第11話:甘えん坊

転移3日目:山本光司(ミーツ)視点


 昨日俺は大失敗をしてネイを大号泣させてしまった。

 こんな森で独り生きてきたネイの不安と恐怖と孤独を、軽く考えてしまっていた。

 そのしっぺ返しが、軽く済むわけがなかったのだ。


「ネイ、本当にもう側を離れないから、ズボンをつかむのは止めてくれないか?」


 昨日も泣き止んでから全く離れてくれなかった。

 外で収納している間も中で料理を作る間も、俺にズボンをつかんで離さないのだ。

 寝る時だってズボンを離さないから、ウレタンマットを並べて眠るしかなかった。


「い、や」


 昨日お風呂に入れようとした時に、少し強くズボンから手を離させようとしたら、死にそうな表情で泣き出してしまった。

 それこそ火のついたような勢いで泣き出してしまった。


 1日の間に2度も泣かせてしまったのだ。

 こんな所を死んだばあちゃんに見られたら、ホウキの柄でしばきたおされる。

 懐かしくはあるが、中身56歳の男が情けなさ過ぎる。


「嫌ならしかたがないけど、魔術の練習はしなさい」


 昨日は俺もネイもお風呂に入らなかった。

 今日はどうしても風呂に入りたいから、ネイの機嫌を取らないといけない。

 だが、昨日の大失敗でネイの信用を完全に失ってしまっている。


「今日は収納魔術ストレージを繰り返しなさい。

 ネイが収納魔術で獲物を保管してくれた、俺の負担が少なくなる。

 一緒に旅をするうえでとても便利になる。

 ネイの状態はステータス・オープンを使って確認する。

 お腹が空いたらお肉や介護飲料を飲み食いしなさい」


「うん、しゅ、う、の、う、ス、ト、レー、ジ」


 どれほど正確に俺の言葉を理解してくれているかは分からない。

 だが今は真摯にネイに向き合うしかない。

 昨日2度目の号泣をさせる前は嘘も方便と思っていたが、それは通用しない。


「しゅ、う、の、う、スト、レー、ジ」


 俺を巻き添え死させた腐れ神やバカ天使が同じ事を言ったら、確実にブチ切れる。

 自分が言われて嫌な事、されて腹の立つ事を他人にしてはいけない。

 特に自分より力のない子供にやるのは、犬畜生以下の、外道の所業だ。


「しゅ、う、のう、スト、レー、ジ」


 ネイには介護飲料を渡して収納の練習に使うように言っている。

 大量の介護飲料を収納していれば、万が一の時にも生き残れる可能性がある。

 バカ天使は俺を無敵の存在だと言うが、とても信じられないのだ。


★★★★★★


 朝早く飛び起きて、必死で俺がいる事を確認していたネイ。

 トイレすら、ズボンから手を離さず俺の前でしたネイ。

 あまりにも照れくさくて、衝撃的で、目をつむり耳を塞ぐのに必死だった!


 バーベキューの準備をするのも、中華鍋でスクランブルエッグを作るのも、ネイにズボンをつかまれた状態だった。

 だから朝から昼までの半日、収納を繰り返す間もズボンを離してもらえなかった。


 そんな状態でも、ネイは魔術の練習だけは必死でやっていた。

 まるで俺の役に立てるようにならないと、捨てられると思っているかのように。

 そんな事はないと断言できない引き籠り癖のある俺がいる。


「眠くなったら言いなさい、昨日と同じように抱っこしてあげる」


 このまま倒れるまでズボンをつかませておく方法もある。

 そうすれば、俺は自分の手を汚すことなくネイの手を離させる事ができる。

 だがそんな事をすると、俺の良心を培ってくれた祖母を穢す事になる。


「だっ、こ」


 ネイは俺のズボンから手を離すことなく縋るような目をして言葉を紡ぐ。

 こんな目で見つめられたら、怯えた声を出されたら、俺のような性根の腐った引き籠り野郎でも逃げられなくなる。


 昨日買った抱っこ紐を使ってネイを抱き上げる。

 何ともいない気持ちが沸き起こってくる。

 これが父性愛というものなのかもしれない。


「もう絶対に離れないから安心しなさい」


 そう言いながらも、心の隅っこでできるだけ早く独り立ちさせようと思っている。

 だからこそ収納魔術と攻撃魔術を最優先で教えている。

 俺は何と身勝手で矛盾した人間なんだ!


「う、ん」


 そう答えるネイの言葉に胸が痛む。

 痛むが、俺の本性は祖母の躾でも覆す事はできないのだ。

 直ぐに捨てて逃げ出さない性格に矯正してくれたばあちゃんに感謝だ。


「俺は日が暮れるまで収納を続けるから、お腹が空いたら介護飲料を飲んでからハンバーグを食べなさい」


 ネイの身体の事を考えたら、好きなスクランブルエッグとハンバーグだけを食べさせるわけにはいかない。


 食べる前に介護飲料を飲ませておけば最低限の栄養バランスはとれるだろう。

 それともマルチビタミン飲料を飲ませた方が良いのだろうか?


「すう~、すぅ~、すう~、すぅ~」


 よほど疲れていたのだろう、ネイは直ぐに寝息をたてた。

 これくらい子供は、突然電池が切れたみたいに倒れて寝るのだ。

 俺に捨てられる恐怖が解消されるまでは、この状況が続くのだろう。


「光司様、近隣の町や村の状況を調べてきました」


 まるでネイが寝入るのを待っていたかのようにバカ天使が戻ってきた。


「そうか、それで、俺達が潜り込める町や村はあったのか?」


 人口が100人にも満たない村に移住などできるはずがない。

 人口が500人を越える町でも、冒険者がいない所では浮いてしまう。


「やはり最初に探りに行った城塞都市が1番です。

 冒険者ギルドがあり、冒険者の為の商店街もあります。

 近隣の町や村からも、商品を売り買いする者がやって来ています。

 正確な人口は分かりませんが、1万人前後はいそうです」


 この世界には魔境やダンジョンがあるそうだから、その近くにある大きな町なら、一獲千金を狙って移住してきた年の離れた兄妹として潜り込めるだろう。

 そんな町がないかバカ天使に探させていたのだ。


「1万人規模の城塞都市があるのならありがたい。

 だが城砦内の環境はどうなっている?

 道に糞尿が投げ捨てられている不衛生な状態なのか?」


「糞尿は専用のスライム食べさせているので、比較的衛生的です」


「糞尿まみれのスライムが徘徊している事はないのか?」


「スライムは糞尿を完全に取り込むので出会っても問題ありません。

 問題があるとすれば、近隣の町や村よりも物価が高い事です。

 安全な城砦内ですので、入城料と人頭税が高くなり、物価が高いのです」


 俺は収納のために歩きながらバカ天使と話し続けた。

 手当たり次第だから、最初に集めようと思っていたモノ以外も結構多い。

 特に破壊した森の辺りには貴重な薬草が大量にあった。


「俺が狩ったモンスターや獣、木々や岩は売れそうか?

 特に今集めている薬草はどれくらいの値段で取引されているのだ?」


「モンスターや獣は確実に売れます。

 薬草は高値で買い取られていましたが、今集められている薬草の中には、この世界では知られていない薬草もありそうです。

 木も消耗品ですから売れるでしょうが、都市の住民だけでなく、周囲の町や村から持ち込まれますので、高値で売る事は不可能です。

 残念ながら岩は売れないでしょう」


「安全な宿屋はあるのか?

 俺が満足できるようなレベルの部屋があるのか?」


「冒険者ギルド直営の宿なら安全ですが、日本でいう畳1枚分の板の間です。

 値段は1日銅貨10枚と格安ですが、住み心地が良いとは言えません。

 領主直営の高級宿も安全ですが、値段が銀貨5枚と高いです。

 日本の宿には及びませんが、3部屋合計で18畳くらいの広さがあります。

 最高級の部屋は誰も使わなかったので値段が分かりません。

 民間の宿屋は1日銅貨50枚から銀貨1枚の間ですが、安全とは言えません」


「領主や貴族の危険度はどうだ?

 俺が貴重な物資を大量に持っていると知ったら、襲ってきそうか?」


「……それは……」


「お前に調べて来いと言っていなかった事を聞いても無駄だったな」


「……申し訳ありません」


「分かった、最初から高額な買い取りや商売をしなければいいだけだ。

 徐々に貴重な商品をやり取りしながら、ギルドの反応を見る」


 これ以上バカ天使を責めてもしかたがない。

 こいつがどうしようもないドジなのは分かっていたのだ。

 1から10まで事細かに指示しなかった俺が悪い。


「光司様、もう1度戻って調べてきましょうか?」


「日が暮れるまでに戻ってこられるか?

 夜の見張りを頼めないと俺が眠れなくなる」


「お任せください、必ず戻ってまいります」


 ★★★★★★


 バカ天使が戻って来るまでの間、陽が暮れるまで収納に励んだ。

 昼寝から起きたネイも一生懸命に各種魔術を練習していた。

 消化吸収や魔力回復も行った練習は、思っていた以上に効果があった。


「しゅ、う、のう、スト、レー、ジ」


 ネイには介護飲料以外にも食糧を持たせる事ができた。

 大好物のスクランブルエッグとハンバーグは喜んで収納していた。

 それが俺のネイ独り立ち計画だとも知らずに……


「ま、じゅつ、や、マ、ジック・アロー」


 肝心のスクランブルエッグとハンバーグを大量に作るためには、バーベキュー用の網と中華鍋1つでは不可能だった。

 そこで32センチ1980円のテフロン加工フライパンを10個買った。


「ひ、ま、じゅつ、や、ファ、イア・アロー」


 薪で料理するから、テフロン加工がはがれるのは覚悟の上だ。

 本当は簡単に料理ができるホットプレートを買いたかった。

 だが城塞都市のホテルに泊まるなら電気を確保できない。


「つ、ち、ま、じゅつ、や、アー、ス・アロー」


 奉天市場ではガソリンが買えないので発電機が動かせない。

 ガソリンが買えたとしても発電時に出る騒音が酷過ぎる。

 太陽光発電と蓄電池もホテル住まいでは使えない。


「み、ず、ま、じゅつ、ウォー、ター・アロー」


 買ったばかりのフライパンを使ってスクランブルエッグとハンバーグを作っている間、ネイは俺のズボンをつかんだまま魔術の練習をしていた。


「しゅう、のう、スト、レー、ジ」


 少しでも早く魔術を上達して、俺の役に立とうとしている姿がいじらしい。

 そう思うと同時に、無性に独りになりたいと思う自分がいる。

 そんな自分をがんばれと奮い立たせながら料理に励む。


「しゅう、のう、スト、レー、ジ」


 スクランブルエッグとハンバーグ以外に、今日食べる料理も作る。

 10kgも買った豚こま肉を美味しく料理しなければいけない。


「しゅう、のう、スト、レー、ジ」


 まだ子供のネイのために、灰汁抜きした山菜と一緒に塩味だけを付けた豚こま肉を5kg分炒めてあげる。


「しゅう、のう、スト、レージ」


 自分用には、たっぷりの黒胡椒と白胡椒を振りかけ、塩で味を調えた豚こま肉だけの炒め物を5kg作って保管しておく。


 料理が終わったら自分のステータスを確認しておく。


「ステータス・オープン」


「個人情報」

名前:ミーツ・ヤーマ(山本光司)

情報:ヒューマン・男・20歳・レベル26

職業:治療家・魔術師・小説家・料理人・商人・解体職人

  :採取家・武闘家・剣士・木地師・革職人・

HP:360

MP:360

筋力:280

耐久:285

魔力:280

俊敏:285

器用:295

魅力:360

幸運:360


「職業」

治療家:レベル11(鍼灸柔道整復師だったから)

魔術師:レベル26(ライトノベルなどを読みふけり創造力が桁外れだから)

小説家:レベル11(受賞経験のあるネット小説家だったから)

商人 :レベル11(実家の商売を手伝い、独立開業し確定申告もしていたから)

料理人:レベル8 (30年以上ずっと自炊をしていたから)

従魔師:レベル7 (長年犬猫を飼い躾けた経験があったから)

解体師:レベル6 (12年間実家の鶏肉店を手伝い鶏の解体をしていたから)

採取家:レベル5 (田舎の出身で、幼い頃から野草採取をしていたから)

武闘家:レベル4 (柔道初段だったから)

剣士 :レベル3 (段持ちではないが剣道を学んだことがあったから)

木地師:レベル2 (とても不器用だが、工作経験があるから)

革職人:レベル1 (とても不器用だが、クラフトワーク経験があるから)

「アクティブスキル」

診断:レベル11

治療:レベル11

創造:レベル11

作家:レベル11

魔術:レベル26

商人:レベル11

料理:レベル8

従魔:レベル7

解体:レベル6

採取:レベル5

武術:レベル4

剣術:レベル3

木地:レベル2

皮革:レベル1

「パッシブスキル」

鑑定:レベル6(これまで培ってきた生活の知恵)

診断:レベル11(29年間鍼灸柔道整復師として診察を行ってきたから)

「魔法スキル」

亜空間術:レベル26(ストレージ)

「ユニークスキル」

異世界間スーパー:レベル1

 :所持金・4億9177万6248円

 :取引額合計230万9267円

 :奉天市場レベル1

 :奉天ポイント12万5213円

異世界間競売  :レベル1

「犯罪歴」

なし

 

 自分のステータスを確認してみたが、劇的に魔術レベルが上がっている。

 森林破壊と狼の大量虐殺が影響しているのだろうか?

 このまま無双を続ければ、本当にこの世界最強になれるのだろうか?

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