第18話:部屋割と香草のブレンド

「今日の日当を支払う、1人銅貨50枚だ」


「「「「「ウォオオオオ」」」」」


 寡婦と孤児の歓声だから、おっさんと違って高く美しい。

 衣食住が保証された状態で、1人銅貨50枚(5000円)ももらえるのは、人件費が極端に安いこの世界では、破格の待遇なのだろう。


 実際問題、俺が狩り集めた鳥肉も薪も香草も仕入れにお金がかかっていない。

 全てをどこかから仕入れていたとしたら、日当を払えただろうか?

 そう考えれば寡婦17人で銅貨850枚は渡し過ぎだったかもしれない。


「これから屋敷に帰るが、帰ったら明日の仕込み用の解体を行ってもらう」


「「「「「はい!」」」」


「明日も今日と同じように働いてもらうが、日当は銅貨50枚だ」


「「「「「はい!」」」」


 寡婦と孤児達は鳥肉を腹一杯食べているので飯を用意する必要はない。

 警備隊員に護られて旧貴族館に戻るだけだ。

 直ぐに仕込み用の解体をさせたいが、そうはいかなかった。


「今日は手の消毒だけだったが、本当は全身を奇麗にしてもらう。

 全員に毎日風呂に入ってもらうからな!」


「「「「「……はい……」」」」」


 母親だけでもいてくれる子供は最低限の生活をしていたから、蚤や虱をわかしている子供は少なかったが、子供達だけで生きてきた孤児達は酷かった。

 貧民でも1カ月に1度の入浴が保証されているはずなのに……


 マイルズのよって強制的に店に連れてこられた時に、むりやり井戸で身体を洗われていたが、それでも蚤や虱虫が完全にとれていなかった。

 だからネイに出会った時と同じ魔術を使って最低限の清潔を確保したのだ。


 だが明日からは毎日お風呂に入って全身清潔にしてもらう。

 領主や貴族が最低保証していた1カ月に1度などとんでもない!

 館の中に風呂がないので、新しくジャグジーを買って入浴させる。


 商店街の近くから貴族が今で歩くのは結構時間がかかる。

 だが久しぶりにお腹一杯食事ができた寡婦と孤児は元気一杯だ。

 厳めしく豪華な旧貴族館に入る時には顔だけでなく全身を強張らしていたが。


「ウォーム。

 風呂を沸かすために、魔術の才能の有る者には魔術を覚えてもらう。

 俺がやる通りにマネをしろ」


「え、この子達に魔術を教えてくれるのですか?」


 リーダー格となった寡婦が驚いて聞いてくる。

 他の寡婦達も息を吞むくらい驚いている。


 だが子供達からの信用はまだ完全に得られていないのだろう。

 1人1人反応が違って、それぞれが期待と不安と猜疑心に満ちた目を向けてくる。


「この館の中で仕事をしてもらうのに必要な魔術は全て教えてやる。

 だが絶対に外では使うな!

 魔術が使えると知られたら、誘拐され奴隷にされるぞ!」


 危険な貧民街で貧しい生活をしていた孤児達だ。

 裏社会が危険なのは重々承知しているのだろう。

 真剣な表情になってうなずいていた。


「まずは風呂を温める魔術、ウォームから覚えろ、ウォーム!」


「「「「「ウォーム!」」」」」


 今日直ぐにウォームの魔術を覚えられる孤児はいなかった。

 だが数年かけて1つの攻撃魔術を覚えられたら才能がある方らしい。

 孤児達は落胆する事なく真剣に呪文を練習している。


 何時までも風呂を沸かすのを待ってられないので、俺が温めて入浴させた。

 子供達がちゃんと身体を洗うように寡婦達に見張らせた。

 寡婦達が密かにウォームの呪文を唱えているのは見て見ぬ振りをした。


「着替えは古着を買っておいたのをここに置いておくから使え。

 濡れたままでは古着が濡れてしまうから、このタオルで身体を拭け。

 着ていた服とタオルは朝1番に石鹸で洗って干して置け」


 この世界の安い服は基本毛織物は毛皮である。

 麻や綿はもちろん、葛や芭蕉といった食物繊維は恐ろしく高い。

 古着屋を探して買うには時間がなさ過ぎたので、しかたなく奉天市場で買った。


 SサイズからXXLサイズまでのパーカー40kg55着19800円を3つ。

 SサイズからXXLサイズまでの半袖Tシャツ30kg160枚19800円。

 100から160まで適当にサイズを選んだ綿パンツ990円を160本


「ウォオオオオ、スゲー、スゲー、スゲー、何だこの色は?!」

「やわらけぇー、こんなやわらけぇー服初めてだ!」

「私この色、この色私の!」


「こら! 

 御主人様の前で騒ぐんじゃない!」


 そう言うリーダー格の寡婦も、古着に目が釘付けになっている。

 この世界の女子供とは言え、おしゃれが好きな人間も多いのだろう。

 だが、こんな事でケンカをされては困る。


「これは俺の国の古着だから、好きな色や大きさは選べない。

 だが、よく仕事をしてくれる者には褒美に好きな色の服を与える。

 流石に下着までは用意できなかったから、このTシャツを潰して作れ」


「「「「「はい!」」」」」


 徐々に素直になって来ているのは、俺の力を目の当たりにしたからだろう。

 俺の権力と財力を、領主を顎で使う姿と、莫大な富を手に入れる姿、腹一杯食事を与えてくれる事、生まれて初めて見る美しい服を与えてくれる事で実感したのだ。


 寡婦と孤児の入浴が終わるまでの間、明日の商売の準備をした。

 新たに仕入れる物はないが、香草の乾燥と配合は急務だった。


「わたし、も、やる、ドゥ、ライ、イング」


 俺が香草を乾燥させていると、ずっと俺につかまっているネイが手助けすると言って、ドゥライイングの魔術を唱える。

 孤児達が魔術の練習を始めたのに危機感を覚えたのだろうか?


「ネイはネイのできる事をしてくれればいいんだよ。

 もう十分やってくれているから、これ以上無理をしなくてもいいんだよ」


 正直ネイにはスパルタすぎる練習をさせていたと反省している。

 孤児達のできる事を確認して、急がせ過ぎている事に初めて気がついた。

 俺のできるだけ早く引き籠りたいと言う身勝手な欲望で、無理をさせていた。


「だい、じょうぶ、もっと、やる、ドゥライイング」


 本人がやりたいと言っているのに、今更止める事もできない。

 最初にこのペースでやらせたのは俺なのだ。

 俺の気持ちや都合だけでコロコロと方針を変え、学ぶ機会を奪う訳にもいかない。


「分かったよ、好きに練習すればいいけれど、その分しっかり食べなさい。

 スクランブルエッグとハンバーグだけでなく、介護飲料も飲みなさい」


「うん」


 ネイが手伝ってくれた事で香草の乾燥も配合の研究も進んだ。

 

「主な香草」

ディル:すっきりとした香りと甘みが特徴で、サーモンなどの魚料理に合う

パセリ:さわやかな香りが特徴で、肉にも魚にもどの料理にも合う。

バジル:さわやかな香りと甘みが特徴で、トマトやチーズに合う。

セージ:独特の香りと苦みが特徴で、肉にも魚にも合う。

タイム:清々しく上品な香りが特徴で、どの料理にも合う。

   :サラダからメインディッシュ、デザートまで合う。

パクチー:独特の香りとほのかな苦みが特徴で、魚と野菜に合う。

クレソン:さわやかな香りとほろ苦さが特徴で、海老と合う。

ルッコラ:ほのかな胡麻のような香りとピリッとした辛味や苦味が特徴。

    :生で使った方が良い。

オレガノ:強い香りとほろ苦さが特徴で、乾燥させると香りが引き立つ。

ローズマリー:甘くほろ苦い香りと清涼感が特徴で、肉料理に合う。


鳥料理:バジルを中心とした香草ミックス。

   :パセリを中心とした香草ミックス。

   :タイムを中心とした香草ミックス。

   :ローズマリーを中心とした香草ミックス。

   :バジルやローズマリーを中心の香草を組み合わせる。

   :バジルとローズマリー、オレガノを中心の香草を組み合わせる。

羊料理:パセリとローズマリーを中心の香草を組み合わせる。

猪料理:生香草に付け込んでから料理する。

   :セージを中心の香草を組み合わせる。

   :タイムを中心の香草を組み合わせる。

   :ローズマリーを中心の香草を組み合わせる。

   :タイムとローズマリーを中心の香草を組み合わせる。

魚料理:タイムとオレガノ、ディルとローズマリーで蒸し焼き。

   :パセリを中心の香草を組み合わせる。

   :バジルを中心の香草を組み合わせる。

   :バジルとタイムを中心の香草を組み合わせる。

   :バジルとパセリを中心の香草を組み合わせる。

   :バジルとローズマリーを中心の香草を組み合わせる。


 香草の配合を色々と試したが、今日使ったのと同じパセリミックスが1番材料を集めやすく、原価を安く抑えられると分かった。


 美味しくなる香草の配合は、実際に焼いて食べて見ないと断言できないが、亜空間に入っている量と俺の記憶を合わせたら、ある程度予測はたてられる。


「ご主人様、全員の入浴が終わりました」


 リーダー格の寡婦が俺とネイの居る部屋まで知らせに来た。

 まだ彼らには台所とロビーと風呂場と香草研究室以外教えていない。

 いや、俺自身もこの館の間取りを完全には覚えていない。


 ただ、使用人の部屋が半地下にされているのだけは理解していた。

 後は屋根裏部屋と呼ばれる部屋も使用人用だと思う。

 彼らには半地下室か屋根裏部屋を使ってもらう事になる。


「今からお前達の部屋に案内する。

 誰がどの部屋を使うかは好きに決めればいい。

 ただし、これからも生活に困っている寡婦や孤児を引き取る。

 今は1人部屋や2人部屋であっても、後で4人5人で住んでもらうかもしれない」


「はい、私達と同じ境遇の寡婦や孤児を引き取られると申されるのでしたら、部屋が狭くなるような事があっても文句など申しません」


「そうか、だったら今は自分達が使い易いと思う部屋を使え。

 1人が良ければ1人で、家族と一緒が良ければ大きめの部屋に全員で入れ」


「「「「「はい!」」」」」


 俺は2階のロビーから近い半地下室から案内した。


「「「「「うわあああああ」」」」」」


「本当にここを使って良いのですか?!」

「このベッドを使っても良いのですか?!」

「こんなきれいな毛皮を使っても良いのですか?!」


 俺と敵対して前領主に処刑された貴族達。

 その中でも最も力を持っていた貴族の館を俺は引き継いでいる。

 盗賊冒険者を操って極悪非道な方法で莫大な利益を得ていた奴だ。

 

 それだけにとても裕福だった。

 身近に使える使用人達にもそれなりの待遇を与えていた。


 使用人達を思っての事ではなく、使用人がみすぼらしいと自分が低くみられるから、自分を誇大に見せるために使用人を着飾らせていた。


「ベッドに使う草は痛んだら捨ててしまえ。

 鳥の解体に慣れたら獣の解体をしてもらう。

 その時に出る毛皮を重ねて草の代わりにしろ。

 虫をわかさないと約束するのなら、鳥の解体の時にでは羽を使っても良い」


「はい、ありがとうございます」


 別に寡婦や孤児の事だけを考えて行っている訳ではない。

 魔境に行って草を刈るのは危険なのだ。

 これから忠誠を育てようとしている者達を、獣ごときに喰われてはたまらん!


 穀物すら獰猛な獣に喰われて超高級品なのだ。

 綿や麻はもちろん、芭蕉や葛といった繊維の材料となる草も貴重なのだ。


 それよりは数が多く主食として狩られている獣の皮の方が手に入り易い。

 獣の毛を集めて毛布や毛織物は作られている。

 だが加工する手間と時間を考えれば、毛皮のままの方が安いのだ。


「今から4階と言えなくもない屋根裏部屋に案内する。

 天井が低く窓も小さく住み難い部屋だが、子供達は好きだろう。

 自分達の部屋にしてもかまわないが、寝坊とおもらしは許さん。

 糞尿を始末するスライムを入れたおまるは忘れるな」


「ご安心ください、何があっても私達がきれいにさせていただきます。

 寝坊させるような事も絶対に有りません」


「だったら部屋が余っている間は、屋根裏部屋を遊び部屋にしてもかまわない。

 ただ、遊ぶ暇はあるなら魔術を覚えた方が将来役に立つだろう。

 魔力の才能がなかったとしても、解体や料理ができるようになれば、将来食うには困らないだろう」


「このような絶好の機会を与えて頂けたのです。

 子供達にこの幸運を手放すような事はさせません。

 自分部屋と仕事部屋以外は、掃除以外には立ち入らせません!」


「そうか、では後の事は任せたぞ」


「はい、お任せください」


 リーダー格となった寡婦に後は任せて自分の部屋に戻った。

 もちろんネイも一緒なのだが、ネイは他の人間がいる時は俺に引っ付いて離れず、何も話そうともしない。


「ネイ、俺はこれから仕事をするので、今日は1人で寝なさい」


「いや、だいて」


 寡婦と孤児が来た事で、独り廃屋に残された時以上に甘えたになっている。

 まだあれから日も経っていないのに、自分のライバルが増えたと思っているのだ。


 俺の服をつかむネイの握力が強くなっている。

 心の中で不安と恐怖が増大しているのだろう。


「分かった、抱っこでは仕事がし難いから、背負うよ」


「……かお、みたい」


「しかたがないな、今日だけだぞ、明日からは背負うからな」


 廃屋の時もそうだが、俺が良いと思ってやった事が裏目に出ている。

 まあ、今回はネイを任せられる使用人を見つける下心があった。

 それをネイに見抜かれているとは思えないのだが……


 これほど慕ってくれているネイには悪いが、俺は他人と上手くやれる性格ではないので、このままネイを保護する人間を育てる。

 リーダー格となった寡婦は期待のホープである。


 彼女を中心に、俺がいなくなってもこの貴族館を維持できるシステムを作らなければいけない。


 本当は、子供達が冒険者としての実力をつけ、獣や鳥、香草や塩を自分達で集められるまで待つべきなのだが、そんな長く他人と一緒には暮らせない。


 今この城塞都市にいる冒険者から鳥や獣、薬草や香草を買い取り、解体や加工を加える事で価値を高め、差額を利益にできるようにする。


 俺が狩り集める物に頼らなくても貴族館を維持し、寡婦と孤児が楽に食べて行けるシステムを考えなければいけない。


「光司様、マイルズ殿の捜索から逃れようとしている寡婦と孤児を見つけました」


 不意に現れたバカ天使があいさつもせずに報告してくる。

 バカ天使は俺の命令を忠実にこなしてくれていた。


「今この城塞都市から逃げようとしているのか?」


「はい」


「全ての城門は陽が暮れたら閉じられるのではないのか?

 ざっとしか見ていないが、城壁が崩れている所もなかったぞ?」


「警備隊の目を盗んで城壁から降りる心算のようです。

 長いロープを用意していました」


「ここの城壁は10メートルくらいあったぞ。

 寡婦が子供を連れてそんな高さから降りられるのか?

 屈強な寡婦だったのか?」


「いえ、とても屈強とは言えない女性でした。

 むしろきゃしゃと言った方がいいでしょう」


「急いで助けに行くぞ!」

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