第14話:領主公子と鳥の素揚げ

転移8日目:山本光司(ミーツ)視点

 

 俺はネイを抱いて城塞都市ロアノークの外にいた。

 別に領主の御曹司だと言う門番に義理立てしたわけではない。

 空から大岩を降らせて、何の罪もない平民を巻き込みたくなかっただけだ。


 憶病な貴族や騎士は、全員屋敷の外にでていた。

 屋敷の外といっても、建物の外にいるのではない。

 敷地からも出て、馬車に乗って道から自分の屋敷を見つめているのだ。


 何故城塞都市の外側にいる俺にその事が分かるのかというと、バカ天使のお陰だ。

 姿形のないバカ天使に、中と外を忙しく往復させて状況を確認している。

 だから貴族達が、逃げる時間がなくて残していった備品を収納できるのだ。


 1番身分が低く、敷地が狭く、貴族館も小さな貴族。

 人手も少ないから、それなりの備品が数多く残されていた。

 その備品を全て収納してから大岩を降らせてやった。


 館を無残に破壊するだけなら、大岩の5つも降らせればいい。

 城塞都市の外側に居ても大きな音が聞こえてくるほどの高さから落としてやった。

 未練がましく屋敷近くに居た貴族達も、恐怖のあまり逃げ出すだろう。


「光司様、誰も巻き込むことなく完全に館を破壊できました」


 バカ天使は晴れ晴れとした表情で報告してくれる。

 だがこれで終わりではない。

 平穏な引き籠り生活をするためには、俺に対する恐怖を植え付けないといけない。


 俺が不良冒険者と悪徳貴族の手先をぶちのめした一件で、漁夫の利を得た者達。

 領主を筆頭とした卑怯姑息な貴族はまだまだいる。

 全員の屋敷を破壊しなければならない。


「次の館を見て来てくれ」


 俺の言葉を受けて、バカ天使は直ぐに城砦都市内に行ってくれた。

 バカ天使の話しを聞いて、遠隔地からの想像だけで収納するのはかなり難しい。

 中に入ってやった方が簡単なのだが、それでは余計な争いになる。


 俺は結構冷酷で、脅かしてきた貴族と殺し合いになっても平気だ。

 だがネイの情操教育を考えると、目の前で人殺しをする訳にはいかない。

 これでも、ネイの前でゴードンの頭を叩き潰した事を反省しているのだ。


★★★★★★


 関係した全ての貴族館と領主城を破壊するのに、半日もかかってしまった。

 破壊するだけなら一瞬で済むのだが、金目の物を収納するのに時間がかかった。

 それを13もの貴族館と城で行うのだから、半日かかって当然なのだ。


「バカ天使、門番に挨拶してくるから領主達の行動を見張っていてくれ」


 俺は領主の御曹司だと言う門番、マイルズがいる城門に向かった。

 マイルズがいまだに城門で仕事をしている事は、バカ天使に調べてもらっていた。

 彼の奔走で、城塞都市内にパニックが起きていない事も分かっていた。


「よう、まだ領主の所に戻っていないのだな」


 身体強化と俊足と加速でスピードを速めた俺が、不意に現れ言葉をかけたのだ。

 マイルズが目を白黒させるのは当然だ。

 直ぐに立ち直って真剣な表情になったのは、胆力がある証拠だろう。


「都市全体に岩を降らせないでくれた事に心から感謝する。

 昨日はとんでもない失礼をしてしまって、詫びの申し上げようもない。

 改めて正当な謝礼と賠償をさせていただきたいのだが、いいだろうか?」


 わずかな会話しかしていないが、人の好さそうだった表情が一変している。

 高位貴族が厳しい交渉をする時の表情なのだろう。

 だがマイルズの変化に付き合わなければいけない義理はない。


「今さら謝礼も賠償も必要ない。

 領主達の今後の言動しだいでは、死ぬまで同じ報復を繰り返すのだからな!」


「こちらが悪かった事を認めて全面的に詫びさせていただく。

 正当な謝礼をお渡しするだけでなく、できるだけ望みに沿う形で賠償させていただくので、曲げて了承していただけないだろうか」


「ただの門番にどれだけ詫びられようと謝罪にはならない。

 門番の口約束などに銅貨1枚の価値もない。

 本気で詫びる気なら、今回の件で漁夫の利を得た領主と貴族13家。

 その全当主が頭を下げて賠償を誓うのが筋だろう。

 それをしない以上、本気で詫びる気も賠償する気もないのだ」


「……大魔術師殿の申される通りなのだが、俺の力では……」


「別にマイルズの力を借りる必要などない。

 どこに逃げようと、住む館が全て破壊され、時間が経つにつれて大切な者の身体が徐々に腐り激痛で悶え苦しむ事になれば、嫌でも俺を探し回って詫びる事になる。

 俺には急がなければいけない理由など何もないのだ。

 本気で詫びる気になるまで、じっくり時間をかけて復讐させてもらうだけだ」


「待ってくれ、いくら何でもそれは酷過ぎるぞ!」


「同じ言葉を、領主達の無能と怠惰の所為で苦しめられた者達に、面と向かって言うのだな!

 貞操と誇りを踏みにじられ、気が狂うまで輪姦されて売春宿に売られた女達。

 愛する妻や娘が輪姦されるのを目の前で見せつけられてから殺された男達。

 彼らに同じ事を言ってみろ!

 家を出て警備隊に入った程度で、彼らから許されるとでも思っているのか!」


「うっ、ううううう」


「恥知らずの卑怯者が!

 領主に息子だからとチヤホヤしてくれる奴らと正義の味方ごっこをして、自分の罪から目を背けて自己愛にでも浸っていろ!

 俺はお前と違って、責任を放棄して楽に逃げるような生き方はしない。

 隠居する時は、全ての責任を果たした後だ!」


「俺が甘かった、卑怯で無責任だった、これからはもっと自分に厳しくなる。

 親父と取り巻きをぶちのめしてでも連れて来る!

 だから待っていてくれ、頼む!」


 マイルズはそう言って飛び出していったが、待ってやる義理はない。

 領主の親父を殺してでもこの都市を良くしようと言うになら待ってやろう。

 だが、本当の元凶である親父を処分する気もない奴を待つ気はない。


 ★★★★★★


 俺はネイを連れて、昨日も泊った魔境の入り口近くに戻った。

 俺が全速で走れば小一時間もかからないが、普通の人間なら2日はかかる。

 いや、魔獣や獣の襲撃を受ける事を考えれば、4日はかかるだろう。


「ねるの?」


 この所の呪文特訓で、ネイの言葉がずいぶんと滑らかになっている。

 1日でも早く普通に話せるようになって欲しい。


 人間はとても残酷な生き物で、少し言葉がたどたどしいだけで排除する。

 ネイが言葉遣い程度の事で、陰口を言われ排除される未来は嫌だ。

 俺といる間に、誰にも違和感を覚えられない会話ができるようにする。


「ご飯を食べてからな。

 ネイが好きだと言った鳥の素揚げを作ってあげるよ」

 

 軟禁から抜け出した昨日は、ネイの大好きなスクランブルエッグとハンバーグだけでなく、カラスに似た鳥を捌いて塩を振り素揚げにしてあげた。

 たっぷりの油で揚げた鳥はとても美味しかったようだ。


「うれ、しい」


 本当は小麦粉や香辛料を使った唐揚げを作ってやりたいが、美味し過ぎる料理で舌を肥やしてしまったら、ネイが不幸になってしまう。

 この世界の材料で作れる料理に止めておくしかない。


 これは前世の俺の実体験だが、実家が食事に贅沢で、友達達が美味しいと感じる料理を不味いと感じてしまうのは、友達付き合いの障害になるとても不幸な事だ。


「油がはねると危ないから、ネイは俺と一緒に魔術の練習だぞ」


 まだ俺のどこかにつかまらないと安心できないネイを、誘導するのは簡単だ。

 低温で素揚げしている中華鍋から離れて、攻撃魔術の練習をさせる。

 同時に昨日買ったユニットハウスを亜空間から取り出す。


「おうち」


 トイレと台所だけでなく、色々着いた組み立て済みユニットハウス。

 約15・7畳で278万円もした。

 思い切って買ったが、どのような方法で届けられるのかとても心配だった。


 元の世界のモノを買えるラノベもたくさん読んだが、乱暴に出現してガラスが割れたり資材が壊れたりするラノベもあった。

 それだけでなく、買えたはいいが大き過ぎて取り出せない可能性もあった。


 だから先に、安くて小さな6畳のトラックコンテナ12万8000円を買って、問題なく取り出せ置けるかを確認したのだ。


 金額的には高い買い物だったが、心理的に心許ないテントで寝るよりもずっと安眠できるのだから、安い物だ。


 俺がいる間は、土を圧縮強化した簡易の家を造って安眠できる。

 だがネイ1人になった時の事を考えると、買っておいた方が良いと思ったのだ。


 今のところ1番覚えが早いのは亜空間魔術だから、小物だけでなく、今回買ったユニットハウスも譲ってあげられるかもしれない。


「素揚げができあがったようだね、一緒に食べようか」


「うん」


 俺とネイは簡易で組み上げた竈の前に戻った。

 食べやすい大きさにぶつ切りにした鳥は、十分に火が通っているようだ。

 だが今直ぐ食べるには熱すぎて火傷してしまう。


「先にスクランブルエッグとハンバーグから食べなさい」


 程よい温度にまで冷ましたスクランブルエッグとハンバーグを取り出す。

 一緒に介護飲料とスポーツドリンクも取り出す。

 程よく甘い2つの飲み物はネイのお気に入りだ。


 この2つもこの世界にはない贅沢な品物なのだが、命を助ける為に使った後だ。

 今更与えないという選択はできない。


 それに、これくらいの甘さなら大丈夫だ。

 この世界の果物を組み合わせて、ミックスジュースで再現できるはずだ。


「おい、しい」


 うれしそうに、おいしそうに、スクランブルエッグとハンバーグを頬張るネイはとても可愛い。


 ただ俺の身体から手を離せないので、並んで食べる事になる。

 それに全て片手で食べるからボロボロと落としてもいる。

 地面に落ちた物は食べないように指導したが、どれくらいマナーを教えるべきか?


「念力、サイコキネシス」


 ネイがつかんだ服を離してくれないし、素揚げしている鳥は十分火が通ってしまうし、美味しそうに食べているネイに食事を中断させる気にもならない。

 だから念力を使って鳥の素揚げを中華鍋から出す。


 更に念力で剣鉈を使って、新たな鳥をぶつ切りにして素揚げする。

 ネイに何時でも鳥の素揚げを適温で食べてもらえるようにする。

 モモ、ムネ、手羽中、手羽元、ネック、ササミそれぞれの部位で美味しさが違う。


 砂肝とレバー、ハツと玉ひも、どれも料理しだいで美味しくなる。

 本当に細かく分けると、鳥には55もの部位がある。

 俺が特に好きなのは腸なのだが、痛みやすく、料理するには細心の注意が必要だ。


 鳥のモツ、ガツ、背肝、白子など細心の注意を払わないといけない部位を念力で料理するのは、魔術の訓練も兼ねているから一石二鳥だ!

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