第5話

 学校から徒歩十分程度の商店街。


 今、彼女たちの前には、二人組の男が立ちはだかっている。

 遠巻きに見ているのならまだしも、たまに自分は大丈夫だと妙な自信から声を掛けてくるこう言った変な輩もいるのだ。


「結構よ」

「そう言わずに」


 尚も引き下がらずに、二人の前に立ち塞がっている。

 こういう時は、ひと睨みして命令すれば大抵の人間が従うはずだ。


「――――ッ」


 口を開こうとした刹那、勇紗が男たちの前に割って入ってくる。


「君たち、嫌がってる人に無理強いするのは良くないよ」


 勇紗の怒ったような表情は初めて見た。

 その横顔が少し、勇者時代の表情に見えて逢魔はどきりとする。


 青い瞳が相手を真正面からきつく見据えて、いつもとは違う強い口調で言葉を発している。


 一見他人からすれば、可憐な少女からの可愛い注意だった。

 普通だったら従うはずがないと逢魔は拳を握りしめる。


 が、へらへらしていた男たちは態度を豹変させ、崩れ落ちるように膝を地面に付けて両手を握ると祈りのポーズを取った。


「はい! これから俺たち、心を入れ替えます!」


 驚いた。これも勇者の力なのだろうか。


 簡単に従った男たちにもそう驚いたが、いつもニコニコと笑っていたから正直、勇紗にこんな一面があるとは知らなかった。


「……あなたも怒ることあるのね」


 笑顔を振りまきながら去って行く男たちの後ろ姿を見つめながら、逢魔はポツリと呟いた。


「私はいい人じゃないしね。それに――――」

「?」


 勇紗は少し恥ずかしそうに俯いて、何でもないと首を振る。


「あ、ここだよ。入ろ」


 指さした店は、商店街より一本奥に入ったこぢんまりとした洋菓子店だった。

 カランカランと軽快に鳴る鈴と同時に店内へ足を踏み入れる。


 外観はシンプルだったが、中は可愛らしいインテリアとショーケースにはケーキやプリンが所狭しと並んでいる。それだけでまるで夢の空間だ。


 二人は席に着くと、若い女性の店員がメニューと水を運んでくる。


「………………」

「………………」


 くっ、決められないわ。

 逢魔はしばらくメニューと睨み合っていた。

 ケーキセットのケーキは五種類しかないものの、どれも美味しそうで困る。

 決めかねて勇紗をちらりと見ると、頬杖を付いて楽しそうにしている顔と目が合った。


「決まった?」

「え、ええ。これにするわ」


 オランジュ・オ・ショコラと書かれているチョコレートで表面をコーティングされたケーキを指さす。


「私はこのミルフィーユにしようかな」


 勇紗はパイ生地とスポンジと生クリームが層になり、一番上に苺が乗ったケーキを選ぶ。


さすがは勇者、わたくしが迷ったケーキにするとはお目が高い。


 注文すると他に客がいないこともあって、すぐに紅茶とケーキが運ばれてくる。


「はい。半分こしよ?」


 こちらの返事を聞く前に半分に割られたケーキが自分の皿へ載せられる。

どうしてわかったのだろうか。

最後はこの二つで迷っていたのだ。


「勇紗さん、その……」

「聖でいいよ」

「え、う…………ひじり」

「うん」

「…………ありがと」


 勇紗はにこりと笑うとケーキを一口頬張った。


「おいしーね」


 どくりと心臓が跳ねる。

 自身の頬が瞬く間に熱くなるのが分かった。

 どうしてこんなに勇紗のことが気になって、目が離せなくなるのだろう。

 勇紗が勇者の生まれ変わりだから気になるのだろうか。


 今日はなんだかおかしい。

 逢魔は深めに俯くと二つ並んだケーキを刺した。

 口に運ぶと、チョコレートが口の中に広がり、仄かなオレンジピールが鼻を抜けていく。


 ちらりと相手見やると、もうペロリと平らげてしまった勇紗と目が合う。

 慌てて分けてもらった苺を口に放り込むと、甘酸っぱい味が口に広がった。

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