2章
第1話
昼休みを告げる鐘が鳴る。
廊下には授業から一時的に解放された生徒達がひしめき合っていた。
「ねぇ、
生徒の一人が声を上げると、誰しもが名前を呼ばれた人物へ視線を奪われる。
「いつ見ても麗しいわ」
感嘆の声が上がる中、本人はそれを意にも介さず自然と両脇に避けていく間を通り抜けていく。
正確には元魔王だったと言った方が正しいかもしれないが。
なぜこの世界に生まれ変わったのかは不明だが、今は女子高校生としてごく普通に生活している。
「生徒会の
そのすぐ後ろには、セーターを腰に巻き付けた
魔王時代から少し過激な服を好んでおり、一見して生徒会長の逢魔と共にいるのが不自然にも見えるが、こう見えて根は真面目なのである。多分。
女子の制服はセーラー服なのに、一人だけワイシャツを着ていたりと制服が若干間違っている気もするが、きっと教師に何かしたとかはしていないはず。
……これ以上考えたら負けな気がする。
「魔王ちゃん、ごめんねぇ。あのバカが呼びつけるなんて」
心の中で自分に言い聞かせていると、ネイルの施された爪でその桃色の髪を弄りながら不敬だわぁと付け加えた。
「大丈夫よ」
――呼びつけられるのは、まあ構わない。
ただ、今日は昼休みに
それが逢魔の足を早めている要因でもあった。
ちなみに、この勇紗は敵対していた勇者の生まれ変わり――だと思うのだが、その割には普通に話しかけてくるしイマイチ記憶があるのかも不明である。
それで仕方なく傍で監視しようという腹だ。
そう。あくまでも仕方がなく、だ。
呼び出されたから先に食べていていいと言う話をしたのだが、勇紗は一瞬の間の後に遠慮がちに口を開いた。
「えっと……」
「?」
あのね、と言い淀んだ後に逢魔の袖を掴む。
「待ってるからね」
えへへと、少しはにかんだように笑った顔を思い出す。
「――――――!」
危ない。何か口走りそうになってしまった。
「わたくしは勇者と一緒に食べたいなんて思ってないんだからッ」
小さな声で独り言を呟くと印童が覗き込んでくる。
「魔王ちゃん思い出し笑い~? やだー、えっちー!」
「な、ちがッ!」
「はいはーい。おっじゃまっしまーす!」
いつの間にか到着していた目的地の扉を印童が軽快に開けた。
「あーん、愛しのま・お・う・さ・まじゃなぁい」
この少し、いや大分ねっとりとした口調は
学校の保険医であり、以前も献身的に仕えてくれていた半身半蛇のラミアだ。
そして現在の家庭教師でもある。
実はこの魔王の実家は結構な金持ちだったりする。
すらりとした長身に白衣を羽織り、長めに伸びた前髪で片眼が隠れているが、その下から除く顔は中々生徒たちにも評判らしい。
「見てよ、この植物! 可愛くなぁい?」
それも口を開けば割と台無しなのだが。
絡ませてくる腕を無言で解くと、一輪の大きな花の付いた植物の鉢を見せてきた。
全体はオレンジ色で中心は紫色の花びらには斑点のようなものが見える。
聞けば、いつも購入している店で特典としてもらったのだと言う。
個人的な見解としては確実に余り物を押しつけられただけに思うが、嬉しそうなのでそこは触れないでおこう。
「相変わらず悪趣味よねぇ」
そう思ったのに、ばっさりと切り捨てていく愛実ちゃんスゴイデスネ。
「キー! 何よ小娘の分際で!」
「魔王ちゃんは忙しいのよぉ。年増に付き合ってる暇はないの」
逢魔を間に挟んで火花を散らす二人に正直、もう勝手にやっててくれと心底思う。
「で? わたくしは何故呼ばれたのかしら」
「やだぁ、わかってるくせにぃ! ――勝手に使ったでしょ」
ふざけた表情から一転して、こちらを責めるように冷ややかな視線を向けてくる。
思い当たることと言えば先日、勇紗が怪我をした際に無断で入って薬品類を使用したことか。
後で伝えようと思っていたのをすっかり忘れていた。
「……悪かったわ」
魔王ちゃんを謝らせるなんて不敬な奴、と横でブツブツと文句を言っているが、この引蛇は部下と言っても厳密には側近の三人とは違うのだ。
以前の
まして、この世界でも家庭教師なのだから尚更なのだろう。
「わかればよろしい。ま、半分はワタシが会いたかっただけだけどぉ」
「まったく」
戯けた態度に呆れつつも、さらりと引蛇の左目に掛かる前髪に触れる。
「もう目を隠す必要ないのだから、顔を見せてもいいのよ」
「――――――」
前にいた世界では、見た者を石化させてしまうと気にしていたのを思い出した。
それで瞳を隠すのを現在も継続しているらしい。
どうせ魔力のほとんどないこの世界では、その能力が使えないのだから、いっそ髪の毛を切ってしまえばいいのに。
「――さっすがワタシのまおうさま。かっこ良すぎて惚れ直したわぁ」
「ずっるーい! 魔王ちゃん、あたしにも!」
「小娘はすっこんでな!」
頭を撫でてと迫ってくる印童に引蛇が対抗意識を燃やすものだから、また再燃したではないか。
どうしたものかと一度溜め息を吐くと、決意したように顔を上げた。
もう帰る。絶対帰る。
これ以上、勇紗を待たせてなるものか。
「魔王ちゃん、どこ行くの?」
「まおうさまー!」
「あたなたちはしばらく二人で話し合ってなさい!」
追ってこようとする二人の目の前で保健室の扉を閉めると、全力疾走でその場所を後にした。
――――本当は少しだけ安堵する。
またこうして話せる時がくるなんて思いもしなかった。
皆と過ごせる。
それが、じわりと堪らなく胸を温かくする。
ふと、勇者はどうなのだろうと疑問が浮かぶ。
ここ二週間程、放課後一緒に過ごしたり休日一緒に出かけたりと監視していたが、至って普通の女子高校生だ。
それこそ世界を救ってやる、だなんて妄言は一言も発したりはしていない。
ここが平和というのもあるかもしれないが。
だが仮にあの時の勇者の記憶を持っていたとして、今どんな気持ちでいるのだろうか。
「わたくしは、聖のことなにも知らない」
あなたが勇者の記憶を持っているのかも聞けないし、自身が魔王であることも打ち明けられない。
ぐるぐると渦巻く感情を抱きながら、重くなった足取りを勇紗の待つ教室へ向けた。
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