第9話

 勇紗が氷椿に引きずられるように歩く逢魔を見ていると、引蛇と印童の二人から逃れてきた兄が横に並んでくる。


「――心配したが、大丈夫そうだな」

「お兄ちゃん」


 家を出た時は余裕がなかったとはいえ、隣国へ留学していた兄に何も言わずに出てきたのは反省している。


「もう連れて帰ろうとは思わない」


 元気そうならそれでいいと、アルベルトは苦笑しながら勇紗を見下ろした。


 ずっと憔悴しながら彼女を探して回る勇紗のことを、兄は相当心配して見ていたんだろうと思う。


 だからこそこうして追いかけて来てくれたのだ。


 我が兄ながらその行動力には感心する。

 ふと、昔から体力だけは敵わなかったことを思い出して懐かしくなる。


幼い頃、自家の敷地内にある雑木林で迷子になった時も一日中探してくれたこともあった。


 ちらりとのぞき込むと先程、奇声を発していたとは思えないくらい顔色も元に戻っており、特に体調の心配はなさそうだ。 


「……ありがとう」

「ただし、必ず連絡るすんだぞ」


 何かあったら飛んでくるとでも言いたげな口調で、勇紗の頭を優しく撫でてくる。

 思い込んだら行き過ぎてしまう所もあるが、家族になれて良かったと小さく微笑んだ。


静まりかえった校内で、もう見えなくなりそうな彼女の影を追った。


 ――――逢魔優。


 かつて魔王であった彼女の傍に、少しでも近くに居たくて。

 二度とあの時の喪失感を味わいたくなかったから、何も知らない振りをして近づいた。


『ありがとう』


 そんなこと、言ってもらえる資格ないのに。

 嘘を吐いている罪悪感と知られなかったことへの安堵感で、泣きそうになるのをぐっと堪える。


 「私が勇者だなんて、ありえないよ」


 誰にも聞こえないような声で一人呟いた。


 人より勇気もなくて、卑怯で身勝手で自己中心的な自分に心底嫌悪する。

 上手く誤魔化せたとは思えないが、逢魔に気が付かれなくて良かった。


 それとも、あのまま知られてしまってもよかったのだろうか。

 情けなく悩む臆病な自分に、勇紗は拳を強く握りしめた。


 ――――嫌われたくない。


 だけど、同時に期待もしてしまう。


 何も変わらないんじゃないかって。

 隣で笑えるんじゃないかって。


 そう思うのは私の愚かな願望だけど。


 いつかは伝えなくてはいけない。


 そう思うのに、知られたくない思いばかりが胸に渦巻いていく。


 それでも――――。


 それでも、今は彼女が笑っている。


 以前に見た時のような哀しそうな笑顔ではなく、穏やかな表情を向けてくれる。


 それだけでも嬉しかった。


「絶対に早く終わらせてやるんだからね!」


 突如、逢魔のよく通る声が勇紗を襲う。


 その声からむくれ面であろうことが容易に想像できて、勇紗は考えることを止めた。


「もう少しだけ、このままでいさせて」


 勇紗は空が茜色に差し掛かり涼しくなった風を心地良く感じていた。

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転生魔王と天然勇者 佐藤水 @sato_sui

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