秘密兵器はりんごの木

 燻製は現代では「風味を出したり独特の食感を楽しむためのもの」として定着しているけれど、元々は食材を長持ちさせるために考案された技術だ。


 アルミターナにおける燻製も、後者の意味合いで広く普及している。


 燻製づくりは生前に何度かやったことがある。


 いくつかある手法のうち、僕がやったのはポピュラーかつ初心者向けの「温燻」という手法だったけれど、保存性を高めるにはこの温燻がベストらしい。


 やり方は至って簡単。


 スモークウッドという木材を細かく粉砕して固形化させたものに火を付けて、出てくる煙で食材を数時間燻すだけ。


 熱で燻す「熱燻」よりも少々時間はかかるけれど、比較的高温の煙で長時間燻すために水分が飛び殺菌もされるために食材が長持ちするらしい。


「燻製は良いアイデアかもしれませんね」


 ララノが嬉しそうに手を叩いた。


「でも、野菜って燻製に出来るんですか?」

「問題なく出来るよ。前にネギとニンジンを燻製にしてオリーブオイルで和えたことがあるんだけど、凄く美味しかった」

「なんだそれは。聞いただけでよだれが出てしまいそうだ」


 食いついてきたのは健啖家ブリジット。


 その口の端には光るものが見えている。


 この食いしん坊め。


「じゃあ、試しにやってみようか。動物たちに協力してもらってもいいかな? 彼らが食べてくれたらモンスターも問題なく口にするだろうし」

「わかりました。では早速、彼らを呼んで準備しますね!」

「私も手伝うぞ!」


 というわけで手分けをして燻製の準備を始めることにした。


 燻製をやる上で一番大切なのが食材の下準備だ。


 ブリジットに家の前で燻製に使う焚き火の準備をしてもらっている間に、野菜の下処理を始める。


 使う野菜はニンジンとタマネギ。


 タマネギは今回の浄化作戦には使わないけれど、美味しそうなので一緒に燻製にすることにした。


 野菜を手頃な大きさにカットして、まずは塩漬けにする。


 風味を楽しむためだけだったら必要ない工程だけれど、長期保存するなら絶対必要になる。後で水につけて塩抜きをするのを忘れずに。


 本当なら一日か二日かけて塩に漬けるんだけれど、塩に俊敏力強化の付与魔法をかければ短時間で塩漬けに出来る。


 本当に付与魔法って便利だ。


 次にやるのが食材の加熱だ。フライパンで軽く火を通せば問題ない。


 そして最後は風乾。


 風乾は一時間ほど外気にさらして乾かす作業のことだ。


 この風乾が一番大切で、これ次第で味がひどく落ちたりする。


 手際よく一通り食材の下準備を終えたところで、燻製作業スタート。


 食材を持って表に出ると、焚き火の周りに動物たちも集まっていた。


 現代みたいに「燻製器」がないこの世界では、小屋を燻製器代わりにするんだけれど、用意がないので焚き火で代用する。


 これがうまく行ったら動物たちにお願いして専用の小屋を建ててもらおう。


 焚き火の薪を少なくして煙を多く出すように調整してから野菜を鉄串に刺して焚き火の周りに並べる。


 手始めなのでニンジンとタマネギを三つづつ。


 さっくりと並べ終わったタイミングでブリジットが尋ねてきた。


「燻す時間はどれくらいなのだ?」

「大体二時間くらいかな」

「では、収穫が終わるくらいで完成だな」

「そうだね。今のうちに収穫を終わらせておこう」

「これは畑作業にも力が入るな!」


 おいしい燻製にありつけると思ったのか、いつもに増してやる気まんまんのブリジットさん。


 気合入れてくれるのはありがたいけど、力を入れすぎて野菜をダメにしないでね?


 というわけで、ララノとブリジットの三人で畑へと向かう。


 作付けは一通り終わっているので、今日やるのは間引きと芽かき、それに水やりと付与魔法かけ。最後に収穫だ。


 力仕事は少ないけれど、相応の時間はかかる。


 一通り作業が終わったころには、少しだけ陽が傾いてきていた。


 収穫した野菜を地下の貯蔵庫に運んでから、焚き火に戻る。


「……おお! これはちゃんと出来てるんじゃないか、サタ先輩!?」

「わぁ! いい感じですね!」


 焚き火の周りに並べた野菜に、綺麗な色がついていた。


 見た目からして凄く美味しそうだ。


 丁度夕食の時間だったのでここで取ってしまおうという話になり、ララノが家からワインとパンを持ってきてくれた。


「では、さっそく……」


 いい感じでパリパリになっているタマネギを食べる。


 ブリジットとララノはニンジンを手に取った。


「……んむ?」


 ガブリと頬張ってみたけれど、妙な味がした。


 いや、これは味というより、匂いか?


「……ん〜、やっぱりちょっと臭いですね」

「うむ。まさに燻製だな」


 ララノとブリジットも同じ感想のようだ。


 たまに食べている他の燻製と同じく、かなり煙臭い。


 試しに隣に居たキツネにニンジンを差し出してみたけれど、キュイッと鳴いて逃げられてしまった。


 多少想定はしていたけれど、単品では食べられたものじゃないな。


 これはもうひと工夫必要だ。


「ララノ、ちょっと動物たちにお願いしたいことがあるんだけど」

「なんでしょう? 燻製小屋の建築ですか?」

「あ、それも後でお願いしたいんだけど、その前に、山からクルミの木かリンゴの木を採ってきてもらえないかな?」

「……リンゴの木?」


 そんなもの何に使うんだろうと言いたげに、ララノは首をかしげた。


+++


 はじめての燻製制作に失敗した翌日──。


 僕たちは昨日と同じく自宅前に集まっていた。


 ひとつだけ昨日と違うのは、焚き火で使えるように小さく割ったとある木材が用意されていること。


「おお! なるほど! 香りが強いリンゴの木を使って燻すとは考えたなサタ先輩! さすサタ!」

「さすサタって何?」


 煙臭いタマネギの燻製を頬張るブリジットに冷めた視線を送った。


 燻製を成功させるために準備した秘密兵器は、動物たちに山で探してもらった「リンゴの木」だった。


 本当なら、リンゴの木にクルミの木やヒッコリーを混ぜて固形化させた「スモークウッド」を作りたいところなんだけど、どうやって作るのかわからない。


 なので少々強引だけど、直接リンゴの木を使って燻そうと考えたのだ。


「リンゴの木を使えば煙臭さが消えて、風味が増すと思うんだよね」

「へぇ、そうなんですね! そんな使い方があるなんて知らなかった……」


 一緒に焚き火を組み立てているララノが、感心したように言う。


 この世界では燻製に風味なんて求められていないから、誰もやらないんだろうけど、商品にしたら売れるかな?


 リンゴの木で焚き火を組み立てて、早速火を付ける。


 その周りに下準備した野菜を並べて、出来上がるまで農作業。


 作業を終えて、お昼時に再び焚き火の前に集合した。


「……ふむ。見た目も香りも良いな。これは昨日の燻製よりおいしそうだ」


 串を手にとったブリジットが、ごくりと涎を飲み込む。


 あれ? 煙臭いやつでも美味そうに食べてなかったっけ? 


 心の中でツッコミながら、タマネギの串をひとつ取ってガブリとかぶりついた。


「……あっ」

「おいしい!」


 僕に続いて、ニンジンの燻製に口を付けたララノが目を丸くした。


「表面がパリッとしているのに、中はジューシーというか……すごい濃厚ですね」

「そうだね。リンゴの木のお陰で味に深みが出ているのかもしれない」


 これはお世辞抜きに凄くおいしい。


 タマネギの濃い甘みとアクセントの塩気が凄くマッチしているし、表面がパリパリなのに中はジュワっとしていて食感もたまらない。


 隣で物欲しそうにしていた狼にニンジンのローストをあげてみたところ、勢いよくガッツイてくれた。


「な、なんだこれは!? うますぎないか、サタ先輩っ!?」 


 こっちの健啖家も大騒ぎだった。


 ブリジットは両手にタマネギとニンジンの串を持って、交互にかぶりついている。ご令嬢なんだからもう少し行儀よく食べたほうが良いと思う。


「これは大成功ですね、サタ様」

「そうだね。リンゴの木を使った燻製ならいけそうだ。早速量産に入ろう。動物たちに燻製小屋の建築と、追加のリンゴの木を持って来てくれるように頼めるかな?」

「はい、もちろんできます……けど」


 ララノが心配そうに眉根を寄せる。


「ここのところ、ずっと働き詰めているので今日くらいはゆっくりしませんか? 野菜づくりは予定通り進んでいますし、残っている作業は収穫ぐらいなので動物たちに任せられます。頑張りすぎは良くないですよ?」

「……あ」


 言われてハッと気づく。


 パルメ様に浄化作戦への協力を依頼されてから、寝る間も惜しんで作業や研究に没頭していた。


 ホエール地方に住む人たちのためとはいえ、生前のブラック企業に勤めていたとき並みに働いている。


 あきらかにスローライフとは程遠い生活だ。


「……またやっちゃったか」

「ふふ、ですね。でも、それがサタ様の良いところでもあるんですけど」


 ララノにつられて、僕も笑ってしまった。


「ララノが言う通り今日はのんびりしようか。燻製の制作は明日からスタートだ。期限までスパートをかけないといけないから、エネルギーの補充といこう」

「よし、それではワインでも飲みながら、この燻製を楽しもうではないか!」

「あ、それ、良い考えですね」


 嬉しそうに手を叩くララノ。


 やるときはしっかりやって、休むときもしっかり休む。


 それがスローライフのルール。


 というわけで、まだお昼だけれど貯蔵庫からホエールワインを持ってきた僕たちは、燻製野菜を片手に乾杯をすることにした。

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