挿話 妄執、誤解、ハッピーエンド

 ……俺には、惚れた女がいたんだ。


 だが向こうは、街でも指折りの名家のお嬢様。翻ってこちらは街で有名な鼻つまみ者。


 所詮、相手にされる訳がない。……そう思った。

 暗がりにでも引き摺り込んで無理矢理、なんてのも考えなくは無かったが……。まぁ、あの頃の俺は未だ初心だったんだろう。只々遠くから眺めるだけだった。


 …………ところがだ、そのお嬢様はいつの間にか駆け落ちして街から出ていっていた。


 相手? ハッ、笑っちまうよな、相手は俺と同じようなチンピラだってんだから。


 ……いや、同じじゃないな。

 奴は、俺よりヒョロっちくって喧嘩も弱く、頭も回らず、仲間にもバカにされていた、……らしい。

 余りにも雑魚過ぎて眼中に無かったんだ。俺は当時でも街でも有数のワルで通ってたからな。


 ……嫉妬したよ。ああ、そりゃあもう腸煮えくり返ったさ。

 だが、こうも思った。

 上手くいく筈が無いと。お嬢様と碌でなしの男、どうせ不幸になるだけだとな。


 それでも、その時からだ。俺がなりふり構わず貪欲に力を求めていくようになったのは。

 いつか奴らを見返すために。


****


 それから10年ほどが経った頃、俺は入った組でメキメキと頭角を現し、既に本家の若手筆頭までに上り詰めていた。


 金も女も欲しいものは幾らでも手に入った。それでも心には、ぽっかりと穴が空いたように虚しさだけが残っていた。


 そんな時だ、あの二人……いや三人を見かけたのは。


 いつも会合で使う中華料理屋。

 安い店じゃない、それなりの高級店だ。


 いかにも若い夫婦が子供の為に無理をして来ているような感じだった。

 キラキラと瞳を輝かせ、料理を頬張る可愛らしい少女。

 なるべく嫁と娘に旨いものを食わせたかったのだろう。店で一番安い料理を食べる男。

 そして、娘だけには精一杯着飾らせ、自らは質素な服を着た女。


 何処にでもいる平凡な家族。

 ……それだけの光景だ。

 ……だが、一目で分かった、あのお嬢様だと。


 今まで何処で何をしてきたのかは知らない。知ろうともしていなかった。

 だが、幸せそうな家庭を築いていた奴らを見て俺は思ったのだ。

 ……許せないと。どうしても許せな。


 だから俺は誓った。必ず奴らの幸せを奪い取ると。

 その為には何を犠牲にしても構わないと。


 俺はその日から奴らの事を徹底的に調べ上げた。

 奴らを追い詰めていくために。


****


 俺は、数年の仕込みの後、計画を実行に移した。


 男の知人を大金で抱え込み裏から男に借金を背負わせる。

 その後、奴の恩人を使い上手いこと失踪させる。


 山に埋める事も考えたが、何も知らず惨めに生きていた方が面白いと考えた直したのだ。勿論、首輪は付けたが。

 そして、ヨリを戻していた彼女の両親に男の悪評をながし、二人の心の繋りを断ち切る。


 そこで俺が、紳士を装い近づき仲を深める。……筈だった。

 ところがだ。彼女は両親と縁を切り、貧しい暮らしをしてまで男を待っていたのだ。


 正直驚いたね。

 ここまでとは思っていなかった。

 だが、それでもやることは変わらない。


 お人好しを装い、


「いつまでも戻らない旦那さんを待っていてもしょうがないでしょう。

 お嬢さんに貧しい暮らしを強いるんですか?」


とな。


 それでも彼女は頑なに男を待ち続けた。

 娘と二人肩を寄せ合い生きながら。


 何故そこまでするのか俺には理解できなかった。

 あと少しで、俺はもう諦めていたかもしれん。

 そんな時だ、彼女が倒れたのは。

 金を使って調べたところ、治療費も工面出来ず、後は死を待つばかりだとな。


 俺は瞬間悟ったんだ。チャンスだと。

 彼女の全てを奪えなくても、彼女の一番大切なものを奪い、それを死の間際に教えてやれば良いとな。


 後は、知っての通り治療費と引き換えに娘に身体を差し出させたのさ。


 なら何故、他の男を使い先に抱かせたかって?

 ……正直俺にも良く分からん。

 もしかしたらそうすることで、彼女の娘に彼女の生い立ちを重ねようとしたのかもな。

 まぁ、やはりどうしようもなく不快になったので、その男は直ぐに殺しちまったが。


 こうして俺は、時間は掛かったが欲しいものを手に入れたのさ。


 ……最初にして最大の失敗は、彼女がぽっくり逝ってしまい真実を告げられなかった事か。

 どうやら死の間際に何か気付いていたらしいが、……もうどうでも良い。


 後は彼女の忘れ形見で遊べるだけ遊ぼうと思ったんだかな、まさかこんなことになるとは。

 まぁ良いか、俺は欲しいものは全て手に入れ、奴らは不幸になった。


 それで満足だ。 

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