そうだ、アレを作ろう
モンスター浄化作戦の準備をはじめて数日が経った。
ララノやブリジット、それに動物たちの協力もあって畑区画の拡張と畝作りは順調に進んでいる。
ブリジットが範囲確証の合わせ付与をかけた鍬を使って土を耕し、ララノが肥料を撒いて土作りをして僕が畝を作る。
そして、手先が器用な小動物たちが種や苗を植えて、他の動物たちが水を撒いていく……という流れだ。
この数日で、すでに畑区画は以前の倍の広さになり、畝の数も百を越えている。
すべての畝に魔法を付与して育成促進しているので、昨日植えたものも収穫できるくらいに育っている。
作る野菜は、動物が食べてくれそうなもので、比較的長持ちするものをチョイスした。
ニンジンにキャベツ。それにダイコン。
これらは付与魔法をかけなくても長くて五日ほど持つ。ただし、保存環境が良ければの話なので、持って二、三日と考えていいだろう。
そんなこんなで野菜作りは順調に進んでいる──のだけれど、野菜を日持ちさせる方法についてはあまり進展がない。
ブリジットの協力のもと、浄化野菜のポーション化を試しているのだけれど失敗続きだった。
例えば「コケクイムシの卵」と山菜の「ブルーワール」、「サーベルウルフの爪」を混ぜて作る「治療薬」に野菜を混ぜてみたけれど浄化効果は見られなかった。
他には僕の付与魔法と似た、スタミナを向上させる「持久力ポーション」と混ぜてみたけれど、こっちも効果は出ず。
「サタ先輩、こういうものがあるのだがどうだろう」
自宅の二階、錬金術の研究室に使っている部屋。
ブリジットがとある錬金術にまつわる書物を見せてくれた。
「……免疫強化?」
「そうだ。病の進行を遅らせる高級ポーションなのだが、野菜にこれをかければ腐敗を遅らせることができるんじゃないだろうか?」
「なるほど、逆転の発想か」
野菜をポーションにして長持ちさせるのではなく、野菜にポーションをかけて長持ちさせる。
確かに良いアイデアかもしれない。
「でも、高級ポーションってことは素材も高級じゃないの?」
「いくつか王都から取り寄せる必要があるのだが、手に入らないものではない。まぁ、多少値が張るがな」
「費用はパルメ様が出してくれるから気にしなくていいと思うけど、高級ってことは希少な素材ってことだよね?」
「そうでもないぞ? 『ヤドアリクイの目』と『吸血鬼の肝』、『エンシェントドラゴンの目』あたりは確かに希少だが、王都では結構出回っている」
「うん、語感からして一品物レベルの激レアな雰囲気」
というか、エンシェントドラゴンってなんだ?
ドラゴンなんて名前、創作物の中でしか聞いたことがないけど。
「それに、仮に王都の錬金ギルドに在庫があったとしても、素材を取り寄せるだけで一ヶ月以上はかかっちゃうから、ちょっと厳しいかもしれないね」
「……そうか、期限まであと半月程度しかないのだったな」
ううむ、と眉根を寄せるブリジット。
ついに期限までの折り返し地点を過ぎてしまった。
時間が無い以上、出来ることも限られてくる。
多分、ここ数日が正念場。
ここで何も見つからなければ──文字通り終わってしまう。
他に何か参考にできる書物はないかと積み上がった本の山に戻ったとき、静かに部屋の扉が開いた。
現れたのは、農作業着姿のララノ。
午後から皆で畑の収穫をする予定なのだ。
「お疲れさまです。ちょっと休憩でお昼ご飯にしませんか?」
「ゴメン、ララノ。こっちの見通しが立つまで、お昼は軽食で済ませたいんだよね」
「はい。そう仰ると思って、用意してきましたよ」
「……え? ほんとに?」
ちょっと有能すぎませんか、ララノさん。
驚く僕を横目に、ララノは一階からお皿を運んでくる。
「……ん? これは何だ?」
ブリジットが運ばれてきた乳白色のクリーム状のものが入った器を手に取った。
「見たことがないが、調味料なのか?」
「それは先日、サタ様がお作りになったマヨネーズという調味料ですよ」
「つ、作った!?」
ギョッとして僕を見るブリジット。
「凄いな! サタ先輩は調味料も作れるのか! しかも、美食家の私が知らない未知の調味料を発明するなんて!」
「いやまぁ、発明っていうか思いつきで作ったっていうか」
平たく言えば、前世の記憶を元に作っただけだけどね。
息抜きで曖昧な記憶を頼りに作ってみたけど、ちゃんとマヨネーズになった。
作り方は至って簡単だ。
卵の黄身と穀物酢、それに塩を適量入れてかき混ぜて、さらに亜麻の種から作られているアマニ油を入れて完成。
レモン汁を入れてもいいけれど、そこはお好みで。
少々粘りっけが強いけれど、味はマヨネーズそのものだった。
出来上がったマヨネーズをララノに見せたところ、「これで料理を作らせてください!」と興奮してしたっけ。
「私もはじめて見る調味料だったのですが、このマヨネーズというものを使って色々と試してみたんです」
ララノが机の上に並べてくれたのは、片手で食べられそうな料理の数々だった。
野菜スティックに、燻製チーズ。
先日ラングレさんの自宅で食べたサンドイッチもある。
パンはまだ自宅では作れないので、街で買ってきたのかな?
パンの間に農園で作った野菜とマヨネーズが見えている。
早速、サンドイッチを食べてみる。
農園で作った野菜特有の甘さとマヨネーズの酸味とコクが合わさって、とても美味しい。
「……おお、はじめて食べるがこれは美味いな」
どうやらブリジットもマヨネーズが気に入ったようだ。
「このチーズにもよく合う」
「その燻製チーズはプッチさんから頂いたものですけど、マヨネーズとすごく合いますよね」
「うむ。これは食が進むな。燻製の煙臭さが軽減するし、酒のつまみにも使えそうだ。ああそうだ、確か地下の貯蔵庫にまだホエールワインが──」
「……ああっ!」
とあることに気がついた僕は、反射的に叫んでしまった。
「ど、どうした、サタ先輩?」
「それだよ、ブリジット!」
「それ? ワインならちゃんと先輩の分も持ってくるから──」
「いや、そっちじゃなくて」
「ん? 違うのか?」
首をかしげるブリジットだったが、ハッと何かに気づいて笑みを浮かべる。
「ははぁ、解ったぞ。美味そうに燻製チーズを食べる私を見てキュンとしてしまったのだな。そういう所に惹かれる男は多いというからな。ふふ、サタ先輩がそういうタイプだったとは知らなかった。意外な一面を垣間見た気がして嬉しいぞ」
「全っ然違うし、勝手に早口で盛り上がらないでくれる?」
ドヤ顔で明後日の方向に勘違いするんじゃない。
見てみろ。変な勘違いをするからララノが顔を真っ赤にしてプルプル震えてるじゃないか。
「僕が言ってるのは、ブリジットが食べてるそれだよ」
僕はブリジットが手にしている燻製チーズを指差す。
「燻製チーズのことか? これがどうした?」
「野菜を燻製にするんだよ。そうすれば日持ちしない野菜でも、長期間の保存が可能になるかもしれない」
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