新神戸 人海戦術

 新神戸駅到着のアナウンスが流れる。車内の乗客も次々と立ち上がり、下車の準備を始める中、男と女の間には異様な気配が漂っていた。


 男は先ほどの問いなど無かったかの様な飄々とした表情で、車内に置かれた通販カタログを眺め、女はそんな男に全力で意識を向けつつ、顔に感情を押し殺したような無表情を貼り付け車窓を眺めている。


 そんな中、少女がおもむろに席から立ち上がる。どうやらそんな両者の間に挟まれ、どうにも居た堪れなくなってしまったらしい。

 女は一瞬チラリと驚いたように少女を見るが、すぐに視線の向きを元に戻す。


「ちょっと顔洗ってくる」


 少女はそう言い残しカタログを捲る男の脇をすり抜けようとする。それに対し男は、


「ああ、気張ってこい」


と、これまたデリカシーの欠片もない言葉を言い放ち、娘に思い切り頬を打たれるのだった。


****


 やがて車両は新神戸駅のホームへと滑り込む。


 乗降口が開き、列を作った幾人かの乗客が降車しようとする。

 だがそれを押し退けるように強面の男が二人、乗車してきた。


 二人はスマホを手に持ち、乗客の顔を一人一人確認するようにしながら通路を進み、やがて父娘らの座席の前に至った。

 するとスマホの画面を確認した二人組の片割れが、


「この女やないか?

 おい、取っ捕まえろ!」


と車窓を向いた女を指差す。


 もう片方の強面男がそれを聞き、席に座った男越しに女の腕を掴み上げようとする。

 女は顔をひきつらせ恐怖のあまり硬直してしまうが、その時横合いから男が二人の間に割り込んできた。


「待ってください!

 あなたたち、人の嫁に何をするんですか!」


 それを聞いた強面男は動きを止め男を見やる。


「嫁? この女がアンタの女房やて?」


 指示を出した強面男がそう確認をすると、男は


「え、ええ。 これから嫁と娘の三人で、九州に旅行に行くところなんです」


と嘯く。


 だが、サングラスを外したその表情は、傍目にはとても嘘をついているとは思えないほど必死で迫真に迫ったものだった。


「娘? その娘ってのはどこにいるんや」


 もう一人の強面男が辺りを見回して探すとちょうどそこにトイレから戻った少女が自動ドアを開けて姿を現す。


「お父さん! 一体どうしたの!?」


 その様子を見た少女が驚きの声を上げる。

 少女を見た二人の強面男は顔を見合わせるが、やがて指示を出していた方が、


「例の女は一人の筈や……、 男だけならまだしも子連れとなると人違いやろ。

 おい、その人離したれ」


と片割れに顎をしゃくりながら指示を出す。


 片割れも、


「へい、兄貴!」


と言って女の腕を掴んでいた手を離す。


「悪かったなオッサン。

 人違いや、堪忍しいや」


 強面男たちはそう詫びを入れ、 乗客の顔を確認し終わると、発車間際の車両から慌てて降りていく。

 その様子を振り返りつつ、男の側まで戻ってきた少女が、


「何だったの、あの人たち?」


と男に問いかけると男は、


「……ただのナンパだよ。

 やれやれ、女性に声をかける時はもっとスマートにやらないとな」


と呟きながら肩をすくめる。


 そんな得意気な男の様子を見やりつつ少女は心の中で、 自由席なのに指定席のふりをして隣の座席に座ろうとするのはさりげない内に入るのだろうかと呟く。


 だから、強面の男達に動じなかった父親を少しだけ誇らしく思ったことは、本人には内緒にしようと少女は思うのだった。

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