京都~新大阪 父の威厳
「それは……」
それは一体誰なのだろうと、まさか自分の事なのかと女は一瞬にして身を強張らせる。
しかし女はすぐに冷静になり、もしそうなら少女もそんな迂闊なことは言わないだろう、という考えに至った。
それでも女は、尋ねずにはいられなかった。
「あの……」
だが女が口を開こうとしたその瞬間、車両の端の自動ドアが開き少女の父親の男が姿を現す。
男は両手で飲み物を抱え、満足気な表情を浮かべていた。
少女は男の方を見やり、女に向かって告げる。
「お父さん帰って来たみたいですね……あっ、転んだ!」
意気揚々と通路を進んでいた男だったが、前方の座席に座っていたサラリーマンが足元に置いていたアタッシュケースに足を引っ掛けたらしく、盛大につんのめって容器をぶちまける。
「……もー、お父さんったら……」
少女はそう呟くと席を立ち男の方に向かい、サラリーマンに頭を下げ容器を拾い集めるのだった。
娘に頭を叩かれている男に父親の威厳は、無い。
****
「さて、お嬢さん。ここは俺に奢らせてくれ」
なんとか座席についた男が女に向かってそう言いながら差し出したのは、 缶入りの無糖炭酸水。
「は、はぁ……ありがとうございます」
突然の事に女は戸惑いながらも礼を言い、それを受け取る。
「フッ、気にすることはないさ……。
では乾杯といこう」
そう言って男はプルタブを開ける。
「お父さんったら、まーた炭酸水ばっか買ってきて……
って、今開けたら!」
少女が慌てて止めに入るが時すでに遅し。 先ほど男が容器を盛大に転がした炭酸水が一気に吹き零れる。
プシューっと音を立てて吹き出す泡。
それをじっと見つめる父娘。
「あーあ、言わんこっちゃない……」
少女は額に手を当て呆れた様に呟く。
「い、いや。これくらい大丈夫だろう。
ほら、知ってる? 炭酸飲料は斜めにして気を抜けば吹きこぼれないって」
男はそう言うと、缶を傾けた。
……それもかなり思い切って。
当然、さらに中身が溢れる。
「ちょっと! それは開ける時の話でしょうが!?
……ああもう、どうすんのよコレ!!」
男の足下には炭酸水の水たまりができ、ズボンもまるで粗相でもしたかのようにびしょびしょに濡れてしまっていた。
さすがにこの隣での騒動を無視することも出来ず、女は手元に置いていたポーチを開け中から一枚のハンカチを取り出し、
「あの、良かったら……」
と、少女に差し出す。
「ありがとうございます!」
女にお礼を告げた少女はハンカチを受け取り、父親を甲斐甲斐しく拭き始める。
繰り返しになるが、少女に頭を叩かれている男に父親の威厳は、無い。
それを眺めながら女は、男から受け取った炭酸水をそっとポーチにしまうのだった。
……缶の隣には一冊の手帳が仕舞われていた。
サングラス越しに男はそれを確かめる。娘にバカな男と詰られながら。
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