いざ、農園をはじめよう! 01

 雑貨屋や街路に並ぶ露店を周って、新生活の準備を終えた僕は「運び屋ギルド」に運搬をお願いして新天地の農園予定地に向けて出発した。


 運び屋ギルドとは、言わば「運送屋」のことで、荷馬車一台に付き銅貨数枚程度で目的地まで運んでくれる。


 とはいえ、今回の目的地は瘴気が降りた危険な呪われた地なので、銀貨三枚を要求されちゃったけど。


 ちなみにこの世界の貨幣は金、銀、銅貨があり、十進法で価値が変わっていく。


 銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚になるという感じだ。


 おおよその価値は銅貨一枚が千円、銀貨一枚が一万円、金貨一枚が十万円くらいになる。


 なので、運搬費用は三万ほど。結構な値段だ。


 運び屋ギルドに頼もうか少し悩んだけど、筋力付与をしても物が多すぎて運べないし、彼らにお願いすることにした。


 街で買ったもので一番大きいのは「テント」だ。


 予備も含めて三つほど買った。


 買った土地は以前麦農家だったと言っていたけれど、長い間放置されているので住居が残っている可能性は低いだろうし。


 テントの他には生活に必要な「オイルランプ」「ロープ」「手ぬぐい」「飲料水を入れる樽」「桶」「炭」「半月分の食料」「半月分の薪」等々を買った。


 後は、農作業に必要な「スコップ」「鍬」「ナイフ」に、植える「種」と肥料になる「馬糞」や魚かす、骨粉などを混ぜた「配合肥料」など。


 最後に大事な瘴気対策のマスク。


 これは簡易的な布で作られたマスクなのだけど、瘴気が発生した場合は身を守るために必要になる。


 念を押して厚手のマスクを買おうかと思ったけどやめておいた。


 布マスクは「金属性」なので、毒素に対する免疫力を強化する「免疫力強化」の付与魔法をかけることができるのだ。


「……お客さん、ここが目的地みたいですね」


 パルメザンを出発して二日。


 のんびりと運び屋の馬車に揺られながらたどり着いたのは、本当に何もないだだっ広い荒野だった。


 ポツポツと朽ちかけた枯木があるだけで草一つ生えてない。腐りかけた木の柵だけが、かつてここに農家があったことを示唆している。


 しかし、と目の前に広がっている光景を見て思う。


 呪われた地を実際に見るのははじめてだけど、想像していたよりも普通だな。もっとおどろおどろしい場所かと思ってた。


 もしかして、天気が良いからかな?


 これで陰鬱になる曇り空だったら、やっぱり辞めとこうかなとか思っちゃったかもしれない。


 そんなことを考えていると、運び屋ギルドの人が話しかけてきた。


「荷はどこに降ろしましょう?」

「あ、ええっと……とりあえずそこの枯木のところで」


 そう指示を出すと、運び屋ギルドの人たちはテキパキと荷をおろして挨拶もそぞろに逃げ出すように帰っていった。


 もう少しのんびりしていけばいいのにと思ったけど、いつ瘴気が発生するかもわからない土地に長居なんてしたくないか。


「……よし、日が明るいうちに、出来ることをやっておこう」


 気を取り直して、早速作業開始だ。


 まずはテントを開いて住居確保。


 それから、近くを流れているという川の確認に行こう。


 飲み水が確保できなかったときの事を考えて樽に飲料水を入れてきたけど、キレイな水だったらラッキーだし。


 すぐ近くに山もあるし、瘴気に毒されていない可能性はありそうだ。


 というわけでテントの設営を開始して、四苦八苦しながらもなんとか完了。


 テントを支えるポールがうまく刺さらなかったので、筋力付与を使って強引に終わらせた。


 設営したテントはふたつ。


 ひとつは住居用。もうひとつは物資の保管庫として使うことにした。


 住居用のテントの前に買ってきた薪を組み終えて、ようやく一息つく。


 と言っても疲れは全くない。作業する前に「持久力強化エンチャント・ハート」を使ってスタミナを強化しておいたからだ。


 付与魔法って、こういう肉体労働に本当に役に立つなぁ。


「しかし、本当になんにも生えていないんだな」


 改めて周囲を見渡す。


 緑が無い荒野というのは何だか異様な風景だ。行ったことは無いけれど、南の国にあるという砂漠地帯というのはこういう雰囲気なのかもしれない。


 とはいえ、砂漠のように雨が降らないことは無いし、日中は熱くて夜は寒いみたいなことはないと聞く。


 それを考えると、農園をやる上でメリットは大いにある。


 作物に病気をもたらす雑草は心配しなくていいし、畑を荒らしにくるイタチやモグラなどの害獣の心配もないだろう。


 作物を育てられる術があるなら、これほど農園に適した場所はない。


「よし、水源の確認に行くか」


 居住地が一段落したので、次は大切な水の確保に行くことにした。


 一応、護身用のナイフを腰に下げ、水を汲む用の桶も忘れずに。


 枯木の傍にテントを張って正解だった。


 この区画には目印になるものがないので、迷子になったら一生テントにたどり着けなくなるかもしれない。


 念の為、ちょくちょく背後を振り返ってテントの位置を頭に刻み込みながら川を探す。


 しばらく歩き、朽ちた倒木が重なっている小高い丘を越えたときに川のせせらぎの音が聞こえた。


「……あった、あれだな」


 流れていたのは、意外と大きい川だった。


 大地をえぐるように、両岸が断崖絶壁になっているけれどなんとか降りられそうな窪地があった。


 一瞬、水辺にテントを張ったほうがいいのではと思ったけどやめた。


 水は人にとって大切なものだけど、危険なモンスターにとっても大切なものなのだ。水を確保しやすくするために水辺にテントを設営したけれど、寝込みをモンスターに襲われたましたじゃ目も当てられない。


「……うわっ、なんだこれ」


 桶に川の水をすくった瞬間、ギョッとした。


 桶に入っている水は、毒々しい赤紫色に変色していていた。


「え? なんで? 川の水は透明な色をしているのに……」


 と、水面をジッと見つめて気づく。


 パッと見は気づかないけれど少しだけ赤紫色をしている。それに、瘴気特有のツンとした刺激臭もある。


 これは完全に瘴気に汚染されてる。


 ちょっとグレープジュースみたいな見た目だけど、飲んだら絶対命に関わるやつだ。


 予想はしていたことだけれど、しばらくは持ってきた飲料水で乾きを癒やすしかないな。持ってきたのは大樽二個分だから、二週間くらいはもつだろう。


 でも、作物用の水はどうしよう。


「……これ、農作物には使えるかな?」


 だってほら、飲料水としては使えない井戸水で野菜を育てている農園もあるし。


 それに、土壌は付与魔法をかけて瘴気に強いものに改良する予定だから、汚染水を撒いても問題はないはず。


「なんとかなるか」


 ものは試しだ。とりあえず使ってみよう。


 何事もやってから考えるのが僕のモットーだ。


 そう考えた僕は、桶に並々と水を汲んでいざテントへと戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る