品川~新横浜 情念

 女はヤクザの情婦だった。

 ヤクザと言っても仁義で動く類の男ではない。 

 薬をばら撒き、女達を食い物にし、ありとあらゆる悪徳を積む畜生にも劣る男だった。


 女は何もすき好んでそんな男に囲われていた訳では無い。中学生の時に蒸発した父がヤクザ相手にいつの間にかこしらえていた借金。これが全ての始まりだった。

 女は母に何度も言った。 そんなもの返す必要は無いと。 しかるべきところに訴え出ればそれでおしまいだと。しかし女の母は頑として首を縦に振らなかった。

 女はその時の母の心情を、どうしても、今この時に至ってもまるで理解できないでいた。


 返済のために家を売り家財を売り、わずかばかり残った蓄えも女の高校入学とともに消え、 安アパートに引っ越した母娘。

 女は学業の合間にアルバイトをして家計を助け 、 母は近くの製パン工場でパートとして働く。 贅沢はできなかったが、母娘二人それでなんとか暮らしていけた。

 二人はようやく、慎ましやかな平穏を手に入れることができたかに見えた。


 だが、その生活はそう長くは続かなかった。


 ――母が病に倒れたのだ。


 さして丈夫でもない体を酷使した事と、心労。 体を壊すには十分な要素だろう。

 あっという間に入院することになった母は日に日に弱っていく。

 治療には莫大な費用がかかり、とても女一人だけでは払いきれない額だった。


 ――そんな時だ。


 女の前に一人の男が現れたのは。

 男は父に金を貸したヤクザその人だった。

 自分が金を出すと。その代わりお前は自分の体を差し出せと。

 それは悪魔の囁き以外の何物でもなかった。


 しかし当時の女にとって他に選択肢は無かった。

 母の命を救う為にはどんなことでもすると、女はそう心に決めていた。

 例えそれが自らの尊厳が地に堕ちるような行為だとしても……


 その後、ヤクザの男は意外なことに約束をきちんと守り通した。

 女の母を最新設備の整った大病院に入院させ最高の治療を受けさせたのだ。

 その甲斐もあって女の母の病状は徐々に回復の兆しを見せていた。


 だがそれに反比例するかのように女の心は徐々に摩耗していった。

 自分は人形なのだと、心を持たない人形なのだと自身に思い込ませる事で女は自らを守ろうとしていた。


 ただただ無感動に、男の欲望を満たす為だけに生きる。

 そんな日々を続けていた。

 いつのまにか自分を囲う男が変わっても。


 そんなある日のことだった。

 病院から電話があった。母が亡くなったのだ。

 病室で倒れているところを発見されそのまま息を引き取ったらしい。


 女は悲しかった。

 しかし同時にこれでもうこんな惨めな思いをせずに済むとも思った。

 だから最後に一言だけ男に告げて、どこかで一人暮らそうと思ったのだ。


 だがその夜、女の元を訪れた男は女にこう告げた。

 まだ終わらないぞと。

 お前はこれからも俺の玩具のままなんだと。


 そのまま男は女を押し倒そうとする。

 女は必死に抵抗した。

 もう嫌だったのだ。

 これ以上、この男に自分を弄ばれるのは。


 そして二人はもみ合いになり、そのままバランスを崩して倒れこむ。

 女が体を起こすと、そこには頭から血を流してピクリとも動かない男が横たわっていた……

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