転生魔王と天然勇者
佐藤水
1章
第1話
紅葉が色付き始めた頃。
腰まで伸ばした黒髪を靡かせながら、
伊海学園高等学校二学年になった彼女が通る度に、すれ違った生徒からほうっと溜め息が漏れる。
すらりと均整の取れた体躯と誰もが美人と賞賛する容貌から、モデルか女優か間違われる程で一般生徒とは一線を画していた。
「生徒会長、おはようございます!」
「おはよう」
挨拶してきた下級生へにこりと微笑んで返すと、相手は真っ赤になって傍にいた友人と黄色い声を上げてはしゃいでいる。
実に微笑ましいことだ。
そう、何を隠そう逢魔優はこの学校の生徒会長なのである。
先週行われた会長選挙で見事勝利し――と言っても対抗馬すら出ずに満場一致だったのだが――晴れて今日より就任に至ったのである。
逢魔は自身の教室へ入ると、一番後ろの窓際の席へ静かに座った。
本鈴が鳴り、教師の挨拶でホームルーム始まる。
柔らかな陽の光を浴びて、ようやく生徒会長になれたのだと実感が湧いてきた。
「目論見通りにことが運んで、今日は最高の日ね。さすがは――――」
眉目秀麗、文武両道、品行方正、加えてカリスマ性がこの逢魔優を更に完璧にしているのだ。
生徒中が彼女こそ生徒の代表にふさわしいと疑わないだろう。
しかし、逢魔は彼女たちが思うような清廉潔白とした人物ではない。
なぜなら、
「――――魔王であるわたくし」
文字通り、この逢魔優は魔王だからだ。
いや、これは断じて中二病ではない。
魔族を率いて勇者と戦った、正真正銘の魔王なのである。
魔王時代最後の時意識が遠退き、おそらく魔王としての生を終えたはずだ。
だが気がつくとこの
人間の両親の手に抱かれ、育っていくにつれこの世界が魔法も魔族もないことを知る。
「勇者……」
自身に今でも忘れられない記憶を植え付けた人物。
だが今いる世界に勇者はいない――――はずだ、今のところは。
つまり、魔王陛下の天下なのである。
と言ってもこの現代では魔法もほとんど使えなければ魔族も軍隊もないので、今のところはただの女子高校生なのだが。
使えるものと言えば、魅了とほんの少しだけ喧嘩に強いことと言ったところだろうか。
例えただの女子高校生になったとしても、魔王時代の気質は変わらない。
何でも頂点、高い所が良いに決まっている。
「生徒会長になることにより、この学園は遂にわたくしの手中へ……!」
「――――ま、逢魔」
「は、はい!」
ふふっと、自分の世界に浸っていると先程まで教壇に立っていた眼鏡の男が、気が付けば机の横に立っていた。
いつの間にかホームルームは終わっていたようだ。
「転校生、会長のお前に任せるよ」
「え? えぇ」
疑問符を頭に思い浮かべながらも、思わず頷いてしまう。
「じゃ、よろしく」
転校生と言う言葉が聞こえたが、こんな時期にと小首を傾げる。
教員が気怠そうに退いた後ろから、見たことのない金髪碧眼の美少女が現れた。
ぱっちりと開かれた瞳に少し巻き毛がちの髪。
笑みを浮かべた口元は誰もが同じく微笑み返す優しさを持っていた。
逢魔が降り積もる雪の結晶のような美しさならば、この少女は花が咲いたような陽だまりの美しさである。
もしかして、先程教員が話していたのはこのことだったのだろうか。
「……ええと、生徒会長を任されている逢魔優よ」
「
椅子を引くと、相手に向かって右手を差し出した。
その手を少女が握り返した瞬間、逢魔は雷に撃たれていた。
決して物理的にではないが全身が痺れるような、それ位の衝撃が体中を巡る。
勇者だ。間違いない。
確証はないが、確信はあった。
記憶の中の勇者はもう少し大人びていたが、この少女が勇者だと魂が奥底から訴えてきている。
「大丈夫?」
握手したままで固まっていたので、心配そうに顔を覗き込んできた勇紗と視点が合う。
あちらは魔王だとは気が付かなかったのだろうか。
それとも勇者だった頃の記憶がないのだろうか。
いっそうのこと、ここで倒してしまうかと言う気持ちが湧き起こる。
だが、もし記憶がなかった場合ここで倒すことに何の意味があるのだろうか。
「ええ。こちらこそ、よろしくね」
どちらにしろ警戒しなければならないのには違いないと、勇紗へ微笑みを返した。
そして、かかるはずがないと知りながらその笑顔に魅了を乗せてみる。
大抵の人間が、これで跪くはずだ。
「うん」
しかし案の定、相手は魅了にかかった様子もなく嬉しそうに頷いた。
さすがは勇者。
この世界でもかかる程の柔な体はしていないようだ。
「さ、次の授業は移動教室なの。一緒に行きましょ」
教室にいた生徒たちは、もうすでに向かってしまっている。
「うん。すぐ準備するね」
逢魔は廊下へ出ると、支度を調えている金髪の少女をじっと見つめた。
勇者と戦った際の鮮烈な記憶が今でも脳裏に焼き付いている。
そう。
あまり思い出したくはないが、魔王であった時に勇者に敗北を喫しているのだ。
最後の時の彼女の顔が目に焼き付いている。
「生まれ変わってわたくしの前に現れるとは、楽しくなりそうじゃない」
勇者がいなければ世界征服があまりに簡単すぎて少し退屈していたところだと、転生した魔王は小さく呟いた。
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