第二章 チート付与師、お金を稼ぐ
家を作ろう 01
ホエール地方に来て一週間が経った。
昨日は生憎の雨だったので、厚手の外套を羽織って野菜の収穫をした後、農具のメンテナンスに時間を費やした。
メンテナンスと言っても、土汚れなんかを落とす簡単なやつだ。
定期的にかけている付与魔法のおかげで鍬やナイフは刃こぼれしなくなっているので、街の鍛冶屋に持っていく必要はない。
だけど、やっぱり泥まみれの農具で作業するのは嫌だからね。
昨日の雨はホエール地方に来てはじめての雨だった。
この時期は日本でいう「梅雨」の時期で結構雨が降るはずなんだけど、もしかするとホエール地方はあまり雨が降らないのかもしれないな。
あまりに勢いよく降るもんだから飲み水にできないかと試そうとしたけれど、ララノにあわてて止められた。
やっぱり雨にも瘴気が含まれているらしい。
まぁ、雨雲がいかにも瘴気まみれですって感じの赤紫色をしていたのでなんとなく予想はしていたけど。
僕がメンテナンスをしている間、ララノは料理をしていた。
雨のせいでいつもの場所で焚き火ができなかったので、テントのひさし部分で火を起こしてもらった。
危ないかなとは思ったけど、他に焚き火ができる場所はなさそうだったし。
しかし、そろそろ住居問題もどうにかする必要があるな。
ララノには予備のテントを使って生活してもらっているけど、暴風雨でテントがダメになったら大変困ったことになる。
備蓄用のテントは収穫した野菜や消耗品で一杯だから使えない。
となると、僕のテントで寝起きして貰うことになるんだけど、やっぱりそういうのってダメじゃない?
だってほら、ララノって年頃の女の子だし。
一応、ララノにそれとなく「嫌だよね?」と聞いてみたら「私、がんばりますから!」みたいな斜め上の回答が返ってきた。
けど、絶対にダメだと思う。
というわけで、土壌改良や飲水確保が終わった現状、次に片付けるべき問題は住居問題──なのだけれど、どうやって解決すればいいのか見当もつかない。
危険なモンスターが多く、いつ瘴気が発生してもおかしくない「呪われた地」に大工さんなんて呼べるわけないし。
「……え? 住居ですか?」
地図を見ていたララノが首をかしげた。
昨日の悪天候とは打って変わり、気持ちが良い快晴の朝。
僕とララノは、農園敷地の状況確認のために地図を片手に周囲探索をしていた。
「うん。昨日みたいな雨が続いたら料理とか色々と大変じゃない? 前からちゃんとした住居を確保したいとは思ってたんだけど、早急に解決したほうがいいかなって」
「確かにそうですね。『トリトン』が来る前に頑丈な家を建てたほうがいいかもしれません」
「……トリトン?」
ってなんだろう。はじめて聞く名前だ。
「夏の終わりに吹く嵐のことをホエール地方では『トリトン』って呼んでいるんですよ。瘴気ほどではありませんが、大きな被害が出ることもあります」
夏の終りに吹く嵐──台風みたいなものだろうか。
王都も年に数回程度激しい暴風雨に襲われていたけど、特に名前はついていなかった。多分、ホエール地方独特の文化なんだろうな。
しかし、台風が来るんだったら住居問題はすぐにでも解決しないと。
「となると、やっぱり住居問題は早急に解決しておきたいね。何か良いアイデアは無いかな?」
「アイデアですか? ん〜、そうですね……美味しい料理を作るために広いキッチンは欲しいですし、地下に野菜が保管できる場所も欲しいですね」
「キッチンに貯蔵庫か」
貯蔵庫は言わずもがなだけど、確かに広いキッチンは重要だな。
ララノの美味しい料理がさらに美味しくなりそうっていうか──って、いやいや、そういうことじゃなくて。
「ごめん。そういう問題じゃなくて、どうにかして家を建てられないかな? ほら、街の大工さんとか呼べなさそうじゃない?」
「…………あっ」
勘違いに気づいたのか、ララノの耳がピコンと反応する。
「す、すみません! せ、せ、盛大に勘違いしていましたっ!」
「いやいや、僕の質問も悪かったと思うから気にしないで」
「でも、そういうお悩みならお力になれると思います」
ララノがふんすと胸を張る。
「あ、何か良いアイデアがあるの?」
「ええ、ありますとも! このララノめに、まるっとお任せくださいっ!」
「おお?」
何だ何だ?
いきなり変なテンションだけど、やけに自信満々だな。
「なんだか声に力が漲ってるね」
「はい! サタ様のお力になれそうなので嬉しいんです!」
「あ、そういうこと」
なるほど。
うん、見た目だけじゃなくて理由も可愛いな。
「わかった。それじゃあ住居問題はララノに解決してもらおうかな」
「承知しました! それでは早速……アオォォォォン……!」
ララノが空に向かって狼のような遠吠えを放った。
突然のことで面食らってしまったけれど、そういえばララノって狼の獣人だったね。いきなりの遠吠えは意味がわからないけど。
「ど、どうしたの? いきなり遠吠えなんかして──」
と、そこで続く言葉を飲み込んでしまった。
目の前にあった岩の上に、ピョコッとイタチのような動物が現れたからだ。
あれはハクビシンかな?
はじめてこんな近くで見るけど可愛いな。
もしかして、ララノのペット?
なんて思っていたら、またピョコッと別のハクビシンが現れた。
続けて岩の裏からタヌキみたいなやつ。
それに、キツネ、ウサギ、リス。
さらにさらに狼にサル、そこそこ大きい熊まで。
どこから来たのかわからないけれど、動物たちがゾロゾロと僕たちの周りに集まってきた。
最初は「可愛いなぁ」なんて微笑ましく思っていたけど、ここまで多いとちょっと怖い。
「……あ、あの、ララノさん?」
「はい」
「この方たちは?」
「私の仲間です」
「仲間」
なるほどなるほど。
うん、全然意味がわからん。
もしかして、家族とかなのかな?
でも、ララノの家族は大海瘴で行方不明になってるって言ってたし──って、流石に獣人でも動物が家族なわけがないか。
「ごめん、ちょっと状況がわからないんだけど」
「……あっ、すみません。サタ様にはお話していませんでしたね。実は私、『獣使い』という加護を持っていまして」
「獣使い? 動物と契約して呼び寄せたりできるっていう?」
「おお、ご存知でしたか! 流石は学者先生のサタ様です!」
「や、やめてよ。僕は学者なんかじゃないから」
少し前に会話の流れで魔導院時代のことを話しちゃったけど、それから妙な担ぎ上げをされることが増えてきた。
恥ずかしすぎるしやめてほしい。
こんなことなら秘密にしておいたほうが良かったかな。
って、そんな話はどうでもよくて。
つまり、ララノは獣使いの加護の能力で、今まで契約した動物たちを呼び寄せたというわけだ。
なるほど。状況はなんとなく理解できた。
根本的な部分はまだ理解できてないけど。
「それで、どうして動物たちを?」
「この子たちに家を作ってもらうんですよ」
「…………はい?」
流石に首をかしげてしまった。
確かに動物は家を作るのが得意という話は聞く。
この前ララノを襲っていたモンスター「アーヴァンク」の原型にあたるビーバーも「天才建築家」なんて言われているし。
だけど、それは動物を基準とした「住処」の話であって、人間が住める「住宅」の話ではない。
「安心してください。私が住んでいた集落でも、獣使いの加護を持つ獣人は『S級建築士』として重宝されていたくらいなんですから」
僕の不安を察知したのか、ララノが自信満々に答えてくれた。
それを聞いてしばし思案する。
根本的な不安の解消にはならなかったけど、前例があるのなら任せてみてもいいかな?
それに、わざわざ集まってくれた動物たちを追い返すのもちょっと可哀想だし。
「……わかった。じゃあ、お願いしてみようかな」
そう答えると、ララノの尻尾が嬉しそうにゆさゆさと動き出す。
「承知しましたっ! それじゃあ、みんな! いつもみたいに資材調達からお願いしますっ!」
元気よく手をあげて号令をかけるララノ。
周りの動物たちが鳴き声を上げて、一斉に動き出した。
「……おお?」
大きい動物たちが勢いよく川の方向へと走っていったと思ったら、大きな丸太を運んで帰ってきた。
熊は両脇に抱え、狼たちは枝を咥えてズルズルと引きずりながら。
なんだか凄い光景だけど、どこから持ってきているんだろう? 瘴気の影響で、近くには一本も木が生えていないけど。
「サタ様、家を建てる場所はここで大丈夫ですか?」
「え? あ、いや、テントを張っている辺りがいいかな?」
購入した土地は広大だからどこを拠点にしてもいいんだけど、あのテントの周辺には畑を作ってるし。
「承知しました! みんな! 私に付いて来て!」
「ちょ、ララノ」
「あっ、サタ様はゆっくり戻って来て大丈夫ですからねっ!」
「え? あ〜、うん」
ドドドと地鳴りを伴わせながら動物たちと走り去っていくララノ。
残されたのは困惑している僕ひとり。
「……大丈夫かな?」
意気揚々と動物の群れを連れていったけど、平気だよね?
テントとか畑、荒らしたりしないよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます