第28話:蜂起と限界

転移22日目:山本光司(ミーツ)視点


 俺は怯みそうになる自分の心を奮い立たせて誘拐と破壊と脅迫を続けた。

 心が折れそうになったら、股間から血を流して死んだ幼女の姿を思い出した。

 ネイには睡眠魔術を使って俺の汚い姿を見せないようにした。


「慈悲深き神すら目を背けるほど罪深く汚らわしいリアルトの民よ。

 お前達が救われる唯一の方法を教えてやる。

 全ての罪悪の元になった領主一族と貴族達。

 手先となって何の罪もない村人犯し殺した騎士達。

 連中を皆殺しにしたら城門の炎を消してやる」


 俺にはこれ以上誘拐と破壊と虐殺を続ける根性がなかった。

 いっときの怒りに任せて人を殺すことはできる。

 だが、その怒りを持ち続ける事はできない。


「そうだ、全部領主と貴族が悪いんだ!」

「連中を護る騎士も兵士も全滅している、今が好機だ!」

「殺せ、領主と貴族を殺せ!」

「先にやらないと、俺達がやられちまう!」

「「「「「やれ、やっちまえ!」」」」」


 俺の煽りを受けてリアルト市民が蜂起した。

 だが、純粋に正義に目覚めたモノなどほとんどいない。

 多くは領主や貴族を襲って金品を奪いたいだけだ。


「「「「「ウォオオオオ」」」」」


 身勝手で姑息な貴族が自分を護る力を手放すわけがない。

 護衛の戦力は城や貴族館に残っていた。

 遠征に使われたのは王家騎士と強制徴募された兵士だけだった。


「「「「「ギャアアアアア!」」」」」


 略奪と貴族令嬢を輪姦できる欲望に、先頭を駆けていた愚か者が殺される。

 本当の悪人はとても慎重で、真っ先に危険な場所に飛び込んだりはしない。


 戦い馴れた領主や貴族の護衛と、追い詰められて見境の無くなった市民。

 普通ならどちらが勝つかは明らかだった。


 だが今回は普通の状況ではなかった。

 俺が普通の状況ではなくなるようにした。


「伯爵閣下、危険でございます、お逃げください!」


 殺しても殺しても突っ込んでくる市民達。

 群集心理と怒りで我を捨てた市民達は恐れを知らない。

 いや、後ろから押し寄せる市民達の所為で先にいる市民は逃げられないのだ。


 圧倒的な数の市民達に押し寄せられ、手練れの護衛達も飲み込まれる。

 頑丈な地下室に逃げ込んだ伯爵家族は籠城を決め込んだ。

 城砦都市内にある領主城のあちらこちらで熾烈な殺し合いが起こっている。


 本当に悪い奴は、確実に勝てる相手に狙いをつける。

 俺がまだ手を出していない騎士家を襲って獣欲を満たす。

 気力の萎えてしまった俺には、誰を助ける気にもなれない。


転移27日目:山本光司(ミーツ)視点


「大魔術師様、伯爵に成られてはいかがですか?

 リアルトの接収は私が行います。

 いえ、大魔術師様が滅ぼされたリアルトなど子供にでも接収できます。

 このまま放置されていると、誰かが接収して併合を宣言してしまいます」


「リアルトはマイルズに任せる。

 統治のような面倒はやらん。

 誰かに奪われては困ると言うのなら、マイルズが接収して併合宣言しろ」


「分かりました、大魔術師様に成り代わってリアルトをお治めさせていただきます」


「薬草と調味料もマイルズに任せる。

 1割安い金額で卸してやるから、領主の専売品として売れ」


「本当でございますか?!

 私に全てお任せいただけるのですか?!」


「もう面倒事はごめんだ!

 俺は館に引き籠って魔術の研究をする。

 リアルトの領主城と貴族館は全部マイルズにくれてやる。

 その代わり、ロアノークの貴族館は全て俺に寄こせ。

 領主城はそのままマイルズが使えばいい。

 全ての貴族館は、この戦いで寡婦や孤児となった者を保護するのに使う」


「……大魔術師様の慈悲を邪魔するわけにはいきませんね。

 ただ、私も領主をさせて頂いているのです。

 寡婦になった者や孤児となった者に手を差し伸べない訳にはいきません。

 必要なモノはお教えください。

 できる限り集めさせていただきます」


「分かったが、俺からは何も要求しない。

 マイルズが領主に相応しいと思う事をすればいい。

 俺は俺のするべき事をする。

 もう疲れたから帰ってくれ」


「この戦いで消耗されておられるのに、よけいな事をお耳に入れてしまいました。

 大魔術師様の御心を察して、御命令がなくても全て私がするべきでした。

 お呼びになられるまでお待ちしておりますので、ゆっくりお休みください」


「ああ、言われなくてもそうする。

 その気になれば、何年何十年でも戦い続けられるだけの魔力も体力もあるが、人を殺すと言うのは心を消耗させるのだ。

 しばらくは争いごとにかかわりたくない。

 俺が呼ぶまで何年何十年であろうと来るな。

 薬草と調味料はアビゲイルに届けさせる」


「はい、御心のままに」


 これでようやく引き籠る事ができる!

 ネイだけはずっと側に置いておかなければいけないが、いずれ離れてくれる。

 アビゲイルに薬草と調味料を渡すだけなら、10分もあればいい。


 問題は弟子にすると言った連中だが……

 1時間だ、1日1時間だけ魔術と武術を教えてやる。

 後は自分で自習させればいい。


 いや、警備隊員や領主軍の中にはマシな人間がいた。

 他の時間はあいつらに教えさせればいい。

 並の人間なら彼ら以上の強さになるには20年はかかる。


 強くなった連中に、ちょこっとだけ秘術を教えてやればいい。

 それで嘘をついた事にはならない。

 1時間だけとはいえ、直接相手をしてやる時間があるのだ。


 そうだ、この世界に完全週休2日制を導入しよう。

 そうすれば7日の内2日は誰の相手もしなくてよくなる。

 焼き鳥商売も解体も交代制にして休ませよう。


「ネイ、俺は部屋で眠るが、遊んでくるか?」


「いや、いっしょ!」


「一緒にいるのは良いが、俺のジャマをするなよ」


「うん!」

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夢にまで見た異世界転移だけど、勇者に成る気はありません。引き籠って生きたいのです。 克全 @dokatu

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