第3話:子供

転移1日目:山本光司(ミーツ)視点


 自分が生き延びるだけでも困難だろうと焦っている時に、何をやっている!

 他人の命を背負うなんて重すぎるだろう!

 だからと言って、死にかけている子供がいる以上、助けるしかない。


 死後の世界があると分かった以上、祖母に顔向けできない恥知らずはできない。

 本当に元の世界に戻れるかどうかは分からない。

 だが、今は氏神様と仏様を信じて善行を積むだけだ。


「バカ天使!

 俺は木々をすり抜けられないのだぞ!

 もっとゆっくり走れ!」


 この天使は本当にポンコツだ!

 俺には実体があって、この密林では真直ぐに走れない事を分かっていない。


 それに、地面には湿った腐葉土が積み重なっているだけではない。

 太いのやら細いのやら、根まで縦横無尽に走り一部が地上に出ているのだ!


「おい、バカ天使、いつまで走らせる気だ?!」


 直ぐ近くかと思ったら、競歩並みの早さとはいえ、もう30分は走っている。

 こんな遠くまでも警戒しろなんて言っていないぞ!

 それにしても、若返ったとはいえ、全く息が切れないぞ?


「ここです、この廃村の中で子供が死にかけています」


 廃村、防壁は切り出した丸太を地面に突き刺し並べていたのだろう。

 その外側に石を積み上げて強度を高めていたようだが、所々大きく崩れている。

 近づくと丸太も虫に食われてボロボロになっている。


「こっちです、この壊れた門から入ってください」


 壊れたのではなく、破壊されたのだろう。

 いくらバカ天使でも敵を見逃したりはしないだろうが、入るのに勇気がいるな。

 山賊に襲われたのか、モンスターに襲われたのか?

 

「さあ、早く、子供が死んでしまいます」


 思い切って中に入ったら、門の中は中庭になっているようだ。

 入って直ぐの両側は、村全体の家畜小屋だったのだろう。

 屋根が朽ち落ちてしまっているが、100頭は飼えただろう広さがある。


「何をしているのです、子供は奥ですよ!」


 その奥の惨状を見るのが怖いのが分からないのか?!

 飛び散った血痕が、家畜小屋一面に黒々と残っているのが分からないのか?!


「この村は人間に襲われたのか?

 それともモンスターに襲われたのか?」


「この世界の基本は、人間もモンスターも弱肉強食です。

 国の中枢は有力な王侯貴族によって治安が保たれています。

 ですが辺境はこれが常識です」


「なに偉そうに言ってやがる!

 俺の寿命を保証すると言っていながら、こんな所に連れてきやがって!」


「謝れと言われるのなら、後でいくらでも謝ります。

 ですが、その前に、死にかけている子供を助けてください!」


 バカ天使、本気で悪いとはこれっぽっちも思っていない!

 形だけ土下座すればいいと思っていやがる。

 ブチ殺してやりたいが、それよりも前に子供を助けないといけない。


「分かった、さっさと案内しろ!」


 家畜小屋部分を通り抜けると、井戸を中心とした広場になっている。

 そこら中に、ひと目で刀で殺されたと分かる白骨化した遺体が転がっている。

 衣服が残っていないのは、殺された後で剥ぎ取られたのだろう。


 広場の周囲には10軒ほどの長屋が連なっているが、痛みが激しい。

 扉を壊された家の中は薄暗くて見難いが、荒らされ破壊されたのが分かる。

 他の家は扉が開けっ放しなのに、1軒だけ閉まっている。


「ここです、この中で子供が寝込んでいます」


 思い切ってガタガタと建付けの悪い引戸を開けて中に入る。

 普段は心棒で戸締りをしていたのだろうが、もうその力もなかったのか?

 

 他の家のように屋根が抜けていないのだろ、暗くてよく分からない。

 だが他の家と同じ構造なら、結構広い家のはずだ。


 ようやく暗さに目が慣れたのか、徐々に中の様子が見えてきた。

 細く狭い範囲だけ片付けられた部屋の中央に子供が倒れている。


「おう、しっかりしろ」


「直ぐにヒールをかけてやってください!」


 バカ天使はそう言って急かすが、こいつの言う事だけは絶対に鵜呑みにできない!


「診断、ダイアグノウシス」


 俺がそう口にすると、またステータス表のようなモノが現れた。

 診断魔術が発動しそうな単語を口にしてみたが、正解だったようだ。


 栄養失調、下痢、脱水、各種感染症、重体。

 水分補給、栄養補給、各種解毒薬、絶対安静。

 魔術で強制的に治そうとすると、治すための栄養がなくて死ぬ。


「何をしているのですか?!

 直ぐに奇跡の力で癒してあげなければ死んでしまいます!」


「じゃかましいわ、出来損ない天使。

 この子を俺のように殺す気か?!

 これ以上人間を殺す気なら、俺がこの場で消滅させてやる!

 俺が命じた事だけを、完璧にやれ。

 余計な事は何1つするな、人殺し天使!」


「あっうぅうううう……」


「診察治療のジャマだ、周りに山賊やモンスターがいないか見張ってこい!」


 点滴をするのが1番良いのだが、俺にその経験はない。

 難民キャンプでは、点滴よりも経口補水液の方が救命率が高かったと聞く。

 だが、意識のない状態で水を飲ませるのは危険だ。


 むりやり経口補水液を飲ませても、気道から肺に入ってむせてしまう。

 最悪の場合は、肺に大量の水分が入って窒息死もありえる。

 いや、この状態だと、咳込んで最後の体力がなくなるかもしれない!


「君の生命力に賭けるよ。

 できるだけむせかえらないように飲ませるけれど、できれば目を覚ましてくれ」


 単なる脱水症なら経口補水液を飲ませるだけでいい。

 だが栄養失調と各種感染症にかかっているのなら、薬効成分も欲しい!

 いや、焦るな、段階を踏んで回復させればいい!


「ステータスオープン」


 市販の1・5リットルスポーツ飲料を箱買いする。

 俺が信頼する、元の世界で1番最初に開発販売されたモノだ。

 8本入りで送料込み2230円だ。


「100ミリリットル当たりの栄養成分」

エネルギー :25キロカロリー

タンパク質 :0g

脂質    :0g

炭水化物  :6・2g

ナトリウム :49mg

カリウム  :20mg

カルシウム :2mg

マグネシウム:0・6mg


 次は好きな芸能人さんが畑仕事で倒れた後にコマーシャルしていた商品。

 300ミリリットル24本入り箱買い、送料込み4100円


「100ミリリットル当たりの栄養成分」

エネルギー :10キロカロリー

タンパク質 :0g

脂質    :0g

炭水化物  :2・5g

食塩相当量 :0・292g

カリウム  :78mg

マグネシウム:2・4mg

リン    :6・2mg

ブドウ糖  :1・8mg

塩素   :177mg


 慎重に、気道に入れないように交互に飲ませる。

 自分が書いたネット小説では、魔力を身体に流して急速吸収せたけれど……


「与えた水分と栄養を使って、この子に害を与えない範囲で治療せよ。

 診療施術、メディカル・トリートメント」


「診断、ダイアグノウシス」


 栄養失調、下痢、脱水、各種感染症、重体。

 水分補給、栄養補給、各種解毒薬、絶対安静。

 魔術で強制的に治そうとすると、治すための栄養がなくて死ぬ。

 脱水症状の改善、更なる水分補給が必要。


 よし、効果が出ている!


「必ず助けてやるからな、気をしっかり保てよ!」


 どちらの方が効果があるのか分からないので、交互に飲ませて魔術をかける。

 このくらいの子供体重は15kgが標準だったはずだ。

 栄養失調でガリガリだが、今の俺にはそれを目安にするしかない。


「メディカル・トリートメント」


 両方合わせて2リットルほど飲ませては回復魔術をかけている。

 人間の身体は、体重の60%が水分でできている。


 身体の水分の20%を失ったら死の危険があるから、1・8リトル。

 2リットルが取り込ませたから死の危険から脱したはずだ!


「診断、ダイアグノウシス」


 栄養失調、下痢、各種感染症、重体。

 栄養補給、各種解毒薬、安静。

 魔術で強制的に治そうとすると、治すための栄養がなくて死ぬ。

 脱水症状の解消、栄養の補給と解毒が必要。


 次の購入するのは栄養素の入った飲料だ。

 異世界間スーパーには介護飲料があったはずだ。

 1番栄養素の多い介護飲料は……


「1本125ミリリットル当たりの栄養成分」

エネルギー :200キロカロリー

タンパク質 :7・5g

脂質    :6・7g

炭水化物  :29・3g

灰分    :1g

ナトリウム :110mg

カリウム  :179mg

塩素    :116mg

カルシュウム:138mg

マグネシウム:33mg

リン    :129mg

鉄     :1・5mg

亜鉛    :1・4mg

銅     :0.14mg


あああああ、もういい、もうメンドクサイ!

とにかく飲ませて回復魔術をかければいい!

介護飲料125ミリリットル8種3個24本入り5284円購入。


 焦るな、焦るんじゃない。

 この子の気道に水分を流しこんだら、死なせてしまうかもしれない。

 慎重に、だが時間がかかり過ぎないように水分摂取させるのだ。


「メディカル・トリートメント」

「診断、ダイアグノウシス」


 下痢、各種感染症、重体。

 安静、各種解毒薬、安静。

 栄養失調からの回復

 解毒が必要、メディカル・トリートメント前に解毒成分の補給


 脱水症状だけでなく、栄養失調からも脱したのにまだ重体かよ。

 身体を犯している毒素が強力だと言う事だな。

 できるだけ早く解毒成分を補給させたいが、何が必要なのか分からない!


「光司さん、モンスターです!

 モンスターがこちらにやってきます!」

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