Act.6
その後、男も交えた三人で話を続けた。
やはり京子は、美雪が現在付き合っている人間はいないと確信しているようだ。
だが、ならば何故美雪はラブホテルへと入って行ったのか。
お金の為、というのも京子は否定する。
何でも彼女は特待生で、アルバイトをすれば楽ではないが何とか暮らしていける程度には、余裕があるらしい。
少女は一つ気になる事がある。それはあの時の美雪の表情。……どうしてもそれが引っ掛かって仕方がないのだ。
少女はそれを訴える。
「あの時の美雪さんの表情。……まるで、今にも死んでしまいそうな辛そうな表情でした」
すると、それまで黙って聞いていた京子がこう言った。
「何でも屋さん。依頼を出すわ」
「ほう、どんな依頼だ?」
その問いに京子は答える。
「彼女の様子がおかしい理由を調べて欲しいの。
もしその原因が何かあるなら……、それを取り除いてあげたいのよ」
京子は男の顔を見る。
それはとても真剣な表情だった。
「なるほどな。……まぁ、引き受けよう。
だが、もしも原因が分かったところでどうにかなるとは限らないぞ?」
男は更に言葉を紡ぐ。
世の中はそう甘くない。
解決したところでそれが幸せに繋がる保証など無いし、不幸に終わる可能性だって当然存在する。それでもやるのか?
男は言外にそういう意味を込めて問うた。
「分かっているわ。
でも……何もしないよりはマシだと思うから」
京子の瞳には決意が宿っている。
それを見た男は小さく笑うと
「……よし、では任せておけ。
必ず真実を突き止めてみせよう」
と、言って残ったコーヒーを一気に流し込む。
そしてむせる。
「ゲホッゴホ……! ……クソ、気管に入った……」
「ちょ、大丈夫!?」
そう娘に背中を摩られる父親。
……どこまでも締まらない男であった。
****
次の日から、男は依頼を果たすため精力的に調査を始めた。
それはもう美雪宅への張り込みから、美雪の父親や知人を名乗っての聞き込みまで、(途中、ストーカーや下着ドロとしてしょっ引かれそうにもなったが)本職としての面目躍如といった働きぶりである。
そして依頼を受けてから二週間ほどで男は答えに辿り着く。
……やはりというべきか、調査結果は愉快なモノでは無かったが。
****
ある夜、男は仕事から戻った京子を自宅に招く。
そしてその場には、男が再三自室に戻る様に言ったのだが、頑としてその場を動かなかった少女も同席している。
「前もって言っておくが、俺を恨んでくれるなよ。
俺への依頼は彼女の身辺調査だったからな、彼女へのアプローチはしていない」
男は神妙な顔で言う。
それを聞いた京子は一体美雪がどの様な状況にあるのかを想像し、顔を青ざめさせる。
男の話は、美雪の状況についてであった。
「簡単に纏めると彼女は昔、ある男にレイプされたらしい。
それも一度や二度じゃない。日常的にな。
その男と、その取り巻きに」
京子は唇を強く噛み締める。
少女は顔を青ざめさせながらもその話を黙って聞く。
「彼女の友人が気が付いて学校に報告した事により事態が発覚。
……ところがだ、主犯の男は地元の実力者の息子でな。
自分の名に傷がつくのを恐れたそいつは彼女の親に大金を掴ませる事で事態の収拾をはかり、地元のしがらみを無視出来なかった彼女の両親も渋々了承。
しかし、そんな事があった街に居ることが耐えられなかった彼女は学校を退学して東京に流れて来た訳だ」
男はそこで一息つくとコーヒーを飲んで喉を潤す。
少女と京子は黙って話を聞く。
男は続きを話す。
「そして彼女は東京で自分のやりたい事を見つけた。それが声優という仕事だった。
その仕事に就く為に、彼女は高卒認定試験を受けて、先生の専門学校の声優科に入学すると努力に努力を重ね、学内一の実力者となった訳だ」
男は淡々と話す。まるで事務作業でもこなすかの様に。
少女は拳を握りしめ、唇を噛む。
京子は何かに耐えるように目を瞑る。
「そんな未来に向かって懸命に生きる彼女の前に、過去の亡霊が現れる……」
男はそこで言葉を切ると虚空を見詰める。
まるでそこに彼女の過去が見えているかのように。
男は口を開く。そして独り言のように呟いた。
まぁ、そんな良くある悲劇さ、……と。
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