流し素麺
夏……と言われて連想する食べ物はなんだろう。
かき氷とか、スイカとか。
色々あるけれど、僕がまず思い浮かべるのは素麺だ。
暑い日に冷えた素麺をチュルッと食べる。
まさに夏の風物詩って感じで、大好きなんだよね。
暑い夏なんて、こってりした食べ物は遠慮したくなる。なので、あっさりした素麺を食べたくなるというもの。
「というわけで、流し素麺をやろうと思うんだ」
早朝のリビング。
白樺のテーブルで、朝食のパンを食べていたララノとブリジットが同時に僕のほうをみた。
「流し、素麺?」
ブリジットが「ふむ?」と難しい顔をする。
「……というのは何だろう? サタ先輩が考案した新しい食べ物なのか?」
「僕が考案したわけじゃないけど、食べ物というのは正解だよ」
「おお! やはり食べ物か!」
ブリジットは目を爛々と輝かせながら、食べかけのパンを一気に口の中に放り込む。
ここ最近で一番キラキラした目、頂きました。
というか、パンを食べながら素麺の話に食いつくって、どんだけ食いしん坊なんだよキミは。
それに、元・本草学研究院の研究者なんだし、「え!? 新しい魔術ですか!?」とか「新しい対瘴気の錬金術なの!?」とか、そういう方向に勘違いして欲しいんだけどさ。
元・先輩として。
「それって、以前にサタ様がおっしゃっていたものですよね」
ララノが興味津々に身を乗り出してくる。
「夏に食べたくなる冷パスタみたいな食べ物……でしたっけ?」
「そうそう。最近すごく暑いから丁度いいかなって」
「小麦粉で作るとおっしゃっていましたが、今ならできそうですし、良いかもしれませんね!」
以前にララノと素麺のことを話したときは、小麦粉がなかったので作ることはできなかったけど、今はプッチさんに小麦粉を仕入れてもらっている。
何を隠そう、今ララノたちが食べているパンも、その小麦粉を使って農園で作ったものなんだよね。
これがなかなかに美味しくって。
領主パルメ様に仕えているドノヴァンさんに協力してもらって、瘴気浄化野菜入りサンドイッチを瘴気が降りた地方に配ろうなんて話も出てきているくらいだ。
「でも、『流し』ってどういう意味なんです?」
「素麺を水と一緒に流して、流れてきた素麺をすくって食べるんだよ。常に水を流すから暑さで水温があがらず、ずっと冷たいままで食べられるってわけ」
「あっ、なるほど! すごいアイデアですね! 流石サタ様!」
「……や、考えたのは僕じゃないんだけどね?」
ただパクってるだけっていうかさ。
何はともあれふたりとも興味津々みたいだし、彼女たちに手伝ってもらって、流し素麺をやってみることにした。
何よりも必要なのは、素麺と素麺を流す「
樋の材料は動物たちにお願いして、山から「チューブウッド」という木材を運んできてもらうことになった。
この世界に竹がないのでどうしようかと思ってたんだけど、なんでもチューブウッドという木材は竹みたいに中心が空洞になっているらしい。
「では、私がチューブウッドを使って庭に最高のコースを作ろう」
そう申し出てくれたのは、やる気満々のブリジット。
というわけで、木材収拾とレールの組み立てを動物たちとブリジットにまかせて、僕とララノは素麺づくりをはじめる。
手打ち素麺は転移前に何度か作ったことがあるけど、以外と簡単に作れるんだよね。
必要なのは小麦粉に塩、食用油だったかな?
まず、大きなお椀に小麦粉と塩を入れ、数回にわけてぬるま湯を入れながら、生地がなめらかになるまでひたすらこねる。
次にパン生地みたいになめらかになったところで、油を塗った布にくるんで少しだけ寝かせる。
本当は数時間寝かせるんだけど、俊敏力強化の付与魔法をかけて数分で終わらせることができた。
いやぁ、本当に付与魔法って便利だ。
それから、粘り気が強くなった生地を伸ばして捻って元に戻して……を繰り返して麺にしていく。伸びがイマイチだったら少し水を加えるのを忘れずに。
さらに小麦粉で作った打ち粉をまぶしながら、伸ばして捻って麺を細くしていく。
一気に伸ばすとちぎれやすいので、力を調整しながら少しづつやるのがコツ。
生地の細さを均等に調整したら、手打ち素麺の完成だ。
「すごい。簡単にできちゃった!」
手伝ってもらったララノも感動している様子。
そんなララノに、生地を茹でてもらうことにした。
沸かしたお湯の中に投入してもらい、待つこと数分。
完成したものを取り出してみたけど……ちょっと太かったかな?
「……う〜ん、これは素麺っていうよりひやむぎだね」
「ひやむぎ? 違うんですか?」
ララノが首をかしげる。
「うん。似たようなものだけど、麺の太さで名前がかわるんだ」
確か1.3ミリ未満は素麺で、1.3ミリから1.7ミリ未満はひやむぎ。そこから上はうどんだったっけ?
太さ以外でも明確な違いがあって、油を塗りながら手を使って伸ばす麺が素麺で、麺棒を使って伸ばして刃物で切るのがひやむぎだとかなんとか。
まぁ、美味しさは同じだからどっちでもいいんだけどね。
三人分の素麺を茹でてから、お椀に入れて庭へと運ぶ。
さてさて、ブリジットたちにお願いした樋はどうなっているかな?
「……え」
「わ、すごい」
ララノと一緒にびっくりしてしまった。
どうやって組み立てたのかわからないけど、広大な敷地をつかって樋がくねくねと曲がりくねっている。
麺を流し込む部分に至っては、屋根より高い位置にあるし。
なんていうか……ジェットコースターみたいだ。
「サタ先輩!」
ブリジットが興奮気味に駆け寄ってくる。
「見てくれ! どうだ!? すごいコースだろう!?」
「そ、そうだね。なんていうか、キミのこだわりを感じるよ」
「ふふ、サタ先輩には伝わってしまったか。そうとも、このコースには私のこだわりが十二分に詰まっている。特にあそこの急なカーブが一番のこだわりなのだ。私はあそこを死のカーブと呼んでいる」
「へ、へぇ」
盛り上がってくれるのは僕としても嬉しいんだけど、できれば素麺は殺さないでほしいかな。
想像していたものとはかなり違ってたけど、これで完成しているみたいなので流し素麺をスタートさせることにした。
現場監督のクマさんにお願いして、屋根ほどの高さのスタート地点から素麺を流してもらった。
「ガウ!」
クマさんの掛け声とともに、水が勢いよく流れ出す。
「おお、水が流れてきたぞ!」
「わぁ! わくわくしますね!」
頬を紅潮させるブリジットとララノ。
そして待つこと10秒ほど。
素麺が僕たちが待つ場所へと流れてきた。
──目にも止まらぬ、凄まじいスピードで。
「むおっ!?」
「は、速……っ」
僕たちの前を通過していった素麺は、ゴール地点の桶の中に入る。
「え? え? サ、サタ様? 何だかすんごく速くないです?」
「あれ〜? ええっと、おかしいな?」
生地を寝かせるときにかけた俊敏力強化の効果がまだ残ってたのかな?
だけど、流れてくる水もすんごい勢いになってるし。
「ふっふっふ」
と、ブリジットが不敵に笑う。
「どうだ、ララノにサタ先輩!? 私が考案した流し素麺コース……その名もブリジットスペシャルの速さは! これは世界記録に残る速さだろう!?」
やっぱりこの樋のせいか。
ドヤってるけど、流し素麺は速さを競うモノじゃないんだけどな。
というか、付与魔法を使わずにこのスピードを出せるって、普通にすごくない?
ブリジットさんってば、そういうところに才能を発揮しなくてもいいのに。
「でも、ちょっと速すぎませんか? もう少し遅くてもいい気が……」
「甘いぞララノ。心頭滅却すれば火もまた涼しと言うではないか。流れる素麺に神経を集中すれば必ずできる」
心頭滅却って、多分意味が少し違う気がするけど。
それにあのスピードはそう簡単に慣れるもんじゃない、と思ってたけど──。
「あ、できた! やったぁ!」
「見事だぞララノ! それでこそ私が認めた戦士だ!」
どうやら、二度目にしてふたりはキャッチできたらしい。
ウソでしょ。一回見ただけであのスピードに慣れちゃうなんて。
ブリジットは剣の達人だし、ララノは獣人の動体視力を活かしているのかな?
「なるほど! 流し素麺って、動体視力を鍛える食べ物だったんですね、サタ様!」
「ごめんララノ。全然違う」
まぁ、多少は競い合って楽しむものだけど、訓練するものではないかな。
「……でも、楽しんでもらってるみたいだし、これはこれでいいか」
流れてきた麺をキャッチするたびにキャッキャと笑っているララノとブリジットを見て、ほっこりしてしまう。
想像していた流し素麺とは程遠いけど、こういうのも楽しいよね。
それから、農園にプッチさんがやってきたので彼女にもブリジットスペシャル流し素麺を楽しんでもらうことになった。
十回目でなんとかキャッチできたプッチさんは大興奮で「貴族向けに商品化しましょう!」と持ちかけてきたけど、即座に断った。
本当にプッチさんは。
す〜ぐそうやってお金にしようとする。
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こちらも面白いので是非!
【書籍化】追放されたチート付与師の辺境農園スローライフ ~僕だけ農作物を成長促進できる付与魔法が使えるようなので、不毛の地に農園を作ろうと思います~ 邑上主水 @murakami_mondo
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