第10話:ウルフパックと泣き虫

転移2日目:山本光司(ミーツ)視点


 俺が無制限に強力な魔術を放ったせいで、1000頭を軽く越えるウルフの群れに襲撃されたのだとバカ天使に言われた。


 ネイを巻き込まないための強化圧縮した壁と屋根は、魔術で造った。

 これで不安なくウルフの群れと戦う事ができる。


「マジック・ストーム、マジック・ストーム、マジック・ストーム……」


 敵となったウルフが射程距離に入ったら、直ぐに最大級の魔術を放つ。

 だがこんな戦い方をしていたら直ぐに魔力が無くなってしまう。

 今後の事も考えて、介護飲料8種24個セット3952円を10個購入。


「マジック・ストーム、マジック・ストーム、マジック・ストーム……」


 魔力が半分にまで減った時点で介護飲料を飲む。


「消化吸収、ダイジェスチョン・アブソープション。

 魔力回復、マジック・リカバリー。

 マジック・ストーム、マジック・ストーム、マジック・ストーム……」


 俺が背にしている廃村の背後にある森にも、振り向くことなく魔術を放つ。

 正確にウルフを確認して魔術を放っている訳ではない。

 ウルフが近づいているとバカ天使が言う方角に魔術を放っているだけだ。


「光司様は無茶苦茶ですね」


「モンスターや獣相手に正々堂々と戦う気などない。

 いや、人間相手でも危険は極力避けたい。

 近づかれる前に殺してしまうのが1番安全だろう?」


「その通りではありますが、普通は魔力的に不可能です。

 魔力回復薬はありますが、回復できる魔力はそれほど多くありません。

 せいぜい10から20の魔力を回復してくれる程度です。

 だからこの世界の人間は、魔力を無駄遣いするような戦い方はしません」


「そうか、だが俺が教えたら、この世界の人間でもやれるのだろう?」


「そうかもしれませんが、教えられるのですか?」


「絶対に教えない。

 俺を殺せる奴を増やす気などない。

 それに突然強い者が現れたら、世界の勢力バランスが崩れる。

 そんな騒動に巻き込まれるなんて真っ平御免だ。

 俺の目標は、静かに引き籠ってアニメとラノベに耽溺する日々だ」


「でしたらもうここを離れられた方が良いかもしれません。

 光司様の強さはモンスターや獣を刺激してしまいます。

 頻繁に魔獣の群れが攻撃してきたり、強大な魔術を無制限に使ったりしていると、権力者や能力の高い者が確かめにやってくるかもしれません、

 それに、静かに引き籠って暮らしたいのでしたら、ある程度の町に住んだ方が、魔物に襲撃されない可能性が高いです」


 俺は強力な面制圧魔術、いや、空間制圧魔術を放ちながらバカ天使と会話した。

 失敗ばかりのバカ天使の話しを、鵜呑みにする事は絶対にできない。

 だが多少は考慮する必要があるかもしれない。


「消化吸収、ダイジェスチョン・アブソープション。

 魔力回復、マジック・リカバリー。

 マジック・ストーム、マジック・ストーム、マジック・ストーム……」


「光司様、ウルフが全滅したようです」


 俺には索敵に使える魔術がない。

 だがバカ天使には索敵魔術があるようだ。

 それとも元々備わっている能力なのか?


「消化吸収、ダイジェスチョン・アブソープション。

 魔力回復、マジック・リカバリー。

 俺は斃したウルフと破壊散乱させた木々や岩を収納する。

 生き残りがいないかもう1度確認してくれ」


 失敗ばかりのバカ天使が全滅したと言っても、信じられる訳がない。

 何時奇襲されてもいいように、魔力を全回復させておく。

 その上でもう1度バカ天使に索敵させて、生き残りがいないか確認する。


「光司様は私の言う事が信じられないのですか?」


「お前には鼻糞ほどの信用もない!

 信用は口にしている事で得られるのではない!

 今まで口にしてきた事を実際にやり続けて、初めて信用が得られるのだ。

 お前のこれまでの言動には信用の欠片もない!」


「……光司様の仰る通りです……」


 不服そうなバカ天使だが、にらみつけると生き残りがいないか確認しに行った。

 魔術で確認するだけではなく、自分の目で確認するのだろう。

 最初からそれくらい慎重になってくれていれば、こんな事にはなっていない。


 バカ天使が側にいない間にサクサクと収納していく。

 この世界の都市にどれくらいの人間が住んでいるのかは知らない。

 だがバカ天使が報告した人数は多過ぎる気がする。


 この世界の文化が中世ヨーロッパ程度なら、都市の平均人口は500人だ。

 500人前後で都市と呼ばれ、300人前後でも小都市と呼ばれる。

 村と呼ばれる集落だと、100人以下がほとんどだ。


「やはり生き残りはいません」


 1時間くらいかけて慎重に調べてきたバカ天使が報告する。

 それくらい慎重にやってくれれば、俺も安心してバカ天使の言う事が聞ける。


「そうか、ご苦労さん。

 俺は今回の獲物を全て収納するから、ネイが起きたら教えてくれ」


 バカ天使が側にいても腹が立つだけだし、起きたネイを不安にさせたくない。

 ようやく自分の側に表れた人間が、起きたらいなくなっている。

 不安と恐怖で俺を探しまくるのは目に見えている。


 本当は起きるまで側にいてやればいいのだが、せっかくの獲物を無駄にできない。

 もったいない精神ではないが、モンスターであろうと殺した命を粗末にできない。

 食材はもちろん素材としても、できるだけ活用したい。


「ネイが起きましたが、光司様を探しています」


 1時間半ほどしてバカ天使が報告に来た。


「直ぐに戻る、身体強化、フィジカル・エンハンスメント。

 俊足、フリート・フッティド。

 加速、アクセラレイション」


 俺は大急ぎで廃村の入り口に戻った。

 ネイをウルフの群れから護るために強固に圧縮をした土扉は閉めてある。

 バカ天使に見張らせてはいたが、心からの信用などしていない。


「ネイ、俺はここにいるぞ、モンスターから護るために扉を付けたのだ」


「うぁあああああん!」


 ネイが体当たりする勢いで抱き着いてきた。

 思わず膝立ちにしゃがんで胸を出してしまった。

 だが、この世界では犯罪にならないと分かっていても、抱きしめるのが怖い。


「うぁあああああん!」


 こんな幼い子とは思えないくらいの力強さで必死にしがみついてくる。

 起きたら誰もいなくて、本当に怖かったのだろう。

 バカ天使が実体化できればいいのだが、せめて声だけでも出せれば……


「ごめんよ、急にいなくなったら不安になるよな。

 怖かったよな、ごめんよ、もう寝ているときに外には出ないから」


 こんな恐ろしい森の中でずっと独りで暮らしてきたんだ。

 その恐怖と不安は俺なんかの想像の及ぶモノじゃない。


「うぁあああああん!」


 小学生の時、下校してきた時に家に誰もいなくて、怖くて泣きながら親戚の家に走り込んだけれど、ネイの感じた恐怖がその程度のモノじゃないくらいは分かる。


「ごめんよ、本当にごめんよ、もう二度と独りにはしないから」


「うぁあああああん!」


 泣き止むまで抱きしめてあげるしかない。

 まだ戸惑いはあるが、少し力を入れてしっかりと抱きしめる。

 このままでは何もできないが、無理矢理引きはがすのは極悪すぎる。


「大丈夫、もう二度と独りにしないから、大丈夫だから」


 そう言いながら、奉天市場でネイの大きさでも使える抱っこ紐を探す。

 寝ている時もそばを離れないと言った以上、背部もある抱っこ紐が必要だ。

 そうでないとネイが寝ている時に何もできなくなる。


「うぁあああああん!」


 おしゃれじゃない、昔ながらの抱っこ紐を2430円で買う。

 おしゃれな抱っこ紐もあったけど、背部がないからネイが寝てら落ちてしまう。


「ほら、これを見てご覧、これで寝ている時も一緒だぞ。

 ネイが寝ている時に用事ができたら、これで抱っこして一緒だぞ」


 そう言ってもネイは俺から離れようとしない。

 何を言うよりも実際にやって見せる方が良い。

 抱きしめながら慎重に立ち上がる。


「うぁあああああん!」


 無理矢理引きはがしたと思われないように、慎重に抱っこ紐をかける。

 この状態で背負う形にはできないから、前抱きになるようにネイの足を通す。


「どうだ、これでネイが寝ている時も一緒に居られるだろう」


「うぁあああああん!」


 どれだけ言葉を尽くそうと、俺がやってしまった事は、なかった事にはできない。

 腐れ神やバカ天使に言った事と同じだ。

 行動で証明し続けなければ失った信用は取り戻せない。


「よし、よし、俺が悪かった、俺が全部悪かった」


 毎回抱っこ紐で移動するのは面倒だと思ってしまう自分がいる。

 ネイに悪かったと思うと同時に、俺の責任ではないと思ってしまう部分もある。

 ネイを乗せられる乳母車があれば楽なのにと思って調べてしまう。


「うぁあああああん!」


 乳児を寝かせて使うA型と座らせて使うB型をざっと見る。

 乳児用だから、5歳くらいだと思われるネイには小さすぎる。

 日本にいた頃、保育園の先生が押していた大型の乳母車を探してみる。


「大丈夫、もう絶対にネイを独りにしないから、本当に大丈夫だから」


 避難車と言われるタイプが丈夫なのか?

 大きな園児は立たせて使い、小さい子供は複数の椅子に座らせるのか。

 ネイに使う時は寝ている時だから、小さい子用の椅子では意味がない。


「うぁあああああん!」


 これは、泣き疲れて眠るまでどうしようもないかもしれない。

 今起きたばかりなのに、泣き疲れて眠るまでとは……

 自業自得とはいえ、本当なら俺にネイを保護する義務はない。


「よし、よし、よし、ごめんよ、全部俺が悪かった」


 だが、ここでネイを放り出す選択肢だけはない。

 どれだけ面倒だと思っても、見捨てる事だけはできない。

 そんな事をしてしまったら、死後にばあちゃんに会わせる顔がない。


「うぁあああああん!」


 泣き止んでくれるまで抱いているしかないが、何もしない訳にもいかない。

 幸い作り置きの料理がたくさんある。

 慎重で臆病なので、長時間の戦闘や逃亡に備えていた。


「ネイが寝ている時に狼の群れが襲ってきたんだよ。

 狼の群れを退治するために外で戦っていたから、側にいられなかったのだ」


 そう言いながら薄暗い廃村から外に出た。

 1000頭以上の狼、丸太や岩の収納が途中なのだ。


 いつ泣き止んでくれるか分からないネイの相手だけしていると、命を奪ってしまった狼や他の獣が痛んでしまう。


「うぁあああああん!」


 ネイ声が段々かすれてきた。

 このままでは泣き過ぎて声が潰れてしまう。

 謝っても慰めても泣き止んでくれそうにないし……


「ネイ、俺のために魔術を使ってくれないか?

 今直ぐ成功しなくてもいい。

 練習して俺の手助けができるようになってくれないか?」


 集めた山菜が利用できると分かった時、ネイは喜んでいた。

 自分が誰かの役に立てると分かった事で、捨てられないと思ったのかもしれない。

 姑息な手段だと分かっているが、それで泣き止んでくれたら助かる。


「ひっ、ひっ、ひっく、ひっ」


 凄い、泣き叫んでいたのが変わった。

 まだ完全に泣き止んだ訳ではないが、俺の話を聞く気になっている。


「ここに散乱しているモノを、亜空間に保管して欲しいんだ。

 亜空間に保管できるようになったら、食べる物にも仕事にも困らない。

 魔法袋、マジックバック。

 亜空間、サブスペース。

 亜空間、ハイパースペース

 亜空間、ストレージ」


 俺は無意識に大量のモノを亜空間、ストレージに保管できる。

 だがネイは、神に亜空間スキルを与えられた訳ではない。

 ネイ自身が自分の力、想像力で亜空間スキルを手に入れないといけない。


 普通ならとても難しい事だし、他の亜空間スキル持ちも自分の価値を下げないために、他人にコツを教えたりはしない。


 だが俺は、ネイが泣き止んでくれたらスキルの価値が下がってもかまわない。

 何よりネイが早く独り立ちしてくれないと、自分の世界に引き籠れない。


「ひっく、ひっ、ひっ、ま、ほ、う、ぶ、くろ、マ、ジッ、ク、バッ、ク。

 あ、く、う、か、ん、サ、ブ、ス、ペー、ス……」


 今日覚えられなくていい。

 いつか覚えられたらそれでいい。

 泣き止んでくれただけで、ずっとシクシクと痛んでいた胸が楽になった。


「魔術球、マジック・ボール」


 攻撃魔術もこの機会に覚えてもらおう。

 でいるだけ無駄のない形で魔術を覚えてもらおうと思っていた。

 だが効率以前に身を護れなかったら何の意味もない。


「ま、じゅ、つ、きゅ、う、マ、ジッ、ク・ボー、ル」


 ネイがたどたどし言葉で呪文を唱えている。

 魔術が成功したかどうかは、ネイのステータスを見れば分かる。

 亜空間魔術はなかなか成功しないが、攻撃魔術の成功率は高い。


 それにしても、今日は失敗してしまった。

 ネイの孤独に対する恐怖を分かっていながら、軽く考えてしまっていた。

 これでは俺が非難している腐れ神やバカ天使と変わらない。


 ネイにはできるだけ優しく接しなければいけない。

 俺が教えてあげられる最高の魔術と技術を伝授する。

 そして1日でも早く独り立ちしてもらう。

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