第8話:料理と山菜と魔術

転移2日目:山本光司(ミーツ)視点


 バカ天使が戻ってきたのは夜も更けた時間だった。

 ネイがお風呂から上がるまでに戻って来いと言っておいたのに!

 思いっきり怒鳴りつけたかったが、ネイが眠っているから我慢した。


「それで、レベルアップ条件は分かったのか?」


「はい、冒険者ギルドに潜入して色々な情報を集めてきました」


「魔術を使うほど習熟度が上がるのか?」


「はい、レベルが同じでも、習熟度によって魔力の効果が違います」


「習熟度の高いボール魔術の方が、覚えたばかりで習熟度の低いアロー魔術よりも破壊力があるのだな?」


「普通はありませんが、その可能性が全くないとは言えないそうです」


「習熟度が限界を超えたら、魔術レベルが上がる事はあるのか?」


「とてつもない回数をこなさなければいけませんが、あるそうです。

 そうでなければ、モンスターを斃す事のない生活魔術や防御魔術のレベルが永遠に上がりませんから」


「良い話しを聞いてきてくれた。

 それならいくらでも回復できる魔力を使って多くの魔術レベルを上げられる」


「直ぐに町に行かれるのではないのですか?」


「お前が調べてきた町は、最初に行く予定だった町ではないのだろう?」


「はい、その通りですが、それが町に行かない理由になるのですか?」


「行く予定だった町は、比較的平和で安全に暮らせる町だったよな?」


「はい、その通りです」


「だがこの世界の基本は弱肉強食なのだよな?」


「はい、弱肉強食でございます」


「では、これから行く町も弱肉強食なのではないのか?」


「あっ!」


「ここが安全なら、ある程度レベルや習熟度を上げてから町に行く。

 ここの方が危険なら、朝には町に向かう。

 どちらの方が安全なのだ?」


「……それは……」


「聞いただけだ、バカ天使に期待などしていない。

 ただお前のミスで情報が不足している。

 何度も町に行って必要な情報を集めて来てもらうぞ」


「何の情報を集めてくるのですか?」


「この世界に米や麦はあるのか?

 ネイに食事を与えるのに、主食が何か知っておかなければならない。

 何よりネイの身体に悪い食材は何だ?

 元の世界で犬や猫を飼うときみたいに、食べさせてはいけない食材はあるのか?」


「この世界にも米や麦はあります。

 主食は肉で、米や麦は贅沢品です。

 ネイが食べて悪い食材はありません。

 毒草はネイに限らずほとんど全ての生物に危険ですから、食材でもありません」


「ちょっと待て、肉が主食というのは理解できる。

 だが米や麦が贅沢品というのはどういう事だ?」


「この世界には強力なモンスターや獰猛な獣が数多くいます。

 肉食だけでなく草食のモンスターや獣も縄張り意識が強く獰猛です。

 そんな草食獣が、朝昼晩関係なく畑を襲うのです。

 穀物を栽培して収穫するのはとても大変な事なのです」


「……そんな獰猛なモンスターや獣がいるのならもっと防具が必要だな」


 頭部鎖帷子:   8976円

 胴体鎖帷子:12万3241円

 防刀ズボン: 6万8000円


 俺は急いで購入欄に入れていた防具を買った。

 オフロード装備を購入していたから買うか買わないか迷っていたが、鎖帷子、チェインメイルならこれまで買った防具の下に装備できる。


 問題はお気に入り登録している甲冑と鎧を買うかどうかだ。

 77万0880円のアルミニウム合金製西洋甲冑は迷う。

 鉄製と同じ防御力があるのなら即買いするのだが……


 79万2800円工期60日の中国製日本鎧兜も踏ん切りがつかない。

 鉄片で造られていて、戦国時代と同じ防御力があるのなら即買いする。

 だが、鉄に見せかけたプラスチックだとお金をドブに捨てるのと同じだ。


「光司様の魔力と魔術をもってすれば、モンスターも獣も怖くないですよ。

 魔力をいくらでも回復する事ができるのですよね?

 でしたら、こちらからモンスターや獣を狩りましょう。

 ゴブリンの時のように、遠くからマジック・ストームを放てば安全に斃せます」


 俺が中二病で英雄願望があるのなら、バカ天使の勧めに応じていただろう。

 だが俺の望みは英雄になる事ではない。

 それなりの屋敷を買って引き籠る事だ!


「魔術を使うだけで習熟度が上がるのならモンスターや獣を斃す必要はない。

 周囲の森に魔術を放って練習すればいい。

 散乱した木々や岩、土砂を収納して売ればお金も確保できる」


 西洋甲冑と日本鎧兜は買わないでおこう。

 バカ天使の言う事は信じられないが、俺が強いと言うのはストーム系の魔術の破壊力を見れば間違いないだろう。


「それはその通りなのですが、本当にそれで良いのですか?」


「それでいい、それで十分幸せだ。

 ああ、そうだ、この世界に胡椒などの香辛料はあるのか?」


「かなり高級品になりますが、あります」


 よかった、これでネイに香辛料を使った料理を食べさせることができる。

 今はまだ塩だけの味付けにするが、ネイが高給取りになれそうなら、少々の贅沢品を食べさせても問題ない。


「俺は仮眠するから見張りを頼む。

 俺達を傷つけるモンスターや獣が攻撃魔術の射程内に入ったら起こしてくれ」


 俺はそう言って寝る事にした。

 不安と緊張で眠れないかもしれないが、横になるだけでも多少は回復する。

 

 ★★★★★★


 日本にいた頃は、少しでも気になる事があると眠れなかった。

 だが今回は信じられないくらい早く熟睡できた。

 だから夜が明ける随分前に目が覚めたのはしかたがない。


「おはよう、ご飯ができているから食べなさい」


 俺が起きた事でネイを起こしてしまったのだろうか?

 ウレタンマットからネイがやってきたので、昨日焼いておいた肉を出す。

 調子が悪いようには見えないし、卵のタンパク質は消化吸収できたようだ。


「肉よりも昨日食べた卵、スクランブルエッグの方が良いのかい?」


 肉料理を見て少し落胆しているようなネイに聞いてみた。


「き、の、う、の、が、い、い」


「直ぐに作ってあげるから、それまでこれを飲んでいなさい」


 卵だけだと栄養のバランスが悪すぎる。

 介護飲料ならバランスの取れた栄養が取れる。


「う、ん」


 まだ完全に眼が覚めていないネイが、ぼ~とした感じで介護飲料を飲む。

 一応2本用意してあるから、栄養のバランスに問題はないだろう。

 ネイが飲んでいる間に、昨日のように手早くスクランブルエッグを作る。


「俺は肉を食べるから、ネイも食べたくなったら遠慮せずに言うのだぞ」


「は、い」


 マヨネーズをつけたいのをグッと我慢して塩だけで食べる。

 最初は脂の乗った鶏もも肉にかぶりつき、1枚をペロッと食べる。

 次に大好きな牛タン先をガジガジと喰らう。


 小さな塊を薪で焼いたから、元から堅いタン先が更に硬くなっている。

 少々堅い方が好きだとはいえ、硬すぎると後で顎が痛くなる。

 急いで昨日買ったばかりのナイフで薄切りにして食べる。


「お、い、し、い」


 ネイが幸せそうにスクランブルエッグを頬張っている。

 肉に目もくれないのは、獣臭い肉ばかり食べていたからだろうか?

 栄養価を考えると、血抜きせずに肉を食べていた可能性が高い。


 いや、5歳児に狩れる動物なんてほとんどいない。

 肉食獣が狩って食べ残した腐肉を食べていた可能性すらある。


「ごちそうさまでした」


 俺は命を頂いた感謝の言葉を口にして食事を終えた。

 この世界の住民で幼女でもあるネイに、俺の習慣を強制したりはしない。


「今日も山菜を集めてもらうよ」


「は、い」


 昨日と同じように壊れた門から畑跡に出る。

 ラノベのように成長が早いわけではなく、昨日集めた場所に山菜はない。

 だから廃村を中心に時計回りに移動して山菜採取をしている。


「マジック・ストーム」


 昨日破壊した森の右側に最大級の魔術を放つ。

 直ぐに昨日との違いなど感じられない。


 数度の魔術使用程度では習熟度が上がらないのだろう。

 だが俺の予想を上回る破壊力なのは同じだ。

 こんな魔術を受けて生き延びられる生物がいるのだろうか?


「俺はあそこに行って収納するが、ネイはどうする?」


「い、き、た、い」


 山菜採取も面白いようだが、それ以上に収納魔術が面白いようだ。

 俺が大岩や大木、石や土砂を収納するのを目を輝かせて見ている。


「バカ天使、ネイは魔術が使えるのか?」


「光司様がステータス・オープンの魔術で見せてくれなければ断言できません。

 ですが魔力があるのなら、才能さえあれば使えるはずです」


「ステータス・オープン」


「ネイ」

山賊に壊滅させられた村の生き残り

異世界から転移してきた山本光司に庇護されている。

氏名:ネイ

情報:ヒューマン・女・5歳

職業:未定

HP:50/50

MP:83/83

筋力:5

耐久:3

魔力:38

俊敏:2

器用:6

魅力:4

幸運:1

「アクティブスキル」

なし

「パッシブスキル」

なし

「魔法スキル」

なし

「ユニークスキル」

なし

「犯罪歴」

なし


「魔力は結構ありますが、残念な事に固有スキルやユニークスキルと呼ばれるような物はありませんね。

 アクティブスキルやパッシブスキルもありませんから、覚えられない可能性もありますし、幸運が1しかないのも気になります。

 光司様が魔術を教えても覚えられない可能性が高いです」


「ネイに幸運がなくても、俺の幸運が助けになる可能性はあるのか?」


「あるかもしれませんが、ないかもしれません」


 バカ天使に聞いたのが間違いだった。


「ネイ、俺が今から魔術を使うから、同じ様に言ってみなさい」


「は、い」


「火、ファイア」


 俺はネイの前でレベル1の火魔術を使ってみせた。


「ひ、ふぁ、い、あ」


 残念な事だが、ネイの魔術初挑戦は失敗だった。

 何度も反復練習する事が大切だが、失敗を繰り返させるのはかわいそうだ。

 ネイには幸せな時間を与えてあげたい。


「初めてやって直ぐにできるほど魔術は簡単なモノじゃない。

 何百何千と繰り返してようやく覚えられるものだ。

 だから毎日少しずつ練習してもらう」


 本当の事は知らないが、嘘も方便だ。

 魔術を直ぐに覚えられない事で心が傷つかないようにしなければ!


「は、い」


「練習は陽が落ちてからすればいい。

 今は山菜採取を頑張りなさい」


「は、い」


 ネイは俺の言う事を素直に聞いて山菜をたくさん集めてくれた。

 俺は破壊した森の産物を全て収納して魔術の反復練習を行った。

 レベル1からレベル10の魔術習熟度を上げるのだ!


「光司様、あそこにシカが群れでいます」


 魔術の練習だから別に成果がなくてもかまわない。

 だが練習の副産物で肉や素材が手に入るならありがたい。

 

「遠見、ディスタント・ビュウ」


 俺は思いつく魔術を色々と試してみた。

 全く発現しない魔術もあれば、願い通りの効果が現れる魔術もあった。

 失敗する度にステータス・オープンを使って自分の状態を確認する。


 遠見の魔術に関して言えば、若返って恐ろしいくらい遠くが見えるようになった目だが、遠見魔術を使えばさらによく見えるので、遠距離狙撃をするのに最適だった。


「マジック・ソード、マジック・ソード、マジック・ソード……」


 シカの群れは20頭前後が多く、マジック・ストームの轟音にもひるまない。

 それくらい豪胆でないと、この世界では草食獣も生きていけないのだろう。

 それに日本のシカとは微妙に違って体重も雄で180kg雌で120kgもある。


「マジック・ボール、マジック・ボール、マジック・ボール……」


 ハトやカラス、カモやガン、キジやヤマドリも魔術で狩った。

 魔術の精度を高めるために、スズメやウズラも狩った。

 特に飛び回る小さなスズメを狩るのは良い訓練になる。


「狩猟した獣と頭数」

雄シカ :106頭:180kg平均

雌シカ :132頭:120kg平均

キツネ :  7頭: 10kg平均

タヌキ :  8頭: 10kg平均

ウサギ : 29頭:  5kg平均

イノシシ: 98頭:200kg平均

ヤマドリ: 32羽:  2kg平均

キジ  : 38羽:1・5kg平均

カモ  :329羽:  2kg平均

ガン  :341羽:  3kg平均

ハト  :184羽: 500g平均

カラス :547羽:  1kg平均

スズメ :964羽:  50g平均

ウズラ :329羽: 300g平均


 町に行くようになったら狩った獲物は全部売りに出そうと思う。

 それなりの値段がついたらありがたい。 

 安過ぎたら異世界間スーパーか異世界間競売で売ればいい。

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