第22話 恋人

 目が覚めた。


 優奈に倒され、何かを言われた気がする。


 その言葉はとてつもなく刺激的で、俺の脳を鈍器で殴るような衝撃を与えたように思える。


 その言葉を必死に思い出そうとしていたら雄を刺激する強烈なフェロモンの匂いと女子独特のいい香りが俺の鼻腔をくすぐる。


 おそらく俺はベッドの上で寝ているのだろう。


 しかし、俺の右の腕にこの上ない柔らかさが伝わってくる。


 この柔らかさは、俺に違和感を与えるのではなく、むしろこの柔らかさは感じられて当然で、ずっと前から味わっている感覚だという気がした。


 俺は目を開けた。


 すると天井が見え、俺は右の方へ頭を回した。


 そこには


 優奈がいた。


 横向きになって俺にとても熱い視線を向けている。


 俺の右腕は彼女のグレー色のニットを纏っている巨大なマシュマロによって埋められており、横向きであるためか、重力によって彼女の巨乳はベッドと俺の右腕を優しく押し潰そうとしていた。


 俺と目があっても彼女は微動だにせず、より距離を詰めてくる。


「優奈……なんで俺……」

「司くん眠ちゃったから、私の部屋で寝かせた」

「い、いや……そうじゃなくて」

「ん?」

「なんで、優奈、俺と一緒に寝てる?」

「一緒に寝たいから」

「……」


 言葉が出なかった。


 こんなにじっと見つめられて言われると、俺の脳がバグってしまいそう。


「いや……俺たち、まだ付き合ってもないのに、こんなことするのってどうかと思うけど」

「っ!!ね……」


 彼女は一瞬体を痙攣させた。


 おかげで俺の指も揺れだす。


 俺は自分の指の方へ視線を向けた。


 すると、


 俺の指は、彼女の股間のすぐ上のところにあった。


「っ!」


 下手をすると、彼女の大事なところに届きそうで俺が手を抜こうとするも、彼女は離してくれなかった。


「いや……司くんと離れたくない」

「え?」

「離れたくない。絶対離さない。2年前の時みたいになるのは嫌!死んでも嫌!ずっと一緒がいい」

「優奈……」


 彼女は突然不安そうに身震いして、俺の右腕をもっとぎゅっと抱きしめた。

 

 あの時、俺と離れたことで、彼女は不安を感じたのだろうか。


 連絡先の一つでも教えるべきだったか。


 あの時の俺は臆病者で両親が死んだことで心の余裕もなかった。 


 このみっともなさは今も同じ。


 合コンの時のイケメンみたいに口も上手くないし、優奈と楓さんの前で泣きっ面を晒し、かてて加えて寝てしまった。

  

 イケメンに囲まれた綺麗で陽キャな女の子が俺をみれば、きっと軽蔑するであろう。


 一体どれほど優奈をガッカリさせれば気が済むんだ。

 

 俺は暗い表情で口を開く。


「ごめん。俺、優奈に迷惑ばかりかけちゃって」

「……ううん。司に迷惑かけるのはいつも私よ」

「え?」


 優奈は俺に迷惑をかけたことは一度もないはずだが。


 俺が視線で続きを促すと、彼女は口を開く。


付き合ってもないのに、司くんを困らせるようなことをいっぱいしたから……」

「……」


 彼女は涙を浮かべ、悔しそうにまた話す。


「でも、司くんの前だと我慢できない!司くんじゃないとこんな気持ちになれない!私は元々こういう女の子よ!」

「優奈……」

「ねえ、私たち、付き合ってないよね?」

「……」


 彼女の青い瞳は深海を思わせるほど潤っており、俺を切なく見つめる。


 これは……


 いくら童貞で背伸びした陰キャの俺でも、彼女がなにを求めているか知っている。


 ラノベの男主人公の固有スキルである難聴も俺は持ち合わせてない。


 もう難聴なんか時代遅れだ。


 俺は優奈の方へ横向きになった。


 そのせいで、俺の右腕は彼女の豊満な胸から抜けた。

 

 彼女は一瞬戸惑うが、俺は早速左手を彼女の頭に乗せてなでなでする。


「っ!司くん……」

「俺なんかでよければ……付き合おう。付き合ってください」


「なっ……はあああ?!!?!?!」


 昔の俺なら、仰天する彼女を見て思うだろう。


 俺なんか優奈と釣り合うはずがない。俺なんて身の程知らずだ。これは俺を揶揄うためのドッキリだ。


 だが、今は違う。


『私ね、司くんとずっと一緒にいたい……24時間、朝から晩までそばにいたい。離れることがあっても、アインで写真送りあったり、通話して司がなにしているか全部把握したい……あと、司くんにずっと依存したい。一緒に寝落ちするまで語り合って添い寝したい……大学の講義終わったら、司くんの大学に行ってみんなの前でイチャイチャしながら見せびらかすように歩きたい』


『あとねあとね……こんな私を司くんがするの。愛のこもった支配で私を屈服させるの。それでね、司の好きなよ……』


 一つの不安は一滴の黒いインクになって水槽に落ち、全体を染める。


 だが、


 これまでの優奈の言動は、


 黒に染まった水槽に落ちる大量の水のようだ。


 やがてその大量の水は、黒に染まった水槽に落ち、全てを入れ替える。


 若干のインクの成分は残っているかもしれないが、いくら見ても、透明で綺麗だ水になっている。


 優奈の愛はそれほど強力だった。


「司くん……司くん!!!!!!!」

「え?」




!!!!!!!!!!!」


「ブッ!!」



 俺は窒息死するのかと思った。


 俺と優奈は恋人になった。


X X X


「今日は本当にありがとうございました」

「ううん。いいの。むしろきてくれてありがとう。司ならここを我が家だと思って自由に出入りしてもいいのよ。キーカードも渡したし」

「い、いいえ!そうするわけにも……」


 俺は優奈成分を堪能したのち、お暇することにした。


 もうちょっと長居したかったが、俺の心臓が持ちそうになかったから、俺は自分の家に帰ることにした。


 優奈は最初こそ俺が帰ると聞いて絶望していたが、俺の気持ちを伝えたら急にキュンとなって、納得してくれた。


「司くん、これから会おうね」

「お、おう。わかった」


 なぜか重みのある優奈の言葉に俺が戸惑っていると、楓さんが俺たちを微笑ましく見つめたのち、口を開く。


「司、これから私の妹をよろしくね。

「は、はい……」


 楓さんは包容力の塊のような表情だが、言葉自体には妙な迫力があった。

 

 俺は二人に手を振ってタワーマンションを出た。


 日が暮れようとしている。


 俺はにっこり笑顔で家に向かった。


 優奈の幸せを第一に考えないと。


X X X


優奈side


「イっちゃったわね。ふふふ」

「はあ……司くん……」


 楓は悦に浸かっている自分の妹を見て優しく微笑む。


「優奈」

「ん?」

「部屋で司とエッチしてない?」

「……必死に我慢した」

「ふふふ、えらい」

 

 楓は自分の愛くるしい妹を優しく抱きしめる。


 凶暴な胸同士が擦れ合い、実に壮観だ。


「司くんの子、めっちゃ産みたい」

「そうね。いつかその日がやってくるわ。私も見たいね。司と優奈の赤ちゃん……」

「っ!」

「でもね、今は付き合って一日も経ってないわ。だからもっと優奈の存在を司にのよ」

「……うん。もっと私のこと知ってほしい……。でも司くん疲れるから、お姉さん、任せて大丈夫?」

「ええ。もちろんよ。お姉さんに任せて」

「大好き……」


 優奈は楓の凶暴な胸に顔を埋める。


 楓はそんな優奈の背中をさすってつぶやいた。


「お姉さんに……に……任せなさい」


 楓の頬はピンクに染まり始める。





追記


やっと付き合ったけど、まだまだ始まったばかりだよ〜


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