ララノ、料理をつくる
「……あ、そうだ」
ララノが何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。
「増やした畑の収穫をあの子たちに手伝って貰うというのはどうですか?」
「あの子たち?」
「動物たちですよ。彼らに手伝ってもらったら畑が広くても収穫はすぐ終わるんじゃないですかね?」
「……ああ、そういうことか」
家を建ててくれている動物たちを見る。
確かに彼らは家を建てられるくらい器用なんだから、野菜の収穫なんてお手の物だろう。だけど、任せて平気なのかな?
「野菜、食べたりしない?」
「言って聞かせれば大丈夫です。集落では動物たちに食料庫の警護をお願いしていたくらいなんですから」
「動物が食料庫の警備?」
何それちょっと賢すぎない?
人間の僕だって、腹が減ったらつまみ食いしそうなのに。
でも、それだったら動物たちにお願いしてもいいかもしれない。
人件費もかからないし、エサを少しあげれば彼らも満足だろう。それに、熊や狼がいれば畑を荒らす害獣も寄り付かなくなるだろうし、一石二鳥だ。
「それだったら安心できるね。是非動物たちにお願いしたいな」
「承知しました。では、早速手伝ってもらいますか?」
「いや、畝を十本くらい増やしてからお願いしたいかな」
「わかりました。いつでも呼べるので必要になったら声をかけてください」
「うん、ありがとう」
ニッコリと微笑んで、トウモロコシの収穫に戻るララノ。
そんな彼女を見てつくづく思う。
ララノが農園に来てくれて、本当に良かった。
住居問題に薪問題、それにお金問題まで一気に解決しそうだ。
さらに彼女のお陰で食事の質が向上しているのがとてつもなく大きい。
僕の料理なんか足元にも及ばないくらい、ララノは料理が上手かった。
おまけに、毎日違うレシピが出てくるから凄い。
トマトを使った鶏肉の煮込み。
ナスとピーマンを使った肉炒め。
パプリカのチーズ焼き。
キュウリとキャベツの酢漬け。
パン生地とトウモロコシ、チーズを使ったピザみたいなやつ。
他にも色々と作ってもらったけど、お店で出しても良いレベルの料理ばかりだった。
「……あっ」
ララノの料理のことを考えていたら、盛大に腹の虫が鳴ってしまった。
それを聞いたララノがクスリと笑う。
「お腹空きましたね?」
「あはは、そうだね。もうお昼だし」
「では、休憩にしますか?」
「うん、そうしよう」
自由な時間に作業を始めて、自由な時間に休憩する。
それに文句を言う人間はどこにもいない。
これぞスローライフ。
畝の拡張はお昼を食べた後にすることにして、収穫した野菜を持ってテントへと戻る。
いつものように、川から汲んできた水で野菜の土を落として、それから濾過器で綺麗にした飲水で細かく洗う。
「今日は何を作る予定なの?」
ピーマンを洗いながら、火をおこしているララノに尋ねた。
「えっと……今日はトマトペーストを使った野菜の煮込みを作ろうかと」
「おお、トマトペースト!」
って、たしかケチャップみたいなやつだよね。
この世界にはケチャップはないみたいだけど、どうやって作るんだろう?
「ララノって、トマトペーストも作れるんだ?」
「はい。集落にいた頃に何度か作りました」
「へぇ! ちなみに、トマトペーストってどうやって作るの?」
「トマトをじっくり煮込むだけですよ。パスタと相性がいいので、そっちもぜひサタ様に食べて欲しいんですが……パスタは街に行かないと買えないんですよね」
そういえば院にいたとき、何度か生パスタを食べたことがあったな。
現代みたいに「乾燥パスタ」があればここでも美味しいスパゲッティが食べられそうだけど、残念ながら無いみたいだし。
魔法でできたりしないのかな。
とりあえずパスタはまた今度ということにして、洗った野菜をララノに渡した。
早速ララノは採れたばかりのトマトをざく切りにしてフライパンに乗せ、オリーブオイルを入れて炒めはじめた。
「じゃあ、僕は他の野菜を切っておくよ」
「あ、助かります」
使う野菜は玉ねぎにパプリカ、ズッキーニ、ナス。
それらを一口サイズに切っていく。
全ての野菜を切り終えたくらいで、トマトペーストが完成したようだ。
「料理、見てても良い?」
「は、はい、大丈夫ですけど、なんだか緊張しちゃうな」
「あ、ごめん。だったら違う作業を」
「いえ! 見ていてください! 私、がんばれますから!」
むんっと力こぶを作るララノ。
可愛く気合を入れたところで、ララ野はは完成したトマトペーストを皿に移し、今度は玉ねぎを炒め始める。
そこにパプリカやズッキーニを入れて、全体がしんなりしてきたら鍋に移して最後にトマトペーストを投入。
白ワインにハーブ、それに塩コショウを入れて三十分ほどじっくり煮込む。
「……はい、これでトマトペーストを使った煮込み野菜の完成です」
「おおっ」
ララノが鍋の蓋を開けると、なんとも美味そうな香りが広がった。
その香りに釣られてか、動物が何匹かやってきた。
ララノは彼らに少しだけ彼らにおすそ分けして、僕たちふたり分を皿に分ける。
簡易テーブルの上に料理とワイン、それに二人分のパンを用意して席につく。
「では、いただきます」
手を合わせると、不思議そうにララノが僕を見ていることに気づく。
「……どうかした?」
「あ、いえ、前から気になっていたんですが、その『いただきます』という挨拶はどういう意味なのでしょうか?」
「え? あ、これ? ええと……作物と料理を作ってくれた人への感謝の挨拶的な?」
「感謝ですか。いいですね。それってサタ様の故郷の習慣なんですか?」
「あ〜、うん、そうだね」
そう言えば、この世界ではご飯を食べる前の「いただきます」がないな。神様への祈りを捧げる人はいたけど、そういう習慣がないのかもしれない。
「じゃあ私も」
ララノが僕のマネをして、両手をそっと合わせる。
「この美味しい野菜を作っていただいたサタ様に、感謝のいただきます……」
「いやいや、この野菜を作ったのは僕だけじゃないから。ララノのお手伝いがあってこそだし」
「それでは、お互いにいただきますをしましょうか」
「そうだね」
僕たちは笑い合って一緒に手を合わせる。
早速、皿にもられた野菜を頬張った。
「あふぉ……」
思わず至福のため息がでてしまった。
ピリッとしたトマトの酸味の後に、野菜の甘みと旨味が口の中に広がる。
野菜だけでも美味いのに、ララノの味付けで更においしくなっている。なんとも贅沢な味の共演だ。
「いやぁ〜……相変わらずララノの料理って美味いなぁ」
「ほ、本当ですか!?」
スプーンを咥えたまま、ピコンとララノの獣耳が反応した。
「やっぱり僕が作る料理とは大違いだよ。ララノは良いお嫁さんになれるね」
「お、およよ……っ!?」
顔を真っ赤にしたララノが、今度は尻尾をブンブンと振り回しはじめる。
ララノは感情が顔に出るタイプなんだけど、顔よりも先に尻尾に出るのが面白い。流石は狼の獣人だな。
「サ、サ、サタ様は、りょ、料理が出来る奥さんは素敵だと思いますか?」
「……え? あ〜、まぁそうだね」
出来なくても別に良いけど、できたなら嬉しいかな。
まぁ、しばらくはのんびりスローライフを謳歌したいし、お嫁さんなんて貰うつもりはないけど。
……なんて偉そうに言ったけど、お嫁さんになってくれる女性なんて近づいてこないってのが実情なんだよね。
生前で三十二年と、こっちの世界で二十三年。
合計五十五年の独身貴族です。
「わ、わかりましたっ!」
何がわかったのか、ララノがむんと胸を張って意気揚々と続ける。
「私、がんばりますからっ! ララノにまるっとお任せあれ! ですっ!」
「あ、うん。え〜と、がんばって……?」
よくわからないけど、何をまるっと任せて欲しいんだろう。
もしかして、結婚相手を探してくれるとかなのかな?
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