追放された転生者 02

 生前のサラリーマン生活は今思い返しても酷いものだった。


 勤めていたのは労働環境も酷ければ、人事も最悪の典型的なブラック企業。


 会社からは安い月給で役員クラスの責任感を求められ、部下のメンタルケアまで押し付けられるのだからたまらない。


 日中はそんな雑務ばかりやるもんだから、自分の仕事は夜にやるしかなくなる。


 朝八時から深夜四時まで働いて、始発で帰って服を着替えて会社にとんぼ返り。


 そんなことを毎日のようにやっていた。


 そんな僕の唯一の癒やしは、アパートのベランダで野菜を育てる「ベランダ菜園」だった。


 小さなプランターをいくつか買ってきて、そこに肥料と土壌改良材がブレンドされた培養土を入れて野菜を育てる。


 ネットで芽かきや間引き、追肥の時期など野菜の育て方を調べてやっていたけれど、かなりの収穫量があった。


 トマトにキュウリ、ナスなんかも出来た。


 そのどれもがプランターで育てたとは思えないほどに美味かった。野菜を美味しいと感じたのは、あれがはじめての経験だ。


 調子に乗ってプランターの数を増やしたりして、ただでさえ少ない睡眠時間をさらに削ってたっけ。


 癒やしのために無理をするなんて、何だか日本人っぽい。


 そんな無理が祟ったのか、ある日、始発で自宅に戻ろうとしていたとき突然胸が苦しくなって視界がブラックアウトした。


 そしてふと気がついたとき──僕は見知らぬ女性の前に立っていた。


 胸の部分が大きく開いた何ともセクシーな白いドレスを着た美女。わけが分からず放心状態だった僕に向かって、彼女は「私は神です」と言い放った。


 思わず「はぁ?」と素っ頓狂な声を出してしまったのは言うまでもない。


 エロい格好して何を言ってるんだろう。


 もしかして酔っ払いなのかな。


 ──などと一通り考えた結果、「自宅に帰してくれませんか」とお願いした。


 だってシャワーを浴びてすぐに会社に戻りたかったし。


「残念ながら、あなたは死んでしまったので無理です」


 エロ神様は申し訳なさそうにそう言った。


 彼女が言うには僕は始発の電車の中、心臓発作で死んでしまったらしい。


 そして、そんな僕に何故か第二の人生をプレゼントしてくれるという。


 理由を尋ねると「キミは頑張っていたから」とか「あまり幸せそうな人生を送ってなさそうだったから」とか言われた。


 前者はまだしも、後者は余計なお世話である。


 しかし、「別の世界で新しい人生を再スタートさせる」なんて、漫画なんかでよくあるパターンだ。


 まさか僕がそんな体験をしてしまうなんて。


 ──結論。めちゃくちゃ怪しみました。


 だってそんなの、時々スマホに送られてくる「あなたは一千万円受け取る権利があります。詳細は下のURLをクリック★」みたいな迷惑メールと同じじゃないか。


 何事も「とりあえずやってみてから考える」タイプの僕ですら、疑心暗鬼になってしまうレベルの話だ。


 正直、こんな変な人の相手なんかせずに今すぐ帰りたかった。


 だけど、何度言っても「元の世界には戻れない」の一辺倒だから困った。


 もしかして僕が承諾しなければ、ずっとここに留まることになるのだろうか。こんな何もない空間に監禁されるのはちょっと嫌だ。


「……わかりました。第二の人生をお願いします」


 僕は渋々承諾した。


 凄く怪しいけど、まぁなんとかなるだろう。


 さっきは「早く着替えて会社に行かないと」なんて思ったけれど、よくよく考えたら社畜生活になんて戻りたくないし。


 転生の見返りに「魔王を倒して」なんて無茶振りされたほうがいくらかマシだ。


 その流れでエロ神様から「第二の人生でやりたいことはありますか」と尋ねられたので「のんびり生きたい」と答えた。


 周りのことや細かいことを気にして精神をすり減らしながら生きるのはもう御免だ。できるなら、野菜を育てながらのんびりと生きたい。


 そうして僕が転生したのが、剣と魔法の異世界「アルミターナ」だった。


 名前が「佐田」から「サタ」になり、とある裕福な魔導師の息子として生を受けた。


 はっきり言って恵まれた環境だったと思う。


 僕が生まれたフォールン家は、代々王宮に魔導師を輩出している名門の家柄で、言わば「魔法使いのエリート家系」だった。


 もちろん、その血はしっかりと僕にも受け継がれていて、特別な「加護」を授かっていた。


 加護。アルミターナで生まれ落ちたときに神より授かるという特殊能力。この世界の人間は、授かった加護で人生がほぼ決まるという。


 例えば、傷を癒やす「白魔法」の加護を受けた人間は医者になることが多く、無限に物を収納できる「無限収納」の加護を受けた人間は商人になることが多い。 


 そして、僕が授かったのが唯一無二の「付与魔法」という加護だった。


 付与魔法はその名の通り「能力を付与できる魔法」で、スタミナを上げたり筋力を上げたりすることができる。


 この付与魔法の凄いところは自身の身体能力を強化するだけではなく、人体以外への能力付与が出来るところだ。


 学術的に「第一属性」と言われる生物を司る「火属性」だけではなく、水、土、植物などの「第二属性」や、金属などの「第三属性」まで強化することができる。


 わかりやすく言うと、「剣」を持久力強化すれば、刃こぼれしない剣が出来上がり、「種子」を生命力強化すれば、どんな劣悪な環境でもスクスクと育つ作物ができる……というわけだ。


 刃こぼれしない刀剣が出来上がるだけでも相当ヤバいのに、劣悪環境でも育つ作物というのがさらにヤバかった。


 というのも、アルミターナには「瘴気」と呼ばれる人体に悪影響を及ぼす毒気があって、その瘴気が降りた土地では植物の一切が育たなくなるのだ。


 種を撒いても芽は出ず、植えた苗は一日と持たずに枯れてしまう。


 だけど、そんな土地でも僕の付与魔法を使えば、植物がスクスクと育ってしまうというわけだ。


 文字通りのチート加護。


 多分、あのエロ神様が与えてくれたんだろう。


 そんな他に類を見ないチート魔法が使えるもんだから、幼少の頃は周りから「神童」なんて呼ばれていた。


 ゆくゆくは世界を救う賢者になるのか。


 はたまた、一流の魔導師として王に仕えるのか。


 そんな噂が絶え間なく周囲から聞こえていた。


 そして二十三歳になり、僕が選んだ道は王宮魔導院だった。


 王宮魔導院。つまり、国家公務員である。


 僕がその道を選んだのは単純に「楽そうだったから」だ。


 だってほら、国家公務員って給料が良くて休みが多いっていう話を聞くじゃない?


 適当に仕事をこなして自由な時間を謳歌できる。


 まさに僕が求めていた「のんびりできる生活」が王宮魔導院にある──と思っていたのだけれど甘かった。


 魔導院は生前に勤めていた会社並にブラックな環境だった。


 昼夜問わず付与魔法の研究に精を出す日々──だったらまだ良かったが、ここでも関係のない仕事が多かった。


 騎士学校にある魔道学科での講義に始まり、貴族要人の警護。魔導書の写本の手伝い。貴族、王族との晩餐に、魔道学会への参加などなど。


 前職といい、なんで僕はこういう関係のない仕事に悩まされるのだろう。


 さらに酷かったのは、院内は嫉妬ややっかみにまみれた魔境だったことだ。


 なまじエリートが集まっているからか、隙あらば寝首をかいてやろうと考えている人間だらけで、若干二十三歳で入所してきた僕を敵視する人間も多かった。


 その代表格が僕と同じ「本草学研究院」の先輩研究員ラインハルトさんだった。


 彼は「若造がエリートである自分たちと肩を並べるのが我慢ならない」だのなんだのイチャモンを付け、僕のことを目の敵にするようになった。


 極めつけは、僕が「不毛の地における付与魔法の有効性」という研究論文を発表しようとしたときだ。


 論文のことを知ったラインハルトさんは「田舎貴族が論文を出すなど生意気だ」と怒り出し、終いには「あいつは瘴気を人為的に生成しようとしている犯罪者だ」と院長に直訴した。


 ラインハルトさんは超名家出身の貴族。故に、院長は彼の言うことを真に受けて、僕は追放と相成ったわけだ。


 逮捕だ死刑だのと物騒なことにならなかったのが不幸中の幸い。


 まぁ、ラインハルトさんに冤罪を仕込まれたときにはすでに院での生活にはうんざりしていたし、追放という話は渡りに船だったんだけど。


 そういうわけで僕は追放処分を快く受け入れて、実家の両親には内緒にしたまま王都を去ることになった。


 両親……特に母と姉は気が小さいのでショックで倒れちゃいそうだし。


 とまぁ、そんなこんなで改めてのんびりした生活を送られる場所を探そうと考えて、ふと目にとまったのがこの世界でもやっていたベランダ農園だった。


 そうだ。農園をやろう。


 それも瘴気が降りた「呪われた地」で。


 僕の付与魔法を使えば呪われた地でも農作物は育つし、危険な場所だから誰かに干渉されることもない。


 いわゆる、農園スローライフ。


 うん。まさに僕にピッタリの、のんびり生活だ。


 そうして僕は、乗合馬車を乗り継ぎ一ヶ月かけて、ここホエール地方へとやってきたというわけだ。

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