第17話:従業員

転移9日目:山本光司(ミーツ)視点


 1日にして莫大な利益を手に入れたので、次の段階に進む事にした。

 引き籠り生活をするためには、俺の代わりに働いてくれる者が必要だ。

 ラノベによくある奴隷契約や奴隷具があればよかったのだが、なかった。


 だから、俺のスキルにある従魔師を試す事にした。

 これが魔獣にしか使えないスキルなら残念な事になるが、たぶん大丈夫だ。

 ほとんどのラノベでは従魔スキルで人間も手懐けられる。


 問題は肝心の人間、従業員や使用人の候補をどこから集めてくるかだ。

 腐り切っていた冒険者ギルドを使う気にはならない。

 立っている者は親でも使えと言うのだから、領主やらせる事にした。


「マイルズ、俺1人では商売をするにも限界がある。

 高価な薬草や調味料は俺自身で扱うが、これまで冒険者ギルドや個人が扱っていた、魔獣や獣の素材は従業員を雇って売らせる。

 だが腐り切った冒険者ギルドの紹介する人間は信用できない。

 領主や貴族の犠牲になった者の家族と思われる、寡婦や孤児を集めろ」


「うっ、私が父上の失政で家族を失った者を集めるのですか?


「嫌なら別にかまわないぞ、もっと安心できる場所で商売するだけだ」

 

「申し訳ありません、探します……今直ぐにですか?」


「今直ぐにとは言わないが、明日の商売から手伝わせたい」


「はぁ~、申し訳ありませんが、被害者家族全員を今日中に探すのは不可能です。

 ですが、できるだけ急いで集めさせていただきます。

 それでご容赦ください」


 そうマイルズにやりとりしたのが昨日の事だった。

 領主であるマイルズが本気になったら、全ての寡婦と孤児を集められるだろう。


 この期に及んで隠蔽するとは思えない。

 とはいえ、権力を持った者を頭から信じるほど愚かではない。


「バカ天使、こちらの護衛はしなくていいから、城塞都市ロアノークにいる全ての寡婦と孤児を調べて来い」


「えええええ、いくら私が眠らなくて大丈夫だとは言っても、昼夜休みなく働かせるのは酷過ぎませんか?」


「お前に天使としての矜持がないのなら好きにするがいい。

 マイルズが親兄弟の行った過去の罪を隠そうとして、何とか生きている寡婦や孤児を密かに殺すかもしれないのを見逃せばいい」


「……分かりました、分かりましたよ、急いで調べてきます」


 バカ天使が渋々寡婦と孤児を探しに行った。

 これで時間はかかるだろうが、貴族から逃げ隠れしている遺族も探し出せる。

 問題は、バカ天使が見逃すであろう遺族をどうやって確保するかだが……


 ★★★★★★


転移10日目:山本光司(ミーツ)視点


「何とか寡婦17人孤児59人を探し出してきました。

 今もロアノーク中を探させていますので、これで終わりという事はありません」


 徹夜で俺の命令に従ってくれたのだろう。

 目の下にクマを作ったマイルズが女子供を連れてきた。


 だがとても残念なことに、全く信用されていないようだ。

 寡婦と孤児は俺にまで不信と敵意の視線を向けて来る。


「君達に無理無体な事をしようというのではない。

 無能な領主と極悪非道な貴族の所為で苦しんでいる人を、助けたかっただけだ。

 噂を聞いている者がいるかもしれないが、俺が強盗冒険者を退治した魔術師だ。

 そして昨日薬草と調味料で大儲けした商人でもある」


「「「「「「……」」」」」」


 黙ったままだが、気配が変わった。

 寡婦の大半は魔術師と商人の噂を聞いていたのだろう。


 同時にそんな魔術師で商売人でもある俺が、自分達に何をさせようと言うのかと疑問にも思っているのだろう。


「お前達を取って食おうと言う訳ではない。

 貴族達に苦しめられて来たお前達にほんの少しだけ手を差し伸べてやる。

 それで俺も利益を上げる事ができるし、お前達にも利益がある」


「……私達に何をさせようと言うのです」


 気の強そうな中年女が喧嘩を売るような口調で聞いてきた。

 その両脚には4人の子供達が抱きついている。

 俺の脚にネイが抱き着いているのと同じだ。


 4人の子供達の髪色がバラバラだから、他人の子供まで保護しているのか、あるいは身体を張って生きてきた影響で、全員父親が違うかだ。


「俺は高価な薬草と調味料を商いするので、安い品物まで手が回らない。

 お前達には獣や鳥を売ってもらいたい」


「利益は、あんたの言う利益とは何なんだい、給料をくれるんだろうね」


「何もできない最初の間は給料なしだ」


「なんだって?!」


「その代わり、住むところと食べる物と服を与えてやる。

 住む所は強盗冒険者と黒幕の貴族を斃した代価にもらった屋敷だ。

 元貴族の館、その使用人部屋をお前達に与える。

 給料がほとんどないのは、貴族に仕える下級使用人と同じだ」


「……貴族街に住めるというかい?」


「そうだ、今日からお前達は俺の従業員であり使用人だ。

 だから貴族街に住んでもらうし、腹一杯の食事を与える。

 誰に怯える事のない安全な寝床を与えてやる」


「給料はどうなる、仕事ができるようになったら給料をくれると言うが、口約束では信じられないよ!

 どれくらい仕事ができるようになったら給料をくれるんだい?!」


「お前達が商う獣と鳥だが、最初は1頭1羽をそのまま売ってもらう。

 だがそれではあまり利益にならない。

 解体の練習をして、部位ごとに分けて売ってもらう。

 そうすれば手数料が手に入り、お前達にも給料を渡せる」


「ここにいる女達なら、獣や鳥を解体して売るくらいなら普通にできるよ」


「試しにやって見せるが、異国の解体のしかただ。

 そのやり方がこの国と一緒なら、今日からでも給料を渡す。

 そして次の段階に進んでもらう」


「次の段階というのは何だい?」


「料理だ、解体した獣や鳥を料理して売ってもらう」


「ここにいる女達なら、普通の料理くらいできるが、その料理も異国風なのかい?」


「そうだ、異国風の料理だ。

 今からやらってみせるから、見て自分達もやれるか試してみろ」


 俺は急いで奉天市場で解体に使える骨スキ包丁を探した。

 プラスチックやナイロンを使用していない包丁で1番安い奴。

 刃渡り133ミリの包丁が1本1056円だったので100本買った。


「これは手を奇麗に消毒する石鹸というものだ。

 これで丁寧に手を洗うと悪い病気にかからない。

 高価な物だが、客を病気にさせる事は絶対に許さん!

 俺のマネをして丁寧に洗え」


 以前に買った石鹸があるので、とりあえずそれを使う事にした。


「……そんな高価な物を私達に使わせても良いのかよ?

 私達が盗んで逃げるとは思わないのかよ?」


「真面目に仕事をするだけで、誰が相手でも絶対に守ってくれる、強力な主家に仕えられるのだ。

 衣食住の心配を全くしなくてよくなるのだ。

 お前達は大切な家族を殺されて、頼れる者を失って辛酸をなめた。

 自分達を護ってくれる強力な後ろ盾を失うような、愚かな事をするとは思えないから、安心して与えられる」


「私達に与える待遇にそれほど自信があるのかい?」


「ああ、あるぞ」


「最後に飯はどうなる!

 腹一杯喰わしてくれると言うが、口約束では信じられないよ」


「解体の練習で失敗した、売り物にならない鳥は全部食べていい。

 大人の女が上手になっても、子供達が練習すればいくらでも失敗する。

 鳥が解体できるようになっても、兎、狐、狸、狼、猪、鹿、練習する獣はいくらでもいるから、ずっと食べる物には困らない」


「……本当に多くの失敗をするような難しい解体なのか、手本を見せてくれ」


 気の強い女も、ひとまず俺の言う事を信じてみる気になったようだ。

 この機会を逃さずカラスに似た鳥とハトに似た鳥を手早く解体した。

 

「もっとゆっくりやっておくれ。

 とてもじゃないけれど覚えられないよ。

 それに何だい、その正確で細かい解体方法は!」


 やはりこの世界には鳥を55もの部位に分ける解体方法はなかった。

 最初は完璧にできなくてもいい。

 モモ、ムネ、ササミ、ネック、手羽元、手羽中、砂肝、肝くらいでいい。


「解体した鳥の部位は、全部氷水を張った木樽に放り込んでおいてくれればいい」


 この世界にも大樽があったので、警備隊員に貸してもらった。

 解体に失敗した鳥肉を渡すと言ったら、喜んで貸してくれた。


「分かった、やってみるよ」


「よし、今から解体の練習してもらうが、半数は店に出て鳥を売ってもらう。

 店に出てもらう人間は銭勘定ができなければならない」


 俺が気の強い中年寡婦に視線を向けると。


「露店で商売をするほどの銭勘定ができる者となると……」


 苦い顔をしている、この世界の教育水準はかなり低いようだ。

 普段買い物する寡婦達でも、素早く足し算引き算ができないのが普通のようだ。

 多くの客をさばける速さで料金を計算できる寡婦は、5人だけだった。


 計算の怪しい寡婦に売り子をしてもらう以上、計算間違いは覚悟している。

 だが計算間違いは少なければ少ないほどいい。


 だから1人の寡婦が扱う商品は全部同じ値段にした。

 実際農民が出す露店などの商品は、全部同じ料金にされている事が多い。

 ひと山を同じ値段にして、種類によって頭数や羽数を変えている。


 1羽銀貨1枚の鳥と5羽銀貨1枚の鳥を同じ料金の籠に盛って売らせた。

 値段によって使う籠も変えてある。

 しかもちゃんと寡婦用と客用の値段表を置いて間違えにくいようにした。


「取り扱い商品」食品

スズメ  : 30g :20羽銅貨10枚(1000円)

ウズラ  :200g :5羽銅貨10枚(1000円)

ハト   :500g :2羽銅貨10枚(1000円)

カラス  : 1kg :1羽銅貨10枚(1000円)

ラビット :10kg :銀貨1枚(1万円)

フォックス:10kg :銀貨1枚(1万円)

ウルフ  :50kg :銀貨5枚(5万円)

ディア  :100kg:銀貨10枚(10万円)


 銅貨10枚に統一した鳥を売る役に4人の寡婦を置いた。

 計算ができる寡婦が2人に、客に鳥を渡す寡婦が2人だ。


 警備隊員が見張りをしてくれているが、いつまでもやらせるわけにはいかない。

 計算も解体も苦手な寡婦には、客足あしらいと見張りをしてもらう。


 残りの売り子だが、兎と狐を売る役に寡婦が1人。

 狼を売る役に寡婦が1人。

 鹿を売る役に寡婦が1人。


 客が複数の注文をしても計算を間違わないように、計算が得意な警備隊員に監視と確かめ算をしてもらう事にした。


 もちろん店の周りにも昨日同様強面の警備隊員が配置されている。

 多少の礼は必要だが、寡婦達が仕事に慣れるまではしかたがない。


「自分達で解体して自信がある部位は、この氷を詰めた樽に入れろ。

 自信がない部位は台所で塩と香草をまぶして焼いてくれ。

 お前達や子供達の食事にするから、好きな時に好きなだけ食べろ」


「「「「「やった!」」」」」

「ありがとう、兄ちゃん」

「兄ちゃん気前が良いな!」


「こら、御主人様とお呼び!」

「ありがとうございます、遠慮せずに食べさせていただきます」


 あっという間にリーダー格になった女が礼を言う。

 テキパキと指示を出して手を洗わせ解体に取り掛かる。

 女は計算ができるので、解体をする女達にこれから何をすべきか教えている。


 新領主権限で脅かして借り受けている家には台所があった。

 料理をするための台もあったから、そこで解体をすればいい。

 その気になれば大量に持ち込んだ木樽の上でも解体はできる。


 調理台も抗菌まな板も奉天市場でいくらでも買える。

 昨日の利益を考えれば億単位の買い物だってできる。

 だがそんな事をすれば、この国この地方で貨幣が不足してしまう。


 一時的になら奉天市場にこの国の貨幣を預ける事は構わない。

 だが完全に消費してしまう訳にはいかない。


 だから奉天市場での買い物はできるだけ少なくしようと思った。

 この世界で作る事のできる物は、できるだけこの世界の人間に作らせる。

 今日不足を感じた物は、今日中にこの世界の職人に発注する。


「ネイ、乾燥魔術を覚えなさい、ドゥライイング」


「かん、そう、ドゥ、ライ、イング」


 ネイには魔力を余らせないように練習を続けさせる。

 人前だから攻撃魔術や亜空間魔術は控えさせて隠している。

 代わりにやらせているのが、香草を乾燥させる魔術だ。


 この国には香辛料が自生せず、恐ろしく高価な調味料になっているが、香草は魔境にたくさん生えていた。

 その香草を乾燥させて香りを高め、上手く組み合わせて料理に使うのだ。


 香草を上手く組み合わせれば、香辛料ほどではないが、とても美味しい料理が作れるようになり、この城塞都市の名物になるだろう。


 パチパチパチパチ、ジュウウウウウ!


 俺達の売り場の外、商店街に続く通りにも簡易の竈を作って網を置いた。

 解体に失敗した鳥の部位に、塩と香草をまぶして焼いている。

 その美味しそうな香りは、人々の食欲をそそり足を止めさせる。


「店主、表で焼いている鳥は売り物か?」


「俺達が食べるために焼いているモノだ。

 魔境で集めた貴重な香草数十種を秘伝の配合でまぶしてある。

 どうしても食べたいと言うのなら、1本銅貨5枚だ」


 少々高い値段をつけてある。

 ここはまだ商店街ではないので、ライバル店がなく独占販売だ。

 商店街で売っている串焼きは薄い塩味で、香草をまぶした物はほとんどない。


 香草を使っていても、生のまま肉と漬け込んだ串焼きばかりだ。

 何より俺の使っている鳥と違って鮮度が悪い。


 魔境の植生から見て、この地方は熱帯か亜熱帯だ。

 亜空間魔術や冷却魔術が使えない庶民の店は、肉の鮮度を保てない。

 獣肉なら熟成させる事も可能だが、鳥肉は熟成が難しく腐ってしまう。


 特有の臭みや不敗臭がある鳥肉をわずかな塩だけで味付けした串焼と、俺が作らせている強い塩味と香草の香りをまとった串焼き。

 少々高くても客がどちらを買うか明らかだった。


「焼き役に金勘定させるのは無理だな。

 売れ行きの悪い鹿と狼の販売は中止だ。

 2人は露店で金勘定をしてくれ」


「「はい!」」


 俺の判断は正しく、鳥の香草串焼きは飛ぶように売れた。

 それにつられて、ありのままの鳥も解体した鳥もたくさん売れた。

 薬草と調味料を仕入れに来た商人も必ず食べていく。


「店主、この香草はいくらで売っているのだ?」


「まだ値段を決めかねているのです。

 次に来られるまでには鳥肉、猪肉、鹿肉、狼肉などにあった配合を作ります」


「そこを何とか売ってもらえないだろうか?

 この鳥肉にまぶしている香草だけでも売ってもらえないだろうか?」


「これだけよく売れる秘伝の香草配合です。

 秘密を明らかにする損に匹敵する利益が確保できるまでは売れません。

 次に来てくださる時までには、必要な利益が得られるだけの量を準備しておきますので、今日の所はお引き取りください」


 俺がそう言うと同時に、警備隊員が少し前に出たので、客はそれ以上交渉するのを諦めて帰っていた。

 これでもう1度来てくれる商人をまた1人確保できただろう。


 今日も昨日ほどではないが結構売れた。

 串焼きのような想定外の商品も、小銭程度だが売れた。

 初日から寡婦に日当を払えるとは思っていなかった。


 だが、昨日ほとんどの商人が薬草と調味料の仕入れを終え、急いで得意先の居る所に馬車を走らせたので、今日の売り上げ総額は激減していた。


 薬草部門の売り上げが金貨26枚(2600万円)銀貨6053枚(6053万円)となった。


 調味料部門の売り上げが金貨73枚(7300万円)銀貨3498枚(3498万円)となった。


 食肉部門の売り上げが、銀貨33枚(33万円)銅貨5425枚(54万2500円)となった。

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