広島~新山口 鉄路

 のぞみ17号は広島駅を出発してからも猛烈な速度で走り続けている。


 その間、男は嬉しそうに車内販売で購入した弁当を頬張っていた。

 男の屁理屈に呆れ果てた少女が、根負けして購入を許可したのだ。


「いや〜、旨い!

 やはり旅路にはこういう風情は必要不可欠だな!」


 男はそう言いながら少女に笑顔を向ける。

 少女は少し疲れた表情をしながら応えた。


「それは良かったわね……」


 ちなみに少女と父娘の様子を呆れながら眺めていた女も、それぞれサンドイッチを購入し口に運んでいる。

 その他にも、同じ車内の乗客がやたらと食べ物を買い求めていたのは、男の演説による効果だろうか……。


「だが、ビュッフェ車。あれが無いのは頂けないな!

 あの、走行中の新幹線の車内で立ちながら軽食を楽しむ。ああいう感動がもう味わえないのは日本の損失と言っても過言では無い!」


 唐突に始まった男の演説に、またかと思いながら少女は答える。


「ビッフェ車っていつの時代の話よ……、私が生まれた頃にはとっくに無くなってるわよ。そんなもの。

 今は新幹線の車内販売も徐々に無くなってるっていうのに」


「ダメだ! それはダメだ!! 旅をするなら必ず、列車内での食事というイベントは必須だ!

 これを忘れては人は人として大事なものを何処かに置き去りにしてしまうだろう!

 その点、 お前は恵まれている。

 何しろ、俺の様な良き見本がいるからな!」


 その言葉を聞き、少女は複雑な表情を浮かべて黙り込んだ。


(この人は……)


 この人は一体どこまで本気で言っているのだろうか……?

 宇宙人にでも脳を改造されて大人としての自覚を消されたのだろうか?

 そんな思いを必死に心の中に押し込みつつ少女は一言だけ呟く。


「……お父さん」


「何だ?」


「黙って食べて」


「はい」


 その時の少女の声。……それは地に響くような、 冷たい声だったという。


****


 三人が食事を終え、少し時間が経った頃だった。

 新山口にまもなく到着するというアナウンスが流れる。


「ここまで来ればあとは関門海峡を越えるだけ、……長いようで結構あっという間だったわね」


少女の言葉に男は同意し、更に言葉を紡ぐ。


「……レールの上を走る人生。なんて言い方をよくするが、俺はそれはあながち間違いじゃない様な気がするんだ」


「どうしたの突然」


 少女は怪しげな顔をする。

 そんな娘の様子に構わず男は言葉を続けた。

 どこか遠くを見つめながら。

 それはまるで、 遠い昔を思い出しているかの様に。


「鉄道のレールってのは文字通り鉄で出来ている。

 これは、寒すぎても暑すぎても歪んで使い物にならなくなってしまうそうだ。だからある程度の遊びが設けられている。

 ……人間もそれと同じなんじゃないか?」


「……どういうことよ」


 少女は首を傾げる。

 そんな少女に男は言う。


「人は、生きている限り必ずどこかに歪みを抱えているものだろう?

 その歪みこそが人間らしさの証明であり、また、成長の証でもある。

 ……だが、その歪みが大きくなりすぎてしまっては脱線の原因にもなりかねない。

 そんな時、必要なのは果たして何なんだろうな……」


 男は難しい顔で考え込む。


「お父さん……?」


 少女は心配そうな眼差しを父に向ける。

 男の内心を慮った訳ではない。

 ……急に真面目な事を言い始めたので故障を疑ったのだ。


「ある女性の話をしよう。

 一人の不運な女の話を」


 そこで男は言葉を切ると、ふっと表情を和らげる。


「まぁそれはまた、駅を出てからな」


 少女が気が付けば、のぞみ17号は新山口の駅のホームに滑り込むところだった。

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