新山口~小倉 母の想い

 ある所に一人の女の子が生まれた。

 彼女は良家の子女として育ち、両親からも愛されてすくすくと育った。


 やがて時は流れ、美しく成長した彼女は立派な伴侶を得て、幸せな家庭を築くと誰もが疑わなかった。

 しかし、彼女の未来はそうはならなかった。

 彼女はふとした切っ掛けでとある男と愛し合うようになったのだ。


 本来であれば二人は関わり合いになどなる筈もなかった二人。当然周囲は二人の仲を引き裂こうとする。    

 それでも二人は互いに惹かれあい、ついには駆け落ちまでしてしまった。


 そして彼女は一人の女の子供を身籠った。

 チンピラの様だった男も、愛する女を守る為に懸命に働き、彼女も献身的に彼の世話をした。

 そして、二人は誰憚る事の無い真っ当な家庭を築いていく。


 少女を追いかけてきた両親もそんな二人を渋々ながら認め、生活の援助を影ながらする程度には円満な関係に復した。

 それはまさに、幸せの絶頂と言えるものだった。


 ……しかしその幸福は永遠ではなかった。


 ある日、男が消息不明になったのだ。莫大な借金を残して。

 彼女にはとても信じられない事だった。

 男が借金を作っていたことも。それを自分に押し付けて逃げたしたことも。


 だからこそ借金を返した後、伴侶の事を悪く言う両親と縁を切って、もうすぐ高校生になる娘と二人で暮らし始めた。

 どこにいるのかわからない伴侶を待ちながら。


 暮らしは楽ではなかった、娘にも迷惑を掛けた。

 言い寄って来る男も居た。

 それでも彼女は伴侶を待ち続けた。


 それから数年後。彼女は病に倒れた。

 治療には莫大な費用が掛かる。

 彼女は自らの運命を悟った。自分はここで死ぬのだと。


 だが、そうはならなかった。

 ある日、娘の代理人を名乗る人物がやって来て自分を大病院に転院させたのだ。

 そこで手厚い治療を受け命を繋ぐ女性。

 治療費の出所を疑問に思いながらも、助かったという事実に感謝する。


 その後、久方ぶりに見舞いにやって来た娘。

 その表情を見て彼女は愕然とした。

 ……娘の瞳には光が無かった。


 何かがあったと彼女は確信する。

 だが、娘は決して口を割らない。死人の様な顔に笑顔を張り付け、心配ないと言い募るばかりだった。


 彼女は娘に何があったのか。自分は今、何故命を繋いでいるのか。それを知らなければならない。

 ……そう思った。

 だか、その真実に気付く頃には彼女の余命はもはや幾ばくも無かったのだ……。


****


「彼女は何度も手紙を出したそうだ。だが届かなかった。

 まぁ、当然だろう。住まいとは別の住所の上、握り潰されていたのだから……

 ……だから彼女は、僅かに残された自らの寿命を使い、俺に依頼を出した。

 自分の手紙を届けて欲しいと」


 男はそこで言葉を切ると、背広の内ポケットから、何も見えない窓を見つめる女に一通の封筒を差し出した。


「橘千穂さん。

 お母様の橘千枝さんからお手紙をお預かりしております」


と……。

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