやじゃなかったか?」

「……飲みたい」

「お、おお……」


 優奈はまた俺のチョコミントラテに刺さっているストローをちゅうちゅうした。


「……」


 今度の彼女は嫌なそぶりを見せようとせず、残っているチョコミンラテを全部飲み干した。


 必死に我慢する表情がとてもかわいい。


「司くん……」

「う、うん」

「私、あの時ありがとうって言っただけで、司くんに何もお返ししてなかったわ。だから、今度私の家に遊びにきてちょうだい。美味しい料理をご馳走するわ。もあげるから……」

「い、いや……別に俺は……」

「お願い……私は司くんにきてほしいの。迷惑じゃなければだけど……きっと


 彼女の切実な表情を見て俺は言葉を失った。


 潤んだ青い目、肩まで届く亜麻色の髪、かわいく整った顔、巨大な膨らみ。


 その全てが俺の心を動かせた。


「……じゃ、お邪魔する」


 断ることはできなかった。


 俺の不安を吹き飛ばすほど彼女の顔が綺麗だったから。


「ひひひ、司っち」

「ん?」


 小悪魔のように目を細めて口角を吊り上げる奈々。



X X X


桐生家


「はあ……司……」

 

 優奈の姉である楓は自分の部屋のベッドで横になったまま、大きなクマのぬいぐるみを抱きしめている。

 

「甘やかしたいわ……きっと優奈の本性を知れば司くんは疲れるはずだから、そんな司を私がいっぱい愛してあげたいわ……」


 熱い吐息を吐いてクマのぬいぐるみを自分の胸に埋める楓。


 優奈を凌駕するほどの爆のつくマシュマロは


 クマの頭の全部を包み込んだ。



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