第5話:駆虫薬

転移1日目:山本光司(ミーツ)視点


 俺はバカ天使の指し示す森の中にマジック・ストームを放った。

 嵐という意味の単語だから、少なくとも旋風くらい破壊力はあると思っていた。

 確か直径50メートル以下の渦巻き状の風と言いう意味だったはずだ。


「なんですか、あの非常識な破壊力は!」


 バカ天使の言葉が正しいのなら、この破壊力はこの世界の基準以上なのだろう。

 目測で50メートルくらいの渦巻き状の風だから、言葉的には偽りだ。

 いや、ぎりぎり直系50メートル以上の渦巻きなのかもしれない。


 もっと小規模の範囲攻撃を放ちたいのなら、呪文を変えた方が良い。

 規模的には、ハリケーン、トルネード、ストームの順だったと思う。

 異世界間スーパーで辞書でも買えば調べられるのだろうが……


「そんな事を俺に聞いても分かるはずがないだろう!

 俺をこの世界に転移させたのはお前だぞ!

 非常識だと言うのなら、またお前が魔術の設定を間違えたのだろうが!」


「申し訳ございません!

 全て私が悪のです!」


「謝る前に索敵だ!

 ゴブリンに生き残りがいないか確認してこい!」


「はぃいいい、直ぐに確認してきます!」


 バカ天使が生き残りのゴブリンがいないか確認している間に、急いで子供の状態を確かめないといけない。

 重体の子供から長時間目を離すなんて危険過ぎる。


「ダイアグノウシス」


 下痢、各種感染症、重体。

 各種解毒薬、安静。

 解毒が必要、メディカル・トリートメント前に解毒成分の補給


 直近の状態と変わらないか……悪化していないのは良かったが……

 俺の知識とこの世界の表現には乖離がある。

 この世界の常識がそうなのか、医療知識のない他の転移者がいた影響か?


 患者さんの状態を示すのに軽症、中等症、重症、重篤、危篤、死亡の6つの段階がある。


 重体という表現は医療現場ではなく事件現場で使われる物だ。

 俺がそれを意識して魔術を使ったらどうなる?


「ダイアグノウシス」


 下痢、各種感染症、重体。

 各種解毒薬、安静。

 解毒が必要、メディカル・トリートメント前に解毒成分の補給


 変らないのだな。

 だとすると、この世界の常識が俺の意識よりも上に来ている。

 いや、今はこんな事を考えている場合ではなかった。


 だがこの子を治療をするにも、この世界の感染症に必要な医薬成分が分からない。

 奉天市場で購入できる医薬品には限界がある。

 その中で俺がやるべき事は……


 指定第2類医薬品の抗生物質軟膏6g2個1776円を購入。

 指定第2類医薬品の化膿性疾患用生薬製剤45錠1463円を購入。

 経口摂取できる抗生物質は購入できないか……だったら。


「メディカル・トリートメント」


 子供の目立つ傷に2本12gの抗生物質軟膏を塗り込んでから魔術を発動した。

 回復魔術が身体中の栄養を使うタイプなら、解毒魔術などの快復魔術も、皮膚から浸透した抗生物質を使ってこの子の感染症を癒してくれるはずだ!


「診断、ダイアグノウシス」


 各種感染症、中等症。

 各種解毒薬、安静。

 解毒が必要、メディカル・トリートメント前に解毒成分の補給


 よし、一気に症状が改善したぞ。

 このまま抗生物質を塗ってメディカル・トリートメントと唱えれば大丈夫だ。

 だがそれだけでは検証できたとは言えない。


 今後の為にも、介護飲料と生薬を経口摂取させてからメディカル・トリートメントを唱えたら、この子の症状がどうなるのか確かめておくべきだ。


「うっ、うううううう」


「気がついたようだね、これを飲みなさい。

 薬と身体に良い飲み物だ。

 今の状態で固形物を食べたら胃腸が受け付けずに吐いてしまう。

 胃腸が回復するまではこれで我慢してくれ」


 これくらいの歳の子に難しい事を言っても理解できないだろう。

 だが心を込めて真剣に話せば、正確な事は理解できなくても大切な事だと分かる。

 今は抵抗せずに素直に薬と介護飲料を飲んでくれればそれでいい。


「だ、れ」


 長い間誰とも話していなかったのだろう。

 まともな発声ができていないように思う。

 それに、俺の事を思いっきり警戒しているのが分かる。


「君が倒れていたから助けたのだ。

 その辺に転がっているのが、俺が君に飲ませたジュースだ。

 同じ物を飲んでくれないと、回復魔術も解毒魔術も使えない。

 俺を信じて飲んでくれないか?」


 最悪むりやり飲ませて魔術をかける事もできるが、そんな事はやりたくない。

 意識不明の時はしかたがなかったが、気がついたのなら自分で飲んで欲しい。

 今後の事も考えれば、俺を信じて素直に飲んで欲しい。


「の、む」


 ボロボロの、雑巾以下の、服とも言えない布をまとった子供が介護飲料を飲む。

 もう助かると目途がついたからこそ、子供の状態が気になる。

 前世で知っている浮浪者以下の状態だ。


 身体も髪も垢と汗にまみれて恐ろしく不潔で匂う。

 どう考えても蚤や虱が沸いているとしか思えない。


 命の危険がある時は、何も気にせずに抱きしめ口移しで飲ませていたが、こうして元気になると我ながらよくやったと思う。

 生薬と介護飲料で感染症が軽減するのなら、皮膚の傷を治して身体を洗おう。


「お、い、し、い」


 全く表情の無かった子供の顔がわずかに歪む。

 笑みを浮かべているのだろうが、とても分かり難い。

 長い間、喜怒哀楽を顔に浮かべる事がなかったのだろう。


 日本基準の味付けをした介護飲料だ。

 あのような状態になるまで1人で生き抜いてきた子供には濃厚な味だろう。

 意識のない時に色々飲ませて消化吸収させていなかったら、どうなっていたか?


「好きなだけ飲みなさい。

 胃腸が元気になったら、美味しい肉や魚も食べさせてあげる」


「う、ん」


 最初は心配していたが、上手にストローを使って飲んでいる。

 この世界では、大麦の茎を使った麦ストローが流通しているのか?


「もう1度回復魔術、解毒魔術を使うから少し待ちなさい」


 子供が5本の介護飲料を飲みほしたタイミングで声をかける。

 幸せそうに飲んでいたが、その勢いが少しゆっくりになったからだ。

 生薬の錠剤も5つ飲んだから十分だろう。


「メディカル・トリートメント」

 

「診断、ダイアグノウシス」


 各種感染症、軽症。

 各種解毒薬、日常生活は可能、入浴可能。

 ヒールでも回復可能だが、メディカル・トリートメント前に解毒成分の補給


「もう大丈夫なようだな」


「あ、り、が、と、う」


 だが、この子をずっと保護する気にはなれない。

 何処かに預けて責任を押し付けられたら良いのだが、バカ天使がこの世界は弱肉強食と言っていたから、孤児院なんてないだろう。


 完璧に治療して、できるだけ早く1人でも生きて行けるようにしたい。

 できるだけ早く独りになって、引き籠ってアニメ三昧の生活をするのだ。

 アニメが駄目ならラノベでもかまわない、できるだけ早く独りになりたい。


「もっと薬とジュースを飲んでくれ。

 しっかりと飲んでくれないと、回復魔術も解毒魔術も使えない」


 困った事に、この子を見捨てられるほど自分勝手にはなれない。

 だが同時に、俺かこの子のどちらかが死ぬまで庇護する気にも成れない。


「は、い」


 ネット環境が完璧ではなくても、奉天市場さえ使えれば小説も漫画も読める。

 発電機と蓄電器、ブルーレイを購入すればアニメも観られる。

 だがこの子がいる状況でそれをやれるほど、非常識にはなれない。


「メディカル・トリートメント」


 何度かに分けて診療治療の魔術メディカル・トリートメントをかけた。

 この魔術なら勝手に最適の回復や解毒の魔術を発動してくれる。

 余分な魔力は使うが、この世界の四診を正確にできない以上しかたがない。


「診断、ダイアグノウシス」

 

 手元にある介護飲料と5本と生薬5錠、スポーツ飲料1000cc。

 経口補水液を2本飲ませてから快復魔術をかけて確認すると……


 筋力不足。

 リハビリテーション、運動が必要。


「光司様、周囲10キロメートルに渡って見廻りましたが、危険はありません。

 もっとも、今の光司様に対抗できるようなモンスターなど存在しませんが」


 側にいると思うだけで苛立つバカ天使が声をかけてきた。

 しかも俺の神経を逆撫でするような事を口にしやがる。


「バカ天使、この子にこの森で生きて行けるだけの知識と力を与えるぞ。

 まずは生薬、どの植物が薬草として使えるか教えろ。

 俺も一緒に覚えるから、どこに薬草が有るか見て来い」


「……今戻ってきたばかりなのですが……」


「そもそも誰の所為でこんな事になったと思っているのだ?」


「ひぃいいい、直ぐに見てきます」


 俺の知っている薬草や生薬は極僅かだ。

 知識と知っているだけで、実際にどのように処方すればいいのか分からない。

 腹立たしい事だが、バカ天使に教えてもらうしかない


 この子に使った生薬製剤は、説明書に使った生薬が書いてある。

 門の外に広がっている畑跡に生えてある草花を見ると、薬草だと分かった!


黄芩 :周囲を除いた根の部分

黄連 :根茎部分

山梔子:梔子の果実を乾燥させた物


 だが、売買するならこの世界のレベルに合わせる必要がある。

 煎じて成分を抽出すべきかアルコールに漬けて抽出すべきかもわからない。

 目を凝らして破壊してしまった森を見ると、薬草に使える木が分かる。


黄檗 :キハダの周皮を除いた樹皮

山茱萸:山茱萸の木の実を日干し乾燥させた物

杏仁 :杏子の種子


 この子にこの世界で生きている技として薬草採取を教える事ができる。

 もう1段階上の知識として、薬剤師としての技術も教えられるだろう。

 

 だがその前に絶対にやらなければいけない事がある。

 この廃村を拠点にするなら、害虫、特に蚤と虱と壁蝨は絶対駆除だ。

 もう既にこの子についている奴はもちろん、廃屋の中にいる奴もだ。


 異世界間スーパーを調べたが、身体につけるタイプは犬猫用しかない。

 人間の子供に、犬猫用の虫除け首輪をつける訳にもいかない。


「身体についている悪い虫を退治するから待っていなさい」

 

 壁蝨と蚤を駆除する散布薬400g892円を購入して直ぐに散布。

 蚤を駆除する直接皮膚滴下薬3本入り2箱を2535円で購入滴下。


 犬猫用の身体に悪いかもしれないモノを滴下するのだ。

 俺もやらないとこの子に悪い。


 壁蝨と蚤を駆除する噴霧散布式の殺虫剤が1万5840円で売っていた。

 充電式の噴霧器は面倒だから、電池式2981円を購入しよう。


 後の問題は、この子の身体を洗うための風呂だが……

 奉天市場にドラム缶風呂があるのは以前に調べたから分かっている。

 だが水の確保と排水が色々と面倒だ。


 以前読んだ小説だと、異世界間スーパーには便利なゴミ箱機能があった。

 それに、風呂を沸かすのにも魔術を使えた。

 バカ天使が帰ってくる前にある程度調べておこう。


 それにしても、あのバカ天使は薬草を調べるだけにどれだけかかっている?

 まさか、10キロ四方をくまなく調べているのか?

 それとも、またとんでもない失敗をしているのか?!

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