第7話

 氷椿たちと距離を取る為に窓際に移動する。


 途中、教卓が投げ飛ばされてくるのを身を屈めて避けると、その先で突き破るような激しい音がした。


 それはそうだろう。何せここは室内である。


 キラキラと無残に砕け散る窓ガラスたち。

 見ると、教室の窓のガラス殆どが見事になくなっていた。


「ちょっと、校舎壊さないでくれる? あなた絶対に弁償できないでしょ!」


 受け身を取りながら思わずビシッと指を差してしまう。

 緊急事態だとはいえ、これは看過できない。

 今後、色々と行事も控えているというのに学校生活に支障が出てしまっては困る。


 これ以上破壊される前に、なるべく早く収拾を付けなければ。


 氷椿たちと距離を取る為に逢魔は攻撃を避けながら、半円を描くように教室の後方へ走った。


 ――――が、


「ッ魔王様!」


 背後からの強襲を避けきれずに体が浮いた。

 左手首を掴まれると、綺麗に積まれていた机に派手な音を立てて打ち付けられる。


  逢魔の上にガラガラと崩れてくる机。


 ここで完全に頭に血が上った。

 それはもう血管の切れる音が聞こえるくらいには。


「この、わ、たくしに―――」


 自身を掴んでいた蔦を爪が食い込む程に握り込むと、女子高校生としてはありえない力で外へ投げ飛ばした。


 巨大化した植物は窓枠と共に重力に逆らわず落ちていく。

 先程ガラスを破壊された窓は、今度こそ跡形もなくなったのだった。


 逢魔はその後を追って校庭へ躍り出ると、そのまま地面を這う植物へ竹刀を叩きつける。


 植物の横腹に降り立ち、切っ先を突きつけながら口を開いた。


「ッの、植物の分際でわたくしに――――って痛、くない?」


 頭に血が昇ってわからなかったが、机に強打したであろう箇所から想像した痛みが襲ってきていない。


「……………………」


 無言で植物から退き、制服の埃をぱたぱたと払う。

 少し冷静になった頭で考えてみる。


「勇者の加護ってそういうこと?」


 もしかして先程の勇紗の行為は単なる激励の意味ではなく、防御力を上げる加護ということだろうか。


「――――――ッ」


 一気に頬が熱くなるのがわかる。

 あれだ、別にそんなに恥ずかしいことではなかったし。


 魔王である自分にまで効果があるなんて、恐るべし勇者。


 と言うか、この世界でも何でもありなのは少し狡くないか。


「それでも今はありがたいけど」


 いつまで持続するかわからないが、この効果が切れる前に倒してしまおう。

 乱れたポニーテールを解き、そのまま後ろへ無造作に払う。


 逢魔は足に力を入れると、体勢を整えた植物へ向けて駆けた。

 両方向から迫り来る蔦を右に左にと切り上げる。


 止まることなく目前にまで来ると、先程弾いた蔦が再度襲い来るのを躱し、ブヨブヨとした体をほぼ垂直に駆け昇った。


「いい加減にしなさい」


 振りかぶると左手を痛い程握り締め、不気味な花の中心へ振り下ろした。

 竹刀の剣先が弾く音が辺りにひときわ鳴り響く。

 攻撃を受けた植物は枯れたように力をなくしたかと思うと激しく震え始める。


「何?」


 それがぴたりと止まった。


「え――――」


 突如、花の中心部から口のように大きく裂ける。

 同時に逢魔は平衡感覚を失い、植物の体内へと急落した。


「くっ!」


 ――――油断した。


 咄嗟に降下するのを防ごうと、竹刀と足で体を支える。

 だが、落下は防いでいるものの、不安定なままでは時間の問題だろう。


 逢魔は頬に掛かった髪の毛を払う余裕もなく、息を吐いた。


「最悪」


 まさか食虫植物だったとは。この場合虫ではなく人だが。

 あまり巨大でないのが、せめてもの救いか。


 ふと下を見ると、ひらひらと降ってきた植物の花びらが溜まっている水に触れた瞬間溶かされた。


 おそらく波打っているのは消化液だろう。

 早くここから出た方が良さそうだ。


 しかし、竹刀ではこいつを切断することは出来ない。

 せめて本物の剣だったなら、と歯がみした。


 それと、


「――――少しでも魔力さえあれば」


 そう呟く。


 魔力さえあれば、と。


 強く願う。

 刹那、どこからともなく懐かしい感覚が全身を包み込んだ。

 この世界では充満するはずのない、力。


「これは……」


 身体が軽い。力が、溢れてくる。


 それは魔王が根源たる証。血管を隅々まで巡り、再会を歓喜する。

 逢魔は無意識に口の端をつり上げていた。


 魔力との邂逅。


 壁を蹴ると塞がりかけた口へと竹刀を突き上げ、外へ降り立った。


 尚も捕らえようとして腕に絡みついた蔦を避けもせずに見やる。

 その腕に力を込めるだけで風船が破裂したかのように四散した。


「………………」


 何かを感じ取ったのか、怪物は全ての蔦を逢魔に向けて放つ。

 魔王はゆっくりと後ろに飛び退いた。

 あまりの美しさに畏怖した世界が時を止めたのように、魔王から周囲を切り取っていた。


「覚悟は、出来たかしら」


 握っていた竹刀を振ると、触れている場所から浸食するように徐々に黒く変容していく。

 最早、竹刀としての物質ではない。


 全く別の物として硬質化した剣は、魔力を迸らせながら魔王の手に収まっていた。

 笑みを浮かべると剣尖を蠢く植物へ向ける。


「さぁ、わたくしに跪きなさい」


 全世界の魔族を従えた者の、絶対的な恐怖が溢れ出す。

 逢魔は跳躍すると真下へ向けて両断した。

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