新神戸~岡山 母への想い

「あの……、先程はありがとうございました」


 新神戸を発車してしばらく経った頃、ようやく落ち着いたのか女が男に礼を言う。

 すると男は大袈裟に手を振りつつ、 まるで役者にでもなったかのように、


「いえいえ、あれくらいお茶の子さいさいてなもんですよ」


と言い放つ。そんな父の姿に、少女は思わずツッコミを入れる。


「いや、全然上手くないよお父さん……」


 男はそんな少女のツッコミなど意に介さず、話を続ける。


「アイツらも大分大人しくなったって言われても、本質は大して変わってない。

 お嬢さん、あんたも気を付けた方がいい……、触らぬ神には祟りなしってな」


 そんな男の言葉を聞き女は、苦しげな表情を浮かべて言った。


「貴方は一体……、どこまで分かって……」


 だが、その言葉の続きを口に出す前に、女はその口を閉ざしてしまった。

 そんな女の様子を見て男はニヤリと笑うと、 わざとらしく声のトーンを落とし 諭すように語りかける。

 それはどこか芝居がかった口調だった。


「そらぁもう企業秘密なのよ」


****


 新神戸を抜け山陽に入った事で、のぞみ17号の旅程も半ば以上が過ぎ去った。時間にすれば三時間程だ。


 いかに大人びていようとも、まだまだ幼い少女にその間じっと耐えられるわけもなく、新幹線が岡山に近づくにつれてそわそわしだした。


 そんな少女の様子を眺めていた男が、 ふと思い出したかのように、 背広の内ポケットからおもむろにスマホを取り出し、少し弄ると少女に差し出した。


「そうだ、忘れていた」


「え、何かしら?」


 そう言って少女は受け取ったスマホの画面を確認すると顔をほころばせ、すぐにその表情を曇らせる。

 中身を読み終えた少女は、男に目を向けると、 小さな声で言った。


「お母さん、帰れないって……」


 男はそれに静かに首を振ると、 努めて明るい声で返した。


「また直ぐ会えるさ」


 その様子を見ていた女が少女に話しかける。


「お母さんから?」


 すると少女は黙ったまま、小さくコクりと首を縦に振る。

 それを見た女は、表情を曇らせると目を伏せ、 膝の上に置いた自分の手に視線を落とした。


「そう、お母さん……」


 その様子に気づいた少女が、女の方に向きを変え一言尋ねた。


「お姉さんのお母さんはどんな人なんですか?」


 そんな質問を投げかけられた女は、 伏せていた顔を上げ少女を見つめると、 懐かしむような表情で微笑みながら答えた。


 それはまるで自分に言い聞かせているかのようでもあった。

ゆっくりと噛み締めるように、 愛おしさを滲ませて……。


「頑固で自分にも他人にも厳しい人、……だけど誰よりも私の事を想ってくれる、優しい母だったわ」


「だった?」


 それを聞いた少女が、 過去形であることに疑問を抱き聞き返す。

 すると女は苦笑いをしながら言う。


「……先日亡くなったの。

 ずっと病気で入院してて、……急な事で私は母の最後を看取ることも出来なかった」


 まるで自分が失敗したという事を隠す子供のように。まるで今はいない誰かを恨んでいるかのように。

 諦観にも似た表情を浮かべ女は続ける。


「母は幸せだったのかしら。

 死ぬとき何を想ったのかしら……

 私に何を……」


 そう、呟く女を父娘はただ黙って見守る。

 そうするべきだと思えたのだ、二人には。

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