第2話
一日の授業を受け、勇紗に校内の案内をして一日があっと言う間に過ぎた。
そして今、逢魔は電信柱の影に身を潜めつつ前を歩く相手と一定の距離を保っていた。
「さすが勇者。人気者ね」
何を隠そう、勇紗の後を尾行している。
放課後、女子数人に囲まれて談笑しながら下校する姿を伺いながら、いつ正体を現すのだと、教室で別れてからこうしてこっそり付けているのだ。
一緒に帰りたかった訳では決してない。
「これはそう、偵察よ! 決してあの子のことが気になってる訳じゃ……」
「なにやってんですか?」
「ひょわあ!」
急に掛かった声に驚いて背後を見ると、だらしなく服を着た長身の男が歩いてくる。
「な、なんでもないわ」
前方を隠すように立ち塞がってみたものの、男は自分越しに相手を認識すると気にくわないとばかりに目を眇めた。
「なんすか、あいつ。シメますか?」
なぜ勇紗を付けていたのがバレたのか分からないが、親指で指さすと彼女を射殺さんばかりに睨んでいる。
「駄目に決まってるでしょ!」
「はぁ」
この腑抜けた不良は魔王時代に側近だった
ちなみに同じ学校の同級生だったりする。
あと数人、記憶を持った側近たちが伊海学園に在籍しているので、案外あちら側の人間は珍しくないのかもしれない。
「じゃあなんなんすか」
「別に、普通に下校していただけよ」
「こんな早くから?」
「そうよ!」
「あんたそんな暇じゃねえだろ。生徒会長になったばっかなのに」
図星を付かれて、ウッと言葉に詰まる。
今ここにいられるのは、副会長に仕事を押しつけて来たらだ。
帰ると発した時の冷たい表情を思うと、背筋に震えが走る。
「だいたい、あなただって生徒会書記でしょ!」
「オレはいいんすよ。……で?」
理不尽を覚えつつ、馬鹿そうに見えて誤魔化しが効かない不良に降参とばかりに肩を竦めた。
「…………勇者よ」
「はぁ。変わった名前っすね」
「違うわ」
「ついに幻覚まで見るとは、お疲れすか。魔王さま」
「だから、あの子が勇者の生まれ変わりなのよ!」
「あいつが?」
「そうよ」
「………………」
「………………」
「シメてきます」
「ちょ、ちょっと、待ちなさい!」
横をすり抜けて、勇紗へ向かおうとする鬼場の腕を慌てて掴んだ。
「止めないでくださいよ。魔王さま」
「勇者時代の記憶があるか、まだわからないのよ」
「んなのはオレに関係ねぇ」
静止する逢魔を本気で振り払おうとする鬼場に、半ば呆れたような顔で見つめる。
「あなたはなんでそう、血の気が多いのかしら」
「だから先陣はいつもオレがやってたじゃないすか」
そうだった、そこが気に入っていたのだと魔王時代のことを思い出し、深い溜め息を吐いた。
「もう、あなたは先に帰りなさい」
「…………いいすけど。あいつ消えましたし」
「なんですって!?」
振り返ると、いつの間にか勇紗の姿はどこにもない。
鬼場にかまけていて、すっかり見失ってしまった。
さすがは勇者、足が早い。しかし、大部分はこの男の所為である。
「どうしてくれるのよ!」
「どうもこうも。オレは次に会ったらシメるだけなんで」
言葉を発した刹那、いい加減にしろと今度こそ逢魔の瞳が鋭く捉えた。
「――――あの子に手を出したら、このわたくしが許さない」
自分より目線の高い相手に向かい、これは命令だと睨み付ける。
魔王であった時の、肌が痺れるような威圧感が鬼場を襲った。
そして同時に、膝を折り忠誠を誓ったあの時の高揚感も。
完全に気圧された鬼場は、頭を数回掻くと力を抜いた。
「…………わかりましたよ」
「よろしい」
「ったく、オレの気持ちも少しは汲んでくださいよ」
いつもは魔王だったことなんて分からないくらいただの女子高校生なのに、勇者のこととなると魔王に戻るのは卑怯だと、鬼場は少し拗ねた口調になる。
「あなたがわたくしの気持ちを汲みなさい」
「複雑怪奇なあんたの気持ちなんて汲めるヤツいるかよ」
「失礼ね」
「ま、なにかあったらいつでも言ってくださいよ」
この男はこの男なりにこちらを想って言ってくれているのだろうが、記憶があるかわからない今の勇紗に手を出されては困る。
それにもし過去の復讐をするのであれば、自身の手で行いたいと思っている。
今のところする気は微塵もないが。
何にせよ、良い友人兼部下を持ったものだ。
「で、アイツのこと詳しく聞かせてくださいよ」
「詳しく聞きたいの!?」
「…………はぁ」
「い、いいでしょう」
こほんと咳払いをするのを見ると、鬼場は失言だったと深く後悔した。
逢魔がこんなに目を輝かせているのに、今更撤回は出来そうもない。
「まず、転校生として勇紗聖がわたくしの前に現れて――――でね、その時の勇紗の瞳が勇者の時と同じで違うのは――――」
「………………」
これは終わらないやつだ。
魔王だった時も勇者の情報やたら集めてたもんなと、鬼場は遠い目をした。
せめて夕飯時には帰らせてくれと切に願うばかりであった。
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