第26話:逆鱗

転移18日目:山本光司(ミーツ)視点

 

 俺を怒らさないように、マイルズは大急ぎで軍を整えた。

 だがどれほど急がせても、遠征軍の準備など直ぐにはできない。


 普通なら城塞都市で迎え討つところを出陣させるのだから、領主軍が準備不足なのもしかたがない事なのだが、俺はそんな怠惰を認めない。

 自分の事は棚に上げてしまっているが、国境を守る辺境伯軍としては落第だ。


 唯一合格だったのは、マイルズが全ての村に逃亡するように使者を送った事だ。

 欲深く身勝手な領主なら、村人の逃亡を許さない。

 村人が略奪される事で時間稼ぎをしようとする。


 マイルズが村人の逃亡を認め、支援物資を用意した事で、普通なら迎撃作戦に切り替えるか、迎え討つにしても城塞都市の支援を受けられる場所にするのが普通だ。


 だが俺はそんな事を認めなかった。

 既に捕らえられている人を出来るだけ早く助けたかったからだ。

 臆病で怠惰な俺がそう思ってしまうくらい、捕らえられた人々は悲惨だった。


 村人達は、老若男女関係なくオースティン伯爵軍の兵士達に輪姦されていた。

 もう抵抗する力どころか悲鳴も上げられなくなっていた。

 ケダモノ同然の兵士達に、されるがままになっている。


 そんな村人達の姿を見たら、無理矢理徴兵されたからと見逃す気にもならない。

 偵察に行く時には、敵兵もできるだけ殺さないようにしようと思っていた。

 そんな気持ちは微塵もなくなった。


「ウィンドストーム、ウィンドストーム、ウィンドストーム……」


 最初の一発目は、オースティン伯爵軍の左翼外縁から更に外側を狙った。

 ここに来るまでに1度破壊力を試していたが、怒りでコントロールを誤るかもしれないので、もう1度試した。


 予想していた通り、冷静な時よりも風嵐の直径が広くなっていた。

 それを考慮に入れて、魔術を放つ中心地を再調整する。

 捕虜とされている村人に被害が出ないように魔術を放つ。


 最前列には、辺境伯軍との戦いで盾にするつもりか、男の村人が歩かされている。

 後方には、輪姦用に女子供と顔の良い男が馬車に乗せられている。

 今もケダモノのような兵士達が彼らを犯し続けている。


 オースティン伯爵軍の左翼と右翼に放った魔術が破壊の限りを尽くしている。

 手足だけでなく、首まで引きちぎられた人間が上空に巻き上げられる。

 下劣な人間の血で赤く染まった竜巻に、オースティン伯爵軍兵士が腰を抜かす。


 マイルズが率いる辺境伯軍を待つ事などできなかった。

 少しでも早く捕らえられている村人達を救いたかった。

 独りで戦う覚悟で、大量の介護飲料を買い込んだ。


「ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス……」


 恐怖を感じながらもまだ踏ん張っているオースティン伯爵軍の騎士がいた。

 彼らが逃げだせばオースティン伯爵軍は敗走する。

 そう直感したので、火の槍で狙撃してやった。


「ギャアアアアア!」

「熱い、熱い、助けてくれ!」

「ミズ、みずをかけて……」


 護りの聖火は人々の心を癒し安心させてくれる。

 だが、荒々しい攻撃的な業火は、人々に生命の危機を感じさせる。

 罪悪の自覚がある者達を不安と恐怖の淵に突き落とす。


 まして偉そうに命令していた騎士が炎に包まれ悲鳴をあげるところを見たら。

 直ぐに炭化して崩れ落ちるところを見せつけられたら。

 その場に踏みとどまる勇気など微塵も残らない。


「ギャアアアアア!」

「助けてくれ!」

「辺境伯軍だ、辺境伯軍が襲ってきたぞ!」


 逃げる度胸のある者は命からがら逃げだした。

 軍を敗走に導いてくれる奴を追撃する気はない。

 それよりも、未だに村人を輪姦し続ける外道を狙撃する。


「ウィンドアロー、ウィンドアロー、ウィンドアロー、ウィンドアロー……」


 補給物資、兵糧や軍資金を燃やしたりはしない。

 俺にとっては価値のない物でも、奪われた村人には大切な財産だ。

 特に食糧は生き延びるために絶対必要なモノだ。


「ウィンドアロー、ウィンドアロー、ウィンドアロー、ウィンドアロー……」


 オースティン伯爵軍将兵には一切の容赦をしない。

 逃亡時にわずかでも捕虜に危害を加えようとする者を見逃さない。

 辺境伯軍から逃げるのに村人を人質にしようとする者は最優先で狙撃する。


「ウィンドアロー、ウィンドアロー、ウィンドアロー、ウィンドアロー……」


 最後列にいた補給部隊からも敗走者が現れた。

 身近にいた連中が次々と魔術狙撃されて死んでいくのは恐怖だ。

 だが彼らの心を恐怖に染め上げるのはその程度の事だけではない。


 自軍の左右に巨大な竜巻が現われ、友軍将兵がバラバラにされ、真巻き上げられているのだ。

 自分達がまきこまれる前に逃げようとするのは当然だった。


「ギャアアアアア!」

「逃げろ、逃げるんだ!」

「いたんだ、大魔術師は本当にいたんだ!」


 俺の噂が全く伝わっていなかったわけではなかったのだ。

 よく考えればそれも当然の事だろう。


 大岩を降らせて貴族の館をいくつも破壊したのだ。

 その光景はロアノークを訪れていた多くの商人が見ている。

 1番近い城塞都市であるリアルトに伝わっていない訳がない。


 なのに、オースティン伯爵が辺境伯領に攻め込んできたのは何故だ?

 俺とマイルズが不仲だと言う情報をつかんだのか?

 それとも、欲に目がくらんで判断を誤ったのか?


 まあ、オースティン伯爵が攻め込んできた理由などどうでもいい。

 俺が許せないのは、何の罪もない村人を生き地獄に落とした事だ。

 オースティン伯爵とその家族には同じ生き地獄に落ちてもらう!


「バカ天使!」


「はい!」


 俺の激烈な怒りを感じているのだろう、バカ天使が直立不動で応じる。


「この軍の指揮官だった奴の家を調べろ。

 この軍の参謀や幹部だった連中の家を調べろ。

 大岩の雨を降らせて家族を皆殺しにしてやる」


「……家族には罪がないかもしれないのですが?」


「この軍に襲われ、生き地獄に落とされた村人に何の罪があったのだ?

 司令官や参謀幹部なら、軍の略奪や暴行を止める力があったはずだぞ。

 それを好き勝手させて、家族の目の前で妻や娘が輪姦されたのだぞ!

 自分の家族が楽に殺してもらえるのなら、感謝して欲しいくらいだ。

 お前が不服だと言うのなら、生きたまま捕らえて村人に引き渡してやろう」


「申し訳ありません、今直ぐ調べて参ります!」


「もういい、バカは死んでも治らないようだ。

 自分が口にした愚かで身勝手な言葉がどんな結末を迎えるかよく見ておくがいい。

 俺自身がこの軍に加わった連中全員を調べあげてみせる。

 そして生き残っている村人に差し出してやる」


「本当に申し訳ありませんでした!

 もう2度と光司様の言葉に逆らいません。

 ですから村人達にオースティン伯爵軍将兵の家族を引き渡さないでください!」

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