第6話

「――――と言う訳で、勇者とケーキと食べてきたわ」


 今日は大人しく生徒会室に来てみると、珍しく一番乗りでいた鬼場に勇紗のことを話している。


「よかったっすね」

「べ、別によかったなんて言ってないでしょ!」


 その後、休日に遊ぶ約束までしたのだが、そこまで話す必要はないだろう。


「魔王さまお友達少ないですもんね」

「うるさいわよ! 今度あなたも付き合いなさい」

「いいすけど、当分は今の報告だけで腹いっぱいすわ」


 胃もたれしたとばかりに腹部をさすっている鬼場に、思わず机の下で蹴りを入れる。


「で? ここ数日見張ってて、勇者は記憶ありそうなんですか?」

「わからないわ」

「えぇ……」

「だ、だって!」


 自分だって、只楽しく勇紗とおしゃべりしている訳ではない。

 それとなく、


「魔王っていると思う?」


 と聞いても、


「ゲームの中にはいるんじゃないかな」


 と軽く返されるし、


「はい、勇者の剣よ」


 と模造刀を渡してみても、


「おもしろいね。今度これで稽古してみようかな」


 と本気で取り合ってくれない。

 まあ、当たり前と言えばそうなのだが、あまりやり過ぎるとこちらが不審者で捕まってしまいそうだ。

 直接勇者の記憶があるかなんて聞けるはずもなく、記憶に関してはもうお手上げの状態だ。


「まおうちゃんいるぅ?」


 扉から入って来たのは、元サキュバスの印童 いんどう愛実 あみ。生徒会では広報を担当している。

 茶色の巻き毛と豊満な胸は元サキュバスに恥じない色気を醸し出している。


「あ~ん、魔王ちゃん今日もうるわしゅう」

「もがっ」


 印童がいきなり抱きついて来たので咄嗟に避けきれず、逢魔はその巨乳に顔が埋もれた。


「なんだ印童、どこ行ってたんだ?」

「魔王ちゃんの大好きな勇者ちゃんの見張りしてたのよぉ。その報告」

「魔王さま、そんなさせてたんすか」

「大好きじゃないわ! それにあの子が心配な訳じゃなくて監視よ!」


 あまり生徒会に出ないと玲に怒られるので仕方なく、だ。

 窒息する前に印童の胸から脱出した逢魔は、頬を赤らめて反論した。

 これは断固として苦しかったから顔が赤いだけである。


「なにその理由、下手くそ過ぎてウケる」

「……鬼場、黙りなさい」

「その子のことなんですけど、校門で少し年上のスーツの男に呼び出されたようですのよ」

「え?」

「ここじゃまずいから移動しようとかって言ってましたわね」

「それって告白か、それとも果たし状か?」

「もっと早く言いなさいよ!」


 河川敷の方で話すと言ってましたと印童が後ろで叫んでいるのを聞きながら、扉を開け放った。


「か、会長!? どちらに……」

「後は任せたわ!」

「かいちょ――――魔王様!」


 氷椿が呼び止めるのも聞かず、廊下を駆け抜ける。

 長い黒髪を靡かせながら小さくなっていく逢魔を眼鏡の奥から呆然と見つめていた。


「魔王さま、今の方がいいよな」


 唐突に鬼場が逢魔の去った後を見つめてボソリと呟いた。


「あたしも! カッコいい魔王ちゃんも好きだけど、あたしも楽しそうな魔王ちゃんの方が好きよ」

「まったく、なに二人とも子供の成長を見守る母親みたいなこと言ってるんですか」


 そこに生徒会室に入ってきた氷椿が眼鏡を押し上げながら言った。


「素直じゃねぇの。ヒョウちゃんも今の魔王さま好きなくせにぃ」

「…………そうですけど、何か?」

「さっせんした」


 冷たい視線を送ると全力で謝罪してきた鬼場に呆れつつ、ゆっくりと中指で眼鏡を押し上げた。


「私は以前の勇者が気に入らないだけです」

「そうねぇ。でも勇紗ちゃんはどうなのかしら」

「ま、実際、今の勇者が何かしてきた訳じゃねぇし」

「魔王様もそのことが気掛かりなのでしょう」

「魔王ちゃんも勇者に素直になれればいいんだけどねぇ」

「ま、楽しみにしとこうぜ」


 ほんと、昔からオレらを飽きさせない最高の魔王だと、鬼場は大きく背伸びをする。

 他の二人も頷くと、校門を出る逢魔の後ろ姿を見送っていた。

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