第3話

 急いで昇降口を抜け校門まで辿り着くと、女子生徒の中心には勇紗によく似た顔立ちの王子様然とした男が立っていた。


「…………?」


 どこかで見たことがあるような気がするが気のせいだろうか。


「お兄ちゃん!」


 後ろから声を上げた勇紗に、男は縋りつくようにその碧眼を向けた。


「聖! よかった。助かった」


 どうやら女子生徒たちから質問攻めにあっていたようだ。

 現代の女子高校生は意外と怖いことを逢魔はよくわかる、と少しだけ哀れんだ。


「あなたたちは早く帰りなさい。良い子だから、ね?」


 勇紗さんのお兄さんなの!? と更にヒートアップしそうな生徒達に向けてにっこりと笑うと生徒達は頬を染めながら慌てて帰路に付いていく。


「どうしてここにいるの!」


 その後ろで勇紗が珍しく声を荒げているのが聞こえて驚いて振り返った。


「連れ戻しに来たに決まってるだろ。聖が住所を教えてくれないから、学校に来る羽目になった」

「それは…………」

「この方は聖のお兄さん?」


 なんとなく勇紗が言い淀んでいる気がして、気が付くとつい口を挟んでしまっていた。


「あ、うん。この人はアルベルト・フォン・ラインハルト。半分しか血が繋がってないけど、私の兄なの」

「半分しかとか言うなよ。聖と血が繋がってるだけで幸運なんだぞ」


 良い子良い子と言わんばかりに勇紗の頭を撫でる兄。

 そう言えば、勇紗の家族構成を一度も聞いたことがなかった。

 仲が悪そうには見えないが、連れ戻そうとしてる所をみると何か事情がありそうだ。

 そこでふと、以前も勇紗を連れて行こうとしていた人物がいたような気がした。


「………………」


 完ッ全に思い出した。


 あれだ。

 この男はつい先日勇紗が暴漢に襲われているのだと思って、力の限り蹴り飛ばした男だ。

 そう言えば勇紗があの後何か言ってた気がする。


 逢魔は自身のこめかみを指で悩ましげに叩いた。


 ――これはバレないように静かにしておこう。


「で? 貴様か、うちの妹を誑かしたのは」


 心に決めた傍からおかしな言葉が耳に飛び込んできたので、思わず素っ頓狂な声が出た。


「た、たぶ……!?」


 勇者に魅了は使っていない、と言うよりむしろかけたくてもはまるで効いた試しがない。

 何よりそんなこと一言も話したことないのだが。


「妹が塞ぎ込んでいて、相手の名前は確かまお――」

「わー!」


 急に勇紗が言葉を遮るように兄の口を掌で覆った。


「お、お兄ちゃんは日本語が下手だから気にしないでね」


 兄から批難の眼差しが向けられているような気がするのだが、無視して大丈夫なのだろうか。

 勇者の血縁。

 見た限りでは筋骨隆々と言う訳でもないし、至って普通の人間だ。

 勇紗も細身の体からは信じられない程の力が発揮される。

 ふと、血縁のこの男には効くのだろうかと疑問を抱いた。


 ここはひとつ試してみるとしよう。


「わたくしに従いなさい」

「おま、え――――何、を?」


 好奇心に勝てず、アルベルトの瞳を正面から見つめた。

 効きにくくはあるが徐々に膝を折ろうとしている。

 もしかすると勇者の血族と言うのも関係しているのだろうか。

 独り言を言いながら思考を巡らせる。


「優ちゃん――――」


 と勇紗に声を掛けられて、意識が引き戻された。


 ――――まずい。


 勇者の前で勇者の兄に魅了をかけるという失態。

 これがきっかけで記憶が戻ったり、最悪闘うことになったりするのかと背筋に汗が伝う。


「――私も跪いた方がいい?」

「や、やめなさい!」


 慌てて勇紗の手を掴むと同時に兄にかけていた魅了を解いた。


「な、なんだったんだ……」


 術の解けたアルベルトは佇まいを正すと、逢魔に向けて指を突きつけた。


「とにかく、俺と決闘だ」

「お兄ちゃん!」


 今時、どういう思考回路で決闘に行き着くのかはわからないが、この脳筋加減、嫌いではない。それに何となく、この男はタダでは引き下がらない気がした。


「いいわよ」

「優ちゃん!?」


 それに勇紗以外の久々の対人戦に心が躍ったのも確かだ。

 魔王らしく完膚なきまで叩き潰してさしあげようではないか。

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