Act.5
それから暫く経った頃。
ある日、少女が上野に買い物に行く為に駅に向かい路地を歩いていると、一軒のラブホテルへと入って行く一組の男女を見掛けた。
まぁ、それ自体はダメ親父の影響ですっかり擦れてしまった少女にとって、別に驚く事ではない。
例え、とてもカップルとは思えない二人組だったとしても、そういう奇特な例があることも、建前上どうであれそういう商売がある事も、この少女は理解していた。
だから、少女はその二人の後ろ姿を何の感情もなく見送ったのだが。
「えっ!?」
それでも少女が驚いてしまったその訳は、チラリと見えた女性の顔に見覚えがあったからだ。
二人組の女性側。
それは以前一緒に夕食を楽しんだ、深田美雪その人だった。
****
買い物を終わらせ鶯谷の駅まで戻って来ても、少女は先程の光景が脳裏から離れず、駅の出口を間違える程度には上の空だった。
特にチラリと見えた美雪の表情、それがどうしても忘れられないのだ。何故あんなに辛そうな顔をしているのか。
少女は考えを巡らせる。
(恋人同士……にしては違和感あったし。でも……)
少女には判断が付かなかった。もし仮にお金を稼ぐ為だとしても、あそこまでの表情を見せるものなのか、と。
まぁ、大の大人でも慮れるかと言われれば難しい事だ。無理も無いだろう。
そんな考え込みながら歩く少女の肩を、何者かがポンと叩く。
少女はハッとして振り向くと、そこにはパンツスーツ姿の玉地京子が立っていた。
少女は驚きながらも
「あら先生。今お帰りですか?
お疲れ様です」
と、いつものように挨拶をする。
しかし、京子の方は何やらニヤついている。
「ええ、一杯やろうと思って早く上がって来たのよ。
それよりどうしたの、そんな考え込んじゃって。
また、お父さんが何かした? ……それとも好きな男の子でも出来た?」
そう言って笑う京子に、少女は少しムッとした顔になり反論する。
「そんなんじゃ無いです!
……ただ」
「ただ?」
少女は俯きながら呟くように言う。
それは、自分の見た光景を他人に相談する事を躊躇う気持ちと、誰かの意見を聞きたいという葛藤から生まれたものだったのかもしれない。
そうして少女は意を決して言葉を続ける。
京子の目を真っ直ぐ見て、 真剣な眼差しで
「この間の美雪さん。
……誰か付き合っている男の人とかいるんですか?
今日ちょっと……」
それを聞いた京子はこれまでのにこやかな笑顔を一変させ
「どういう事……? 詳しく教えてくれるかしら」
と、少し低い声で言うのであった。
****
少女は京子に促され、言問通り沿いの喫茶店に入った。
そこで、美雪の件について全て話す事にしたのだ。勿論、自分が見た一部始終を。
話を聞いた京子は、暫く腕組みしながら考える素振りを見せた後に口を開く。
「……あの娘、最近授業に出ていないらしいの。
それにあの娘は男が苦手でね……。
学校でも男子生徒から逃げて回っていたのよ。
それじゃ良くないとあちこち連れ回していたんだけど」
京子は困ったような顔をし、溜め息をつく。
一瞬静寂が辺りを支配する。
「……何やら深刻そうな話をしているな」
その雰囲気を打ち破るように、一人の男の声が聞こえてくる。
「えっ? ってお父さん!?
何やってんのそこで!」
少女たちの座る席の裏。
ものに遮られ死角になった席に、いつの間にか派手なシャツに背広姿の男が座りコーヒーを飲んでいた。
「……男ってのは必要な時に、そこにいるもんなのさ」
そして男はニヤリと笑いながら、まるで映画の台詞のような言葉を吐く。
――まぁ、実際は仕事をサボっていたら見知った二人が店に入って来たので、慌てて隠れていただけなのだが。
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