第15話:決断

転移9日目:山本光司(ミーツ)視点


 朝からゆっくりと準備して城塞都市ロアノークの外にやってきた。

 寝ぼけ眼だったネイは、俺の胸中で二度寝を愉しんでいる。

 食後直ぐに疲れるくらい魔術訓練に励んだのだから仕方がない。


「光司様、城内で戦いがあったようです」


 バカ天使を先にロアノークに派遣して、様子を聞いてから来てもよかったのだが、楽しみは後に取っておく方なので、ロアノークに来てから探らせた。


「誰と誰が戦ったのか、誰が勝ったのか、負けた方がどうなったのかを調べろ」


 俺はバカ天使にそう命じて城門に向かった。

 バカ天使が気を聞かせて先に調べているなんて期待しない。

 命じた事もできない奴に期待しても落胆するだけだ。


 恐らくだが、マイルズが決起したのだろう。

 昨日煽った時には、マイルズが決起するかどうかは半々の確率だと思っていた。

 もしマイルズが決起していたら、煽った俺も責任を取らなければならない。


「マイルズが奮起したようだな」


 何時もの門に向かった俺は、顔を覚えている門番に声をかけた。

 マイルズの同僚か部下かは分からないが、仕事仲間には違いない。

 もしかしたら昨日起きた戦いに参加していたのかもしれない。


「お待ちしておりました、大魔術師様。

 マイルズ様は大魔術師様のお言葉に奮起され、領主様や貴族達と戦われました。

 都市の警備隊や冒険者、領主軍の大半がマイルズ様に味方した事で、大した抵抗もなく領主様や貴族達を捕らえる事ができました」


 なるほど、捕らえただけなのだな。

 大した刑罰を与えず、俺と和解したら直ぐに無罪放免にする可能性もある。

 さて、その時はどうするべきだろう?


「それで、マイルズは俺にどうしろと言っていたのだ?」


 ここで考えていてもしかたがない。

 直接マイルズに会って交渉すべきだ。

 だが辺境伯としての実権を手に入れたマイルズが豹変する可能性もある。


「私達は何も聞かされておりません。

 直接会って話をされてください」


 そう言う名も知らぬ門番に、マイルズの待つ場所に案内された。

 マイルズは警備隊本部で待っていた。


 破壊を免れた貴族館でも領主軍の本部でもなく、領民達の日々の生活を護る、門番や警備兵が詰めている場所で待っていた。

 マイルズはまだ権力に酔ってはいないようだ。


「よくぞ来てくださいました、大魔術師殿」


 マイルズは警備隊本部の外で待っていた。

 俺を案内する門番がゆっくり歩く間に、他の門番が急いで知らせたのだろう。

 だが、知らせを受けたからといって、外にまで出て出迎える貴族は普通いない。


 いるとすれば、心から俺を歓迎しようとしている場合。

 俺を畏れ恐怖し、怒らせないように下手に出ている場合。

 俺を敵だと断じて陥れようとしている場合。


 あまりやりたくない方法だが、マイルズの本心を知るためには仕方がない。

 マイルズを挑発して怒らせて本心を引き出そう。


「生き地獄に落とされた者達のために、領主と貴族にも同じ苦しみを味合わせなければいけないからな。

 それで、マイルズが父親と貴族仲間をかくまったと聞いているが、それは要塞都市ロアノーク全体で俺と敵対する覚悟とをしたと言う事だな」


「いいえ違います。

 確かに父である領主と幼いころから知っている貴族達は捕らえました。

 ですがかくまう為ではありません、大魔術師様に引き渡す為でございます」


 ちっ、姑息な事をしやがる。

 領主の後継者として、交渉術の訓練も受けていたのだろうな。

 上手く隠してきたつもりだが、俺の性格に気がついているのか?


「マイルズには、新たな領主として先の領主の罪を裁く責任があるだろう。

 その責任を俺に押し付けるのは卑怯だぞ」


「卑怯なのは重々承知しております。

 しかしながら、私にはそれだけの強さがありません。

 大魔術様は元々自分の手で父や貴族達に罰を与える気でおられましたよね?

 十分な賠償に加えてお礼もさせていただきます。

 私に変わって罰を与えてくださいませんか?

 血の繋がった実の父や家族に厳罰を与えなければいけない私に、どうか慈悲を与え代わってください」


「本当にそれで良いのか?

 俺の基本は『目には目を歯には歯を』だぞ。

 領主の無能無責任で売春宿の売られた被害者達と同じ扱いになる。

 貴族夫人であろうが令嬢であろうが、売春宿に売るぞ。

 いや、売春宿に売られるのは女だけではないぞ。

 男であろうと、元貴族を嬲り者にできると分かれば、客が殺到する。

 貴族なら、男であろうと女であろうと、売春宿が高値で買い取るぞ」


「……その事は、ずっと考えていました。

 眠る事もできず、血を吐きそうになるくらい腹が痛みました。

 父と弟達をこの手で処刑しようかとも真剣に考えました。

 ですがそれでは、父達がこれまでやってきた事、やって来なかった事に対する罰にはならないと思い至りました」


「偉そうな事を言っているが、自分の対する罰が入っていないぞ」


「それは……これから領民に尽くす一生を評価していただきたい」


「俺にずっとここにいてお前を見張れと言っているのか?」


「その通りです。

 身勝手に聞こえるかもしれませんが、私がダニエルズ辺境伯家も領主の座を退いたら、王都はもちろんあらゆる有力都市から軍勢がやってきます。

 それではロアノークに住む民が戦争に巻き込まれて不幸になります。

 大魔術師殿はそのような結果を望んでおられないのでしょう?」


「俺の性格を見透かしたつもりでいるのか?」


「見透かしたつもりはありませんが、善良な方だとは思っております」


「お前の家族を売春宿に売ろうとしているのにか?」


「その気になればロアノークごと滅ぼせるのに、時間と手間をかけて、責任者だけに罰を与えようとしてくださっているのです、善良としか思えません」


「しかたがないな、お前の覚悟に免じてその策に乗せられてやろう。

 確認しておくが、俺に対する賠償は、強盗冒険者とそれにかかわっていた貴族の財産全てなのだな?

 それには城砦都市内にある家屋敷も含まれるのか?」


「言い訳ではなく、城塞都市の土地は領主家の物で貴族の物ではありません。

 貴族達は領主から土地を貸し与えられているだけです」


「館はどうなのだ、貴族の館も領主が建てたのか?」


「……貴族の館が最初に建てられたのは、はるか昔の事なので、正確な資料が残っているか分かりませんが、そこに住む貴族自身が建てたと思われます」


「だったら貴族の館は建てた貴族の物だろう。

 褒美として俺に渡すのが筋だ」


「罪を犯した貴族の家財は領主が没収し、ロアノークから追放されてきました」


「それを俺の褒美に与えると言ったのはお前自身だぞ。

 深く考えずに、持ち運べる財産だけ俺に与えればいいと考えた、お前が愚かだったのだ、諦めろ」


「それでは全ての領主館を寄こせと申されるのですか?」


「どうしても館を渡したくない、借地権も回収したいと言うのなら、それに見合うだけの代償を支払え。

 金でも城塞都市以外の土地でも構わんぞ」


「最初から貴族の家屋敷の1つは渡そうと思っていました。

 ですが流石に全てを渡す訳にはいきません。

 城塞都市以外の町や村も、今後の辺境伯領運営を考えると、そう簡単に渡す訳にはいきませんし、困りました」


「これ以上お前を追い込んでも俺には何の利益もないから、しばらく待ってやる。

 今回俺がもらう貴族の館は1番広い所にしろ。

 他の貴族の館は、これまでの売買時に支払われた金額を貸しにしてやる。

 これまでも栄枯盛衰によって貴族館の売買は行われていたのだろう?

 それを元にして俺に支払う金額を決めればいい。

 借金扱いにはするが、特別に1年間だけは利息を取らないでおいてやる」


「1年の間に全ての館に匹敵する代償を用意しなければいけないのか……」


「俺はこれからここで商売をする。

 その分人が集まり税金も増えるだろう。

 お前の家族や他の貴族を買おうと、奴隷商人達も集まってくる。

 もしかしたら、心優しい親戚が大金を持って買取りに来てくれるかもしれないぞ」


「バカな事を言わないでください!

 父や弟達が他の貴族に買い取られてしまったら、彼らを旗印にしてロアノーク奪還軍が組織されるではありませんか?!」


「俺が直ぐに貴族達を売るとでも思ったのか?

 それとも、口では何と言っても、情けをかけて処刑するとでも思ったのか?

 せっかく手に入れた犯罪者奴隷なのだぞ。

 1番高値で売れるまで待つのは当然だろう」


「ロアノークを戦争に巻き込まないためには、私が家族を買い取らないといけない。

 だがそんな事をしてしまったら、他の貴族が襲ってきた時に軍を整える金もなくなってしまう……」


「自分や家族が行ってきた愚行の責任を取るのは当然だろう。

 お前が自分の責任で家族と貴族を処刑しておけば、こんな事にはならなかった。

 俺に嫌な事を押し付けた結果は自分で受け止めろ」


「……分かりました、家族と貴族は私の責任で処刑します」


「今更遅い!

 口約束とはいえ、大魔術師と領主との契約はすでに終わっている。

 お前の家族と貴族は賠償の1つとして俺の奴隷になったのだ。

 今更勝手に取り上げて処刑する事は許さん」


「そんな!」


「領主の、いや、男の言葉の重さ自覚しろ!」


「うっ!」


「もうこの話は終わりだ、冒険者ギルドは再開しているのか?」


「再開はしましたが、今回の犯罪を知った冒険者の多くが、ロアノークを出て行ってしまいました。

 魔境の魔獣を狩り、産物を集める冒険者がいなくなれば、商人も来なくなります。

 魔境都市として、これまでと同じように栄える事はできないかもしれません」


「商人が来なくなる前に魅力的な商品をアピールしないと、俺がここに拠点を置く意味がなくなってしまうな。

 分かった、もうこんな何の生産性もない交渉は終わりだ。

 俺は商店街に行って直売を始めるぞ。

 お前は新領主権限で俺が商売をするのを認めろ、いいな?!」


「大魔術師殿が魅力的な商品を売ってくださると言うのであれば、よろこんで商売の許可を与えさせていただきますが、何を扱われるのですか?」


「先ずは以前見せた薬草を扱う」


「……確かにあの薬草は貴重な品ではありますが、あの程度の量では、ロアノークの評判を高め多くの商人を集めることはできません」


「あれは大魔術師である事を隠していた時の量だ。

 その気になれば今直ぐ500倍の量を用意できる」


「500倍もあれば、薬草を求める商人はまた来てくれるでしょう。

 ですが、魔境で狩られる魔獣や獣の皮や肉を欲する商人は満足しません。

 今回はまだこれまでに狩られた魔獣や獣の皮や肉があります。

 ですが次に来た時に同じだけの商品が用意できないと思われたら……」


「魔境狼なら1000頭以上狩って保管してある。

 お前とこれ以上話しても時間のムダだ!

 どうしても話したいのなら歩きながら話せ!」


「おわった?」


 俺とマイルズが話している間に起きたネイは、黙って待っていてくれた。

 俺の邪魔をして嫌われたくないと思ったのだろう。

 いじらしくて涙が出そうになる。


 この子の家族が強盗冒険者達の犠牲者かもしれないと思うと、怒りが収まらない。

 マイルズが何を言っても、わずかな温情をかける気にもならない。

 違うかもしれないが、領主の失政以外に、幼子が森に独りでいる理由がない!


「ああ、終わったぞ。

 これから商売を始めるから、ネイも手伝ってくれ。

 ネイには看板娘という、とても大切な役をしてもらうからな」


「うん」

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