第15話 距離感は司をある方向に導く
「オーダー入りました!」
メイドが可愛い裏声で知らせると、俺含むキッチンで働く男性達は忙しなく料理を作っていく。
ドリンクの数々、エビピラフ、チキンオムライス、ピンクカレーなどなど。
大学が決まってからアニオタの大志に進められ始めたバイトだ。人前で喋ったりサービスすることを苦手とする俺にとってキッチンでの仕事は性に合うと思う。
お願いされた料理を黙々と作っていくだけの単純作業。
教えられた通りひたすら料理を作っていたら悩みや雑念や邪念が吹っ飛ぶ。
「お疲れさまでした」
仕事を終えた俺は私服に着替えて、休憩室へいくと、
「いや〜今日まじでいい感じだったよ!」
「ありがとう。なんか普段より盛り上がっちゃって……お客さん引いたりしてなかったかな?」
「もともとゆみちゃんかわいいから絶対喜ぶって!俺もゆみちゃんにおもてなしされたいな〜」
「あはは!うける!」
キッチンで働いている陽キャっぽい男先輩がメイドのゆみさんと楽しそうに話している。
まあ、あの人はもともとゆみさんを狙っていたし、他の男性スタッフたちは他のメイドたちと話している。
ちなみにゆみさんはこのメイドカフェの看板娘的存在だ。
「……」
俺は彼ら彼女らの和気藹々な雰囲気を壊さないために、密かに休憩室を出ようとすると、
「あ、司くん、お疲れ!今日は忙しかったのによく頑張ってくれたね!!」
ゆみさんがサムズアップして俺を励ましてくれた。
「ありがとうございます。キッチンにいる先輩たちのフォローのおかげでなんとかなりました!」
「ふふ」
黒いツインテールの髪、全体的にかわいい顔、そこそこある胸と細い体。
手の届く距離にいる女子の中でゆみさんはかなりレベルが高いと言えよう。
とても積極的でノリが良くて、みんなを笑顔にするほどのパワーを持っている。
看板娘だし、何より陽キャ男先輩を含む男性スタッフの中で彼女を狙っている人は多いと聞く。
そもそもここ恋愛禁止なんだけどな。
看板娘であるゆみさんは俺を見てにっこり笑ったのち何かを思い出したかのように口を開いた。
「司くんはこの後暇?メイドたちとスタッフ数人で飲み会行こうと思うけど。司くんは一度も参加したことないよね?私、司くんのこともっと知りたいけど!いいかな?」
「え?」
突然、ゆみさんから飲み会の誘いを受けてしまった。
それと同時に、
男性スタッフたちの視線は
俺への警戒へと姿を変えた。
異物を排除するように、自分の領域に誰かが土足で踏み込んだ時のように、彼らは表情こそ柔らかいが、あからさまに俺が混ざることを望んでないようだ。
「いいえ。僕、用事ありまして、お先に失礼します」
と、俺が笑顔で言うと、この休憩室はまた元の和気藹々とした雰囲気に取り戻した。
だが、
「そうなんだ……」
ゆみさんは残念そうに短くため息をつく。
「はい。それじゃ」
俺は軽く頭を下げてから踵を返そうとした。
偶然かもしれないが、ゆみさんと俺の目がばったり合った。
気のせいかもしれないが、ゆみさんは俺を詮索するような視線を向けてきた。
俺はメイドカフェを出た。
「……」
自分は高校時代から悠生と大志を頼ってきた。
あいつらが俺の居場所だ。
だから俺は不登校になることなく無事に高校を卒業し大学まで通っている。
だがここだと、どうしても距離を感じてしまう。
同じ言葉を喋っていても、まるで違う人種のような感じだ。
逆説的にいえば、そういうふうに割り切れば特にストレスを感じることなく仕事ができる。
「居場所か……」
大志のやつは、合コンで出会った優しそうな女の子と付き合いたくて頑張っているし、大志もアニメ関係のイベントとかで相当忙しいと聞く。
二人はいつも俺のこと気にしてくれている。
だが、
いつまでも甘えたりわがままは言えないだろう。
「……」
俺が暗い表情のままため息をついていると、スマホが鳴った。
「優奈……」
俺は早速届いたメッセージを確認する。
『仕事終わったかな?』
俺は早速返事をした。
『終わったとこ。帰宅中』
と、打って歩いていたらすぐにまた返ってきた。
『一人で?』
「……」
なぜだろう。たった三文字とクエスチョンマークだけなのに、俺はハッとなった。
『うん。一人で帰宅中』
俺が送ると、数秒後に返事がきた。
『月曜日に時間大丈夫?奈々と3人で一緒に遊びたいけど』
「……」
俺は
迷わず
返答した。
『いいよ』
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