新たな仲間
いつの間にか空を覆っていた赤紫色の雲はなくなり、気持ちの良い晴れ空が広がっていた。
あれからララノに手伝ってもらって、後回しにしていた農作業を終わらせた。
畑への水撒きに、出てきた芽の間引き作業。
それと、成長促進させている畝のキュウリ、大根、レタス、トマトにジャガイモ、それにハーブ系の野菜の収穫。
生命と免疫付与だけ与えた畝にはまだ芽が出てきていないので、魚粉や油カスなどを混ぜた配合肥料を追加する「追肥作業」をする。
その後で、もう少しだけ畑を拡張したかったので、合わせ付与をかけた鍬を使って三つほど畝を作って種を蒔いた。
これで畝の数は十二になった。通常速度で育てている野菜の収穫が楽しみだ。
畑区画の周りをロープで囲っているけれど、しっかりとした柵を作ったほうがいいかもしれないな。
害獣は居ないみたいだけど、あのビーバーのモンスターが近くをうろついていたことを考えると、小型のモンスターに荒らされる可能性はあるし。
柵の材料も、今度パルメザンに行ったときに買ってこよう。
「お疲れ様。はいこれ」
作業を終えてテントに戻り、手伝ってくれたララノにコーヒーを出した。
「ありがとうございます。……あ、すごく美味しい」
早速口をつけたララノが嬉しそうな声をあげた。
最初はあんなに警戒していたのに、すっかり心を開いてくれたらしい。なんだか嬉しいな。
「それ、川に流れてる瘴気の水で作ったんだよ」
「……えっ!? そうなんですか!?」
「正確には、あの川の水を濾過器にかけて綺麗にした水なんだけど」
簡単に濾過器のことをララノに説明する。
「へぇ……! サタ様の付与魔法って、そんなことも出来るんですね! 本当に凄いです!」
「あ、ありがとう」
ララノからキラキラとした目で称賛されて、なんだか恥ずかしくなった。
というか「サタ様」ってなんだよ。
さっきまで警戒心むき出しだったとは思えない変わりようだ。
「……あの、サタ様?」
なんだか気まずくなって無言でコーヒーをすすっていると、ぽつりとララノが切り出した。
「あ、あの、ですね。もしよろしければなんですが……こ、ここで私を働かせていただくことはできませんでしょうか?」
「……ゲホッ」
コーヒーが変な所に入ってしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、うん、平気。というか、働かせてってララノを?」
「はい。体力には自信がありますし、それに、料理を作ることもできます」
「料理」
そういえば、そんなことを言っていたっけ。
料理は嫌いじゃないけれど得意でもないから、作って貰えるのはありがたい。
それに、農作業は付与魔法があるので疲れることはないけど、やることが多いので手伝ってくれる人がいるのは助かる。
「で、でもな〜……」
「わ、私じゃ、頼りないでしょうか?」
「あ、いやいや、そういうんじゃないよ。助けてくれるのはすごくありがたいし。だけど、僕には人を雇うお金がないっていうか」
院で働いていたときに貯めたお金はまだあるけれど、収入源が無いので誰かを雇う余裕なんてないのだ。
「大丈夫です! 私、お金なんていりませんから!」
「……っ!?」
両手で握り拳を作ったララノが、興奮気味にずずいっと身を乗り出してくる。
突然顔を近づけられて、思わず身をのけぞってしまった。
「私、サタ様に助けていただいたお礼をしたいんです!」
「お、お礼? いやいや、お礼をしてもらうようなことは何もやってないから」
モンスターを追っ払って、収穫した野菜を振る舞っただけだし。
料理も焼いて煮て混ぜただけの適当なやつだもん。
「サタ様が作られたお野菜、すごく美味しかったです。大海瘴が来る前に集落で食べた野菜よりもずっと」
しかし、僕の言葉はララノの耳には届いていないらしい。
「だから、このお野菜をもっと多くの人に食べて欲しいというか……きっとサタ様のお野菜で救われる人がたくさんいると思うんですっ!」
ずい。ずずいっ。
鼻息荒く、ララノが更に顔を近づけてくる。
あの、ララノさん? ちょっと近すぎませんかね?
まつ毛の一本一本が見える距離まで来てますけど。
「あ、あの、と、とと、とりあえず離れてくれる?」
「……あっ」
ようやくヤバい距離まで近づいていたことに気づいたのか、ララノは頬を紅潮させてパッと離れてくれた。
「ご、ごご、ごめんなさい! つい興奮してしまって……」
「いや、僕は別に大丈夫だよ。あ、あはは」
ちょっとドキドキしちゃったけど。
「でも、サタ様のお力になりたいのは本当です。それに、ここで農園をお手伝いしていたら、家族にも再会できるかもしれませんし……」
「家族……」
大海瘴が起きてから行方不明になっているというララノのご両親か。
集落に遺体がなく、未だに戻ってきていないということは、瘴気から逃れるためにホエール地方を離れてしまった可能性がある。
だけど、近いうちにきっとここに戻って来るだろう。
行方不明の娘を見捨てる親なんているはずかないからだ。
そのときにララノがこの農園にいたら、再会できる確率は高くなる。
それに、だ。
ララノを追い出してしまったら、彼女は食べ物を探して放浪するはめになる。
そうなったら、また川の汚染水に手をつけるんじゃないだろうか。
今回は偶然僕が通りかかったから大丈夫だったけど、次こそは命を落とすことになるかもしれない。
「……わかったよ。僕ひとりだと大変なことも多いし、手伝ってくれると助かる」
「ほ、本当ですか!?」
「でも、無報酬ってわけにはいかないからね? 報酬は……そうだ。住む場所と三回の食事はどうかな?」
「えっ……」
「あとは、綺麗な服も。どう?」
生憎、女性ものの服はないけれど、街に行ったときに買ってあげればいい。
食事は畑の野菜でなんとかなるし、住む場所も予備のテントがあるから、そこで生活してもらえばいいだろう。
「あ、あ、ありがとうございます!」
こぼれ落ちんばかりの笑顔を覗かせるララノ。
ブンブンと振っている尻尾は千切れそうなくらいだ。
「しっかりと働かせていただきます、サタ様!」
「あと、僕のことは様付けで呼ばないでいいから」
「それは無理です! お母様から『助けてくれた恩人には敬意を込めて様付けにしなさい』と教わりましたから!」
「……あ、そ、そうなんだ」
なんとも律儀なお母さんだなぁ。
そんな律儀なお母さんなら、すぐにでもララノの安否を確認しに現れそうだな。
それまでに農園を大きくして、ここにララノが住んでいるってことをアピールしておかないと。
「じゃあ、改めてよろしくねララノ」
「こちらこそよろしくおねがいします、サタ様」
こうして僕は新たな仲間を加え、本格的に農園スローライフをスタートさせたのだった。
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