名古屋~京都 何でも屋と人探し

 ヤクザ者の男を殺めてしまった女と謎の父娘を乗せたのぞみ17号は、徐々に速度を緩めつつ名古屋駅のホームに滑り込む。


 一時はどうなる事かと思ったが、ここ数十分は女は心穏やかに過ごす事が出来た。


 というのも、高飛びの方法について論じた後すぐに、少女の父親らしき男が何処からか目玉の描かれたアイマスクを取り出し、グーグーとイビキをかき始めてしまったからだ。


 それを見た少女もため息を1つ吐くと、小振りのノートを取り出し何事かを一生懸命書き付ける事に専念していた。


 お陰で女も、先程の父娘の会話の話題も只の偶然だと、自分の正体に勘付いた訳では無いと安心する事が出来た。


 やがて車内アナウンスが流れる。

「ご乗車ありがとうございます。まもなく名古屋、名古屋です。

 本日はJR東海をご利用いただきまして誠に有り難う御座います……」

 それを聞き名古屋で降りるであろう乗客達も慌ただしく降車の準備を始める。


 辺りが騒がしくなったからだろうか、イビキをかきながら寝ていた男がモゾモゾと動き出す。


「んあ? もう名古屋か」


 男は眠たげな声を出し、アイマスクを外す。


「あら、起きちゃたのね

 ……寝ていた方が静かで良いのに」


 少女が残念そうに言うと、男はポリポリと頭を掻いた。


「ああ、どうにも新幹線の中は苦手だなぁ。

 耳かキーンとなる感じがどうにもな……」


「仕方ないわよ、その辺の通勤電車じゃ無いんだもの」


「まあいいや。それよりちょっくら小便行ってくらぁ」


 そう言って男は席を立つ。


「勝手に行けば良いでしょ!

 本当デリカシーが無いんだから!」


「へっ、ちょと前までは一緒に風呂だって入った仲だろうに、今更何を恥ずかしがってんだ?」


「もーお父さんほんとサイテー!」


 そんな親子のやり取りを見て女は思わずクスリと笑みをこぼす。

 女にとって、こんな風に親子で和気あいあいとしている光景など、既に遠い過去の物となっていたからだ。


 女は思う。

 この名古屋の街にも家々の数だけそこには家庭がある。

 きっとその家庭一つ一つに様々な事情があるのだろうと。


 それでもと女は思った。

 果たして私の家族程の不運に見舞われた家庭がどれ程存在するのかと。

 彼女に取ってそれは蜃気楼のように朧気に、触れようの無い物に感じられるのだった。


****


「えっと……お姉さん大丈夫ですか? さっきからボーッとしてますけど……。体調でも悪いんですか?」


 女が我に帰ると、目の前には心配そうな表情を浮かべる少女の姿があった。

 いつの間にか少女の父親らしき男も戻ってきており、こちらの様子を伺っている。


「いえ、ちょっと考え事をしていただけよ。お気になさらず」


女は笑顔を取り繕う。


「そっか、なら良かったです。

 その……お姉さんの目的地まではあとどのくらいなんですか?」


「私? 私は終点の博多まで行くから、まだまだかかるわよ」


「あっ、そうなんですね。

 私達も博多までなんです」


 少女はそう女に向かって告げる。


「あら、奇遇ね。……貴女達はどうして博多まで?」


 女はふとした疑問を口にする。

 出張中のサラリーマンには見えないし旅行だろうかと。


 すると少女は少し困ったような顔をして答えた。


「実はお父さんの仕事で……。

 まぁ私は来る必要なかったんですけど。

 お父さんがお母さんに逃げられたせいで私1人で留守番する羽目になりそうだったので付いてきちゃいました」


 それを聞いた男は


「フッ、男に家庭など必要ないのさ……さながら渡り鳥の様に、何処へなりとも羽ばたくのみ……」


と格好つけて言った。


「はいはい、分かった分かった。

 なら、今何処かに羽ばたいてね。

 あ、ついでに何か飲み物も買ってきて」


 少女に言われ、男は渋々と財布を持って席を立ち、そのまま車両前方に車内販売のカートを探しに行く。

 その背中は黒い背広と相まって、渡り鳥というより人間に邪険に扱われたカラスのようだった。


「あの人、いつもあんな調子なのかしら? 貴女も大変ね」


 女が微笑ましくそう言うと、少女は苦笑いをしながら答える。


「はい、まぁ慣れました。

 それにこうやってお父さんと一緒に居るのも色々あって楽しいので、結果的にはプラスかなと思ってます」


「あらそう。良い子ねぇ。

 そうだ、せっかくだから少しお話ししない? 私も暇だし」


 女も少女の人当たりの良い雰囲気に当てられ、先程までの警戒感も忘れついそんな提案をしてしまう。


「良いですね!

 じゃあお姉さん何かありますか?」


「んー特には無いんだけど、じゃあ貴女のお父さんのお仕事の話聞かせてくれない?」


「えぇ!? お父さんの話ですか……」


少女は困惑気味に言う。


「嫌かしら……?」


 きっと外聞が余り良くない仕事なのかもと男の風体を思い浮かべながら女は尋ねた。


「いえ、別にそういう訳じゃないです。

ただ……あんまり面白い事無いですよ?」


 少女は遠慮気味にそう呟く。

 女はそんな少女の様子から徐々に興味を引かれて行った。


「良いの。

 どんな些細な事でも良いから」


「うぅん……そう言われると何話せば良いか迷っちゃいますね。

 とりあえずお父さんは普通のサラリーマンでは無いんですよ。

 ただ、たまに出張で外国に行ったりしますけど」


 言葉を選ぶように少女はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「海外? それは凄いわね。

それで、どういう仕事をしているの?」


「なんか良く分からないんですけど、お父さんが言うには『何でも屋』だそうです。

お金さえ払えば大抵の事はするとか何とか……」


「あら、随分と大雑把なのね。

 でもそれって便利よね」


 海外まで出向く何でも屋とはどんな商売かと少し不安になる女だったが、興味には勝てず相づちを打ちながら話しに聞き入ってしまう。


「そうですね。結構仕事もあるみたいですよ?」


「ふーん。それで今日はどんな仕事の為に博多まで?」


 女が尋ねると少女は少し申し訳無さそうな顔で答えた。

 あまり聞かれたくない内容なのだと、その表情を見て女は察する。

 だがそれでも最後まで聞いてみようと、女はそのまま黙っていた。


 そして暫くして少女は再び口を開く。

 「何でも人探しらしいですよ」、と。

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