小倉~博多 母と娘

 千穂へ。


 貴女が生まれて来てくれて私たちはとても嬉しかった。

 贅沢はさせてあげられないけれど、せめて精一杯の愛情を注いで育てようとあの人とそう誓い合ったの。


 そして、貴女はとても優しい良い子に育ってくれた。

 それなのに、ごめんなさいね。私たちは貴方にとても辛い思いをさせてしまった。


 ……あの人が何故、何処に行ってしまったのか私には分からない。

 でも、あの人の愛情は未だに疑ってはいないわ。

 私は今でもあの人を想っているし、あの人も私の事を想っている。

 今もきっと何処かで。


 ……でも、貴女が辛い思いをしてまで繋いでくれたこの命も、もう尽きようとしている。

 自分の身体は自分が一番良く分かるもの、間違いないわ。


 ……貴女が私の為にしてくれた事、とても感謝しています。

 本当にありがとう。

 お陰であの人と同じ世界に僅かでも長く居ることが出来ました。


 でも、もう良いの。私はもう十分だから。

 だから千穂、これからは貴女だけの事を考えて。


 貴女が幸せに暮らせる様に、私はいつでも貴女の側で見守っているから。

 だからお願い、 幸せになって下さい。愛しい、愛しい我が子。


 橘 千江より。


 追伸 あの人の事はどうか恨まないであげて下さい。

 そして、いつか何処かで会うことがあれば、私は安らかに逝けたと伝えて頂戴。

 お願いします。


****


 女……否、橘千穂は涙を流す。


 嗚咽を上げながら、それでも必死で堪えて。

 千穂は、母の書いた手紙を胸に掻き抱き、そして誓う。


「お母さん……なるよ、私は幸せになるから……

 だから私の事、ずっと……ずっと!」

 その声は誰も答える事もなく消えていく。


 博多到着を告げるアナウンスに紛れるように。


 のぞみ17号が博多駅に滑り込む。

 乗客たちが降車の準備をする中、男が一言千穂に問い掛ける。


「俺は依頼を果たしたから、これは単純な興味なんだが。……これからどうするんだい、お嬢さん。

 やはり国外に逃げるのか?」


 その問い掛けに千穂は一瞬、躊躇うような素振りを見せるも、直ぐに微笑んで答えを返す。


「……いいえ、警察に行くわ。

 そして罪を償って、私は幸せになる。

 また、お母さんに会ったとき、私は幸せだったって言えるように。」


 それは今までで一番の笑顔だった。

 男は何とも言えない表情を浮かべると、帽子を脱ぎ頭をガシガシと掻く。

 そして一言、


「陰ながら応援しているよ」


と呟くのだ。


****


 定刻通り博多駅に到着したのぞみ17号を下車した三人は、何も言葉を交わすこと無く改札を出る。


 そこで父娘に向き直った千穂は、


「では私はここで失礼します。

 色々とお世話になりました。

 あと、貴女にもね。お父さんと仲良く」


と、男と少女に頭を下げる。


男は黙って手を振ったが、少女は少しだけ寂しそうな顔をする。


「お姉さん……お元気で」


 そんな少女に近づき優しく抱きしめる千穂。


「ありがとう、大丈夫だから」


 そう言って少女を離すと、今度こそ二人を見返すこと無く立ち去って行く。


 それを見送りながら少女が一言呟く。


「それで、お父さん……」


「何だ?」


 男はいつも通りの、どこかぼんやりとした表情で娘に返事を返した。


「……結局、何であの人が人を殺めて新幹線で博多に逃げるって分かったの?

 お姉さん、千穂さんのお母さんからの依頼だけじゃ分かり様無いよね」


 男は娘の質問に、 ふむ……。と顎に手を当てて考え込み、やがて口を開く。


「……流石、俺の娘だ。

 中々、鋭い。

 その通り。彼女の母親からの依頼では俺は今ここに居ない」


「なら、どうやって……」


 そう尋ねる少女に答えること無く、男は背広のポケットから一冊の手帳を取り出し、大きめの声を出す。


「ねぇ、出てきなさいよ。

 ……これが欲しいんでしょ?」


と……。

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