第21話 近い関係
「はい〜どうぞ召し上がって」
「ありがとうございます……」
俺の左に座っているエプロン姿の楓さんがにっこり笑う。
さっきの身体接触があって俺はいまだに心臓が爆発寸前だというのに、楓さんはまるで天使のように笑顔を浮かべる。
テーブルには大量の肉じゃが、和物、卵焼き、赤味噌で作った味噌汁、ほくほくご飯などがある。
至って普通のメニューだ。
しかし、俺はこの組み合わせを見て、少し心が痛くなった。
死んだお母さんがよく作ってくれた料理だ。
「……」
「優奈もいっぱい手伝ってあげたからね。華やかな料理は作れないけど、美味しく食べてくれたら嬉しいわ」
「お、お姉さん……私失敗ばかりしたし、ほとんどお姉さんが作ったでしょ……」
「ふふ、そうかもだけど、私たちがたっぷり時間を使って、司だけのために作ったことが大事だから」
楓さんは優奈をあやす。
俺はそんな二人に申し訳なさそうに言う。
「本当にありがとうございます。俺なんかのために……」
と伝えて俺は箸で肉じゃがから食べてゆく。
「……美味しい」
なぜなろう。
確かに美味しい。
美味しいが、心の中に宿っていた謎の感情が俺の涙腺を刺激する気がした。
「司くん、泣いてる?」
俺の右に座っている優奈が心配そうに俺を見つめた。
こんな、誰かが直接作ってくれた温かいご飯を食べるのはいつぶりだろう。
悠生と大志とは、俺の家に集まってたまに男飯を作って平らげることはあるものの、こうやって女の人が丹念込めて作ってくれたご飯を食べたことは親が死んでから一度もなかった。
お母さんが作ってくれた美味しいご飯をお父さんと一緒に食べた時の記憶が蘇ってきた。
ちくしょ……
俺、こんなに綺麗な人たちに惨めな姿を晒しまくっている。
涙を流せば流すほど、料理がもっと美味しく感じられる。
そんな俺に、楓さんが優しく話しかけた。
「司、遠慮せずに食べてね。おかわりもいっぱいあるから」
「……はい」
俺は猛烈な勢いで楓さんと優奈が作ってくれた料理を平らげた。
二人はというと、早速食事を終えて、俺の両側で、俺がひたすら料理を食べていく姿を見守ってくれた。
心が満たされる気分だ。
ただ単にご飯を食べているだけなのに、涙を流しているだけなのに、心が温かくなる気分だ。
俺は完食した。
信じられなかった。
普段の三倍は食べた気がする。
人様の家なのに、俺の胃は緊張することなく、悠生と大志といる時のように安定していた。
「ご馳走様でした。本当に美味しかったです」
俺は丁重に両サイドに座っている美人姉妹に頭を下げる。
すると、楓さんが口を開いて立ち上がる。
「すぐ片付けるからコーヒーにしましょう」
優奈が皿洗いをし、その間に楓さんがコーヒーを淹れてくれた。
俺たちはリビングに場所を移し、ソファーに座りながらコーヒーを楽しむ。
位置は食事の時と同じく俺が真ん中で左に楓さん、右に優奈だ。
楓さんがコーヒーを飲む俺を心配そうに見つめたのち話す。
「優奈から聞いたのよ。高校入学してご両親が事故で亡くなられたと」
「……はい」
「私たちも幼い頃、両親が事故で亡くなったの」
「え!?本当ですか……」
「そう。優奈は司に気を使っているからあえて言わなかったけど、私と優奈は司と似たような家庭環境だったわ」
「……」
俺が優奈に目を見やると、顔を俯かせて俺から目を逸らしていた。
彼女は俺に気を使ってくれたか。
「だからね、ずっと二人で頑張ってきたの。途中で、奈々ちゃんが助けてくれたけど、男の助けなど一切借りずに、私たち女だけでずっと頑張ってきてここまで辿り着いたの」
「そうですか……俺より辛い人生を歩んできましね」
「ううん。似たり寄ったりじゃない?」
「……」
「なんで男の力を借りなかったか知ってるかしら?」
「そ、それは……見返りを……」
「そうよ。必ず体を要求するの。だからそんな男たちの申し出なんか固く断ってきたの。お母様がずっと口癖のように言った話を信じて」
「な、何を言いましたか……」
と、俺が問うと、楓さんは手を動かし、俺の胸をなぞるように触る。
「……」
俺が楓さんの細くて柔らかい手を感じていると、隣にいる優奈が口を開いた。
「いつか、私たちを本当に……本当に愛してくれる男が現れるから……その男をガッカリさせないために綺麗な体を守り続けること……」
綺麗な体……
さっきの話の流れで考えると、綺麗な体=処女だということになるのか。
つまり、その本当に愛してくれる男ってのは、もしかしたら俺のことか?
いや、そんなのはあり得ない。
あり得るはずがない。
そう思っていたら楓さんが急に俺の頭に腕を回して、自分の爆のつく胸に持っていった。
「っ!!んんん!!」
驚いてちょっと抵抗してみても、彼女の軟肉は全ての衝撃を分散させる。
「司……司は私たちを信頼させるにたる行動を十分すぎるほど見せてくれたわ」
「……」
「司の考え、言動、性格……全てが私たちを満足させたわ。だから私たち、司ともっと近い関係になりたいのよ。私たちの本当の姿を司に見せたいから」
「……」
楓さんの言葉を聞くたびに脳がしゃぶり尽くされるような感覚だ。
楓さんは俺の両肩を抑えて少し押した。
なので、俺は超人気映画女優の楓さんの胸から解放される。だが、相変わらず、楓さんの両手によって俺は拘束されている。
彼女は俺の目を穴が開くほど見つめる。
「なりましょう。近い関係」
頭が朦朧とする。
彼女の声が俺の頭の中でこだまし、埋め尽くして、彼女の吐息が俺の顔を覆い尽くした。
ああ……
近い関係。
この美人姉妹と……
これまでこの二人は住む次元が違う類の遠いところにいる人間だと捉えていた。
しかし、
これまで優奈が見せた行動と楓さんの話を聞くと、彼女らも俺と似たような人間だなと、柄にもなくそんなことを思ってしまった。
彼女らのあまりにも美しい見た目にはまだ慣れてないが、
「はい。なります」
「ふふ。いい選択よ。きっと司の選択が私たちにとても大きな喜びをもたらしてくれるはずよ」
「そうですか……」
しかし、不安もある。
俺を揶揄うためにこんなドッキリを仕掛けてきたのではないか。
まるで綺麗な水槽に真っ黒なインク一滴を落としたように、この小さな不安はあっと言う間に広がっていく。
楓さんはいつしか俺の両肩から手を離し、優奈に話しかける。
「優奈、今なら本音を打ち明けてもいいと思うわ」
「……本当?」
「うん。でもね、1%だけにしてなさい。急に100%ぶつけたら、司は壊れるわ。今の司の体は敏感だから気をつけないとね」
「……わかった」
「ふふん。私、ちょっとトイレ行ってくるわ」
楓さんはゆっくり立ち上がり、優雅な足取りでトイレへといく。
そしたら今度は優奈が四つん這いで俺に這い寄ってくる。
「司くん」
彼女は四つん這いのまま座っている俺を倒して俺の上に覆いかぶさった。
「っ!優奈……これは一体!?ん……頭が……」
「司くん」
「な、なに?」
「私ね、司くんとずっと一緒にいたい……24時間、朝から晩までそばにいたい。離れることがあっても、アインで写真送りあったり、通話して司がなにしているか全部把握したい……あと、司くんにずっと依存したい。一緒に寝落ちするまで語り合って添い寝したい……大学の講義終わったら、司くんの大学に行ってみんなの前でイチャイチャしながら見せびらかすように歩きたい」
「優奈……なにを言っている……ん……」
優奈の声が頭に響く。
箍が外れたように、優奈の言葉は減ることがない。
「あとねあとね……こんな私を司くんが支配するの。愛のこもった支配で私を屈服させるの。それでね、司の好きなよ……」
「ちょ、ちょっと待って……刺激的な言葉が多すぎて、俺、頭……」
「え?」
激しい頭痛に見舞われた俺は
気を失った。
優奈side
「司くん……」
気を失った司を見て優奈は申し訳なさそうに右手で自分の左胸を鷲掴みにする。
ちょうどトイレで用を済ませた楓がそんな二人の姿を見て口を開いた。
「優奈、1%だって言ったけど、我慢できなかったのかしら?」
自分が愛する姉の問いに、気絶した司に覆いかぶさっている優奈は答える。
「まだ1%も言ってないけど……」
「あら、そう?」
「うん……」
「司は繊細な子だからね。でも、繊細な子ほど吹っ切れたらすごいことになるんだよね」
「す、すごいこと……」
「優奈」
「うん」
「これから徐々に徐々に司に本音をぶつけるのよ」
「でも、そうしたら司は疲れて私のこと……」
「大丈夫よ」
「え?」
「私が癒してあげればいいから。うふふ」
楓は口角を吊り上げ目を細めてソファーで眠っている司を見つめる。
彼女はまるで自分の生んだ愛くるしい赤ん坊を見つめような母の表情をしていた。
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