第21話:香草パウダー

転移10日目:山本光司(ミーツ)視点


 仕事が終わったら館に帰る。

 館に戻ったら風呂に入って身体を清潔にする。

 マイルズが新たに連れてきた寡婦と孤児達を迎え入れる。


 だが、新たな寡婦と孤児達には顔を見せてあいさつするだけでよくなった。

 リーダー格となった寡婦、アビゲイルに任せられるようになった。

 気が強く恰幅の良いアビゲイルは、他の使用人を上手く扱ってくれている。


 だが1つ問題が片付いたと思ったら、新たな問題が起きてしまう。

 日本で生きていた頃なら配慮が必要な事だろう。

 だが、弱肉強食のこの世界では、配慮の必要などないはずだ。


「大魔術師殿の言う通りです。

 彼らに文句を言う資格などありません。

 大魔術師殿が保証してやらなければいけない義理もありません。

 むしろ多くの商人が集まる魅力的な商品を作ってくださった感謝しかありません。

 ただ、このままでは彼らが野垂れ死にするのも確かなのです……」


 マイルズが何度も最敬礼をしながら説明して詫びてくる。

 最敬礼されても詫びられても全く心に響かない。

 稼ぎ手の夫や父を殺されながら、必死で生きてきた寡婦や孤児がここにいるのだ。


 マイルズは寡婦や孤児達に救いの手を差し伸べてこなかった。

 だが、俺に客を奪われたと言う露天商の言葉には耳を傾け俺に言ってくる。

 新しい領主に泣きつけば、何とかしてくれると思っている連中にも腹が立つ。


「彼らの串焼店が潰れるのは、俺の店よりも不味いからで、俺の責任ではない。

 それに、店の商品が売れないからと言って直ぐ死ぬわけではない。

 他の仕事をすればいい事だろう?

 魔境に行って、何でもいいから持ち帰ればいいだけだ。

 領民なら通行料銀貨1枚も不要なのだろう?」


「その通りなのですが、魔境に入るのは命懸けなので……」


「門番時代に親しかった連中だから特別扱いしたいのか?

 お前の親父や家族の所為で、乞食同然の生活をしていた寡婦や孤児は見捨てていたのに、仲良しだけは領主権限で助けるのか?

 そんな話しを聞くと、お前達を皆殺しにしたくなるのだが、その覚悟があってこんな身勝手な話しをしに来たのか?!」


「とんでもありません!

 そこまで思い至らなかった私が愚かなのです。

 もう2度とこのような話しはいたしませんので、どうかご容赦ください!」


「自分のお気に入りを特別扱いしたいのなら、他人の懐に手を突っ込むのではなく、自分の金を使ってやれ!

 領民が必死で生きて稼いだ金を、お気に入りだけばらまけばいい。

 この最低の腐れ領主!」


「……申し訳ありませんでした」


 愚かで身勝手なマイルズの所為で、仕事後の心地よい時間が台無しだ!

 最初は親切で思いやりのある人間だと思っていたが、違っていた。


 チヤホヤしてくれる人間を特別扱いする依怙贔屓野郎だった。

 取り巻きを侍らせて大物ぶりたいだけの器量の小さな奴だった。


 全く優しさがない訳ではないが、優しさと依怙贔屓の区別がついていない。

 佞臣に付け込まれて道を誤る未来しか見えない。

 バカに付き合うほどお人好しではないので、移住先を探しておこう。


「腹は減っていないか?

 新しく来た者達にこれを食べさせてやってくれ」


 マイルズを追い出した俺は、新人達の前に焼きたての焼き鳥を取り出した。

 空腹で風呂に入れられ全身をゴシゴシと洗われたのだ。

 疲れているだろうし、空腹も激しいだろう。


 そんな時に食欲を激しく刺激する熱々の焼き鳥を出されたら……

 よだれが口いっぱいに溜まって辛抱溜まらない!

 仕事中に腹一杯食べたはずの連中もまた食べたくなる。


「新人達への説明は食べながらやってくれ。

 俺はこれからの商売について考える。

 お前達も間近に見て分かっただろうが、新領主もバカだ。

 愚かな新領主をどう扱うかも考えなければならない。

 だが心配するな、お前達は絶対に守る」


「「「「「ありがとうございます」」」」」


 大嘘である、俺にそんな覚悟などない。

 あるのはばあちゃんに躾けられた不完全な良心と義務感だけだ。

 ラノベやアニメのヒーローのような正義感はないのだ。


 集団で移住するとなると、ここと同じような魔境都市がいい。

 領主や貴族はもちろん、冒険者や領民も裕福な者が多い。

 既に狩っている鳥獣を活用する事もできる。


 領主であるマイルズから他の魔境都市やダンジョン都市の情報は得られない。

 流石にそこまでしたらマイルズが暴発するかもしれない。

 マイルズや領主軍など簡単に滅ぼせるが、問題はその後だ。


 領主や軍を滅ぼしたら、俺が責任を取って治めなければいけなくなる。

 そんな面倒な事は絶対に嫌だ、俺はできるだけ早く引き籠りたいのだ!


 かといって、領主と領主軍を壊滅させた後で放り出したら、他の貴族に領民が攻め滅ぼされてしまうだろう。


 だからマイルズからではなく、他領からやってきた商人に話を聞く事にした。

 商人の数が減っているから、話しながらゆっくり商談ができる。

 だが、問題はどの商品で話しをするかだ。


 莫大な利益を得られる高価な薬草や調味料は値引き交渉しない方針だ。

 パーカーやパンツも使用人から取り上げたくないので、交渉材料にはしない。

 抱っこ紐もこの世界の革で新商品を開発してからの話しだ。


 今直ぐ俺の手で大量に作れて、商人がとても欲しがる商品。

 そんな都合の良い物は1つしかない。

 今焼き鳥に使っている乾燥粉末化して香草だけだ。


 香辛料に準じた商品として、権力者や金持ちに売るのか?

 それとも大量販売をもくろんで平民に売るのか?

 ターゲットによって値付けが全く違ってくる。


 俺が選んだのは中間層を狙う事だった。

 高値で売れる物を最初から安売りする必要はない。

 同時に、実力さえあれば集められる物に高値をつけすぎると直ぐにマネされる。


 ほどほどの値段をつけて、それなりの量を売る。

 他の人間がマネするまでにできるだけ稼ぐ。

 同時に客が迷わないように明確な用途を決める。


 試作の時は多くの料理に使えるようにありとあらゆる配合を試した。

 だがそれでは客も買う商品を迷ってしまう。

 明確に何用と決めてしまえば売買時間を短縮できる。


「100gで銀貨10枚とする」

鳥料理:パセリを中心とした香草ミックス。

鼠料理:バジルを中心とした香草ミックス。

兎料理:タイムを中心とした香草ミックス。

狼料理:バジルとローズマリーを中心に香草を組み合わせる。

羊料理:ローズマリーを中心に香草を組み合わせる。

猪料理:セージを中心に香草を組み合わせる。

蛇料理:タイムとローズマリーを中心に香草を組み合わせる。

魚料理:バジルとタイムを中心に香草を組み合わせる。

狸料理:バジルとパセリを中心に香草を組み合わせる。


 どれだけ売れるか分からないが、調味料に新たな商品が加わった。

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