家を作ろう 02
ララノたちのことを心配しても仕方がないので、とりあえず周囲の探索を終えてから、のんびりとテントに戻ることにした。
「……なんじゃこりゃ」
そこに広がっていた光景を見て、唖然としてしまう。
先ほどの動物たちが、器用に作業分担して家を建てていたのだ。
熊や狼などの大きな動物が物資を運び、サルやアライグマなどの手先が器用な動物が大枠を組み立て、体が小さなイタチやリスが細かい部分や高い部分を組み立てている。
実に壮観。
ていうか、目の前で起きていることが信じられない。
「なんだかすごいね、ララノ?」
ひときわ大きな熊に何か指示を出していたララノに声をかける。
僕に気づいたララノはえっへんと嬉しそうに胸を張った。
「でしょう? そうでしょう? この子たちは『名大工』ですからね。私の集落の家は、ほとんどこの子たちが作ったんですよ」
「へぇ、そうなんだ!」
家って言っても所詮は動物の巣でしょ? なんてバカにしてしまったことを心の中で謝罪した。
確かにこれは名大工だ。
資材をどこから持ってきているのかはわからないけど。
「ちなみにこの木材ってどこから持ってきてるの?」
「あそこに見える山からですね」
ララノが指差したのは、農園のはるか遠くにある山脈地帯だった。
こことは違って、木々が青々と茂っている。
「あの山はまだ瘴気が降りていないので、川を使ってあそこで伐採した木を運んでもらっているんです」
「なるほど、そういうことか」
ということは、あの山にもララノの加護によって仲間になった獣たちがいるってことだよね。
どうやって木を伐採しているのかわからないけど、熊みたいな大きな動物が木を倒しているのだろうか。それはちょっと見たい気がするな。
何にしても、伐採した木をここまで運べるというのはいい情報だ。
「ねぇララノ。例えばだけど、建築に使う分以外にも木材を持ってきてもらうことはできる?」
「え? あ、はい、できますけど……何に使うんです?」
「薪だよ。ここでは薪が作れないからね」
植物の一切が育たない呪われた地で何気に痛いのが薪を確保できないことだ。
飲料水は濾過器を使えばなんとかなるし、食料は畑で採れる。
だけど、木が生えていないので薪はどうすることもできない。
街で木の苗を買ってきて付与魔法をかけて植林してもいいけど、苗を買うくらいなら薪を買っちゃったほうが早い。
なので、次に街に行くときにまとまった数の薪を買っておこうと思っていたんだけど、動物たちが持ってきてくれるなら薪問題も解決しそうだ。
「ああ、そういうことですね」
ララノがポンと手を叩いた。
「わかりました! そういうことでしたら、このララノにまるっとお任せあれっ! 早速、明日から動物たちに運んでもらいますねっ!」
「うん。よろしくお願いします」
頼られたのが嬉しいのか、またしても変なテンションだ。
ハイテンションのララノは可愛くて目の保養になるから、こっちも嬉しくなる。
「じゃあ、家は動物たちに任せて僕たちは畑作業をしようか」
住居の建築はすぐに終わりそうじゃないし。
というわけでララノには収穫のお願いをして、僕は畑の拡張と種まき、それと俊敏力強化していない通常の成長速度の畝の「間引き」をすることにした。
間引きは成長が遅い小ぶりなものを取ったり、芽と芽の間の距離を取って成長を促す重要な作業だ。
ちなみに、間引きをした小さい野菜はお昼ごはんとして食べる予定。
人参だったらそのまま野菜スープに入れても美味しいし、野菜スティックみたいに食べても良い。
ちょっとマヨネーズが恋しくなってしまうけど。
この世界にマヨネーズはなさそうなので、作ってみてもいいかもしれないな。
でも、どうやって作るんだったっけ?
卵とオリーブ油とレモン汁を混ぜるんだっけ?
卵は生物だから街で買っても農園に持ってくる間に傷んでしまうから、農園で鶏を飼うのが懸命かな。
養鶏を始めるとすると、鶏に鶏舎、さらに彼らの毎日のエサが必要になるな。
何にしても、結構お金がかかりそうだ。
「……う〜ん、お金かぁ」
魔導院時代は贅沢とは無縁の生活をしていたし、この農園の土地も格安で購入することができたから、まだまだ貯金に余裕はある。
だけど、収入源は無いのでお金は減る一方だ。
畑では美味しい野菜が採れるけど、賄えない部分は多い。
例えばタンパク質。トウモロコシやブロッコリーで摂取できないこともないけど、やっぱり魚とか肉で取りたい。
料理のレパートリーも増えるしね。
他の賄えないものと言えば消耗品だ。
農具は僕の付与魔法のおかげで壊れることはないけど、燃料や衣類、それに畑で使う肥料や種も必要になる。
やっぱり快適な農園スローライフを送るためには、収入源は必要だ。
「どうしたんですか?」
色々と悩んでいると、トウモロコシの影からララノがヒョイと覗いてきた。
「何かお悩み事でも?」
「もう少し畑の畝の数を多くしたほうが良いのかなって」
「畝、ですか……」
ララノも畑を見渡す。
「収穫量、少ないですかね? 二人分ならまかなえてると思いますけれど」
ララノの足元にあるカゴにはすでに多くの野菜が入っている。
付与魔法で成長速度を加速させている畝の野菜は毎日収穫できるので、僕たちの食事は十分まかなえている。
「たくさん野菜を作って余剰分を売ろうかなって。ほら、燃料とか消耗品とか、ここで賄えないものはお金を出して買う必要があるじゃない?」
「……あっ、そういうことですね。確かに種や肥料も買う必要ありますし、それを考えると畑を増やして野菜をたくさん収穫できるようにしたほうがいいかも」
「だよね」
「その分、収穫が大変になりそうですけど」
「……だよねぇ」
問題はそこなのだ。
収穫量が増えれば余剰分を換金することができる。
だけど、換金する分の野菜を追加で育てないといけないのだ。
今でこそ半日程度の作業で終わっているけど、畑が増えれば丸一日、農作業に時間を使わなければいけなくなるかもしれない。
「仕方ない。スローライフを続けるためにも頑張るか」
「畑の作業時間を増やすんですか?」
「人手を増やす余力はないからね。かといってララノに無理をさせるわけにもいかないし、僕がなんとか頑張るしかないよ。付与魔法を使えば平気だし、多少の無理は──」
「ダメダメ! 絶対ダメですよ!」
トウモロコシの陰から飛び出してきたララノが、僕の両腕をがっしりと掴む。
「私がやるのは良いですけど、サタ様はだめですから!」
「ど、どうして?」
「だって、のんびりとした時間を過ごすためにホエール地方に来たのに、無理をして頑張るなんて本末転倒すぎるじゃないですかっ!」
「……あっ」
指摘されてハッと気づいた。
確かにララノの言う通りだ。
僕がやろうとしていたことは、「スローライフをするためにスローライフを辞める」と同義のこと。
まさに本末転倒。これじゃあ、ベランダ農園を頑張りすぎるあまり少ない睡眠時間をさらに削っていた社畜時代と同じじゃないか。
命を落としてしまったのも、あの無理があったからだ。
だからこそ、この世界ではゆっくりのんびりと生きようと思ったのに。
ああ、僕のバカ。
また同じ失敗をしてしまうところだった。
「お会いしたときから思ってたんです。サタ様はすごく真面目で頑張り屋さんですけど、やりすぎてしまうところがある気がします。付与魔法があるとはいえ、いつか体を壊してしまいますよ?」
「うぐ……」
「がんばるのはやめてください。仕事は適度に。わかりましたか?」
「わかったよ。気をつける」
「はい、よろしい」
満足そうに微笑むララノ。
それを見て、なんだか心が暖かくなった。
すごく新鮮な経験だった。
過去……特に社畜時代は頻繁に上司から怒られていたけれど、こんな風に叱られる経験はなかった。
感情的に怒られるんじゃなくて、諭されるように叱られるのって、優しさを感じてなんだか嬉しい。
いや、決してMっ気があるってわけじゃないんだけどね?
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