どうやら救うことができたようです
家の前に一台の馬車が停まっているのが見えた。
パルメザンとの行き来に使ってる乗合馬車とは違う、運び屋ギルドで使っているような荷物を乗せる荷馬車タイプ。
いくつも木箱や樽が載せられているけれど、もしかしてプッチさんだろうか。
でも、先日物資を運んできてくれたばっかりだからな。
不思議に思いながらリビングに行くと、よく知った小柄な少女の姿があった。
「……あれ? やっぱりプッチさんだ」
「あっ、サタさん!」
ソファーに腰掛けてブリジットと話していたのはプッチさんだった。
でも、なんで彼女がここに?
と、首を傾げていた僕の目に、もうひとりのお客さんの姿が映った。
プッチさんの隣に座っている、実に無骨そうな男性。
シックなブリオーを着ているところを見ると、商人ではなく高い身分の人のようだ。
とりあえずプッチさんに事情を尋ねてみる。
「一体どうしたんですか? 昨日出発したばっかりですけど」
「実はパルメザンに向かう途中でこちらの方とばったり会いまして、サタさんの農園までの道案内的なことを」
「……道案内?」
不思議に思っていると、隣の男性が音もなく立ち上がり、深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかりますサタ様。私はパルメ子爵様の使いで参りました、ドノヴァンと申します」
「え? 領主様の?」
「はい。こちらの信書と表の荷をサタ様にお届けに上がりました」
そういってドノヴァンと名乗った男性は、僕に手紙を手渡してきた。
領主印で封蝋された手紙には、先日僕が送った燻製に対する感謝の言葉と浄化作業の進捗について書かれていた。
一週間前に納品した第一便の燻製野菜を使ってホエール各地でモンスターの浄化作戦は進められていて、概ね良い知らせが上がってきているという。
中でもホエール地方の北部にあるキロットでは瘴気の苗床になっているモンスターが多数確認され、総勢百人での浄化作戦が実行されたらしい。
浄化作業中にモンスターによって負傷した冒険者は出たものの、全てのモンスターの浄化に成功し、被害は未然に防がれたようだ。
「先輩たちが来る前に話を聞いていたのだが、浄化作業は順調のようだぞ」
ブリジットが補足するように言う。
どうやらブリジットもドノヴァンさんたちから話を聞いたみたいだ。
「みたいだね。これだけ成果が出ているのを見ると大成功と見て良いかも」
「良かった……」
安堵したような声を上げたのはララノだ。
いやいや、だから成功するって言ったじゃない。
──とは思ったものの、実際にパルメ様の手紙を読んでホッとしている僕もいる。ようやく肩の荷が降りた感じだ。
そんな僕を見て、ドノヴァンさんが続ける。
「このまま浄化作業が進めば、例年通りトリトンの到来を迎えられると子爵様もおっしゃっております。全てサタ様のおかげです。子爵様に代わって改めてお礼を申し上げます」
「いえいえ、僕たちは少しだけお手伝いをしただけですよ。全部パルメ子爵様の手腕によるものです」
冒険者ギルドをはじめ、各所の調整をやったのはパルメ様だ。
僕はただの末端の作業員にすぎない。
「…………」
パルメ様を最大限称える言葉を口にしたつもりだったけど、ドノヴァンさんの表情は晴れやかとはいいづらいものだった。
「……ここからは、子爵様の使者としてではなく私個人の意見として受け取っていただきたいのですが」
恐々としていると、そう前置きをしてドノヴァンさんが口を開いた。
「実は私はキロット出身でして、以前から街の瘴気被害については家の者から報告を受けておりました。先日パルメザンと同じように高濃度の瘴気に襲われた際も、壊滅的な被害を受けたと聞きました」
「……そうだったんですね」
そう言えば、パルメザンが瘴気に襲われた同じタイミングでキロットも瘴気に襲われたってパルメ様が言ってたっけ。
「キロットの統治を子爵様より拝命している私の父は『キロットが瘴気に沈むのであれば、街と運命を共にする』と言っていました。サタ様がいらっしゃらなければ街の住人と父の命は瘴気によって奪われていたでしょう。私にとって、サタ様は故郷と家族を救ってくださった恩人です。心より感謝を申し上げます」
そうしてドノヴァンさんが、再び頭を下げた。
彼の無骨な雰囲気がそうさせているのか、リビングに重い空気が立ち込める。
「……頭を上げてください、ドノヴァンさん」
しばしの沈黙ののち、そう切り出した。
「僕はそんな凄い人間じゃないですよ。なにせ、付与魔法がなければ空樽のひとつも運ぶことができないんですから。キロットの街とドノヴァンさんのご両親を助けることになったのは、ただの成り行きです」
でも──そう付け加えて僕は続ける。
「仲間たちと作った燻製野菜のおかげで多くの人の命が救われたのなら、今回の作戦に協力して良かったと思います」
燻製づくりは楽じゃない作業だった。
いくつも障害があったし、できればもう二度とやりたくない。
だけど、実際にあの燻製野菜に助けられたという人たちがいるんだったら、やって良かったと心の底から思える。
ドノヴァンさんの表情は全く変わらなかったが、彼が放つ無骨な空気が少しだけ和らいだような気がした。
「最後に今回納品いただいた燻製の代金ですが、表の馬車に載せておりますのでご査収ください」
「わかりました。では早速馬車から降ろして確認を──」
「いえ、子爵様からは『馬車ごとサタ様にお渡しするように』と言われておりますので、その必要はございません」
「……へ?」
目をパチクリと瞬かせてしまった。
「ば、馬車って……え? あの荷馬車ですか?」
「はい。呪われた地での農園経営は何かと物入りだと思いますし、ご自由にお使いください」
「あ、いや……本当ですか?」
「はい」
「あ、ええっと、それはとてもありがたいですけど、ドノヴァンさんはどうやって街に戻るんです?」
「馬を用意しておりますのでお気遣いなく」
「ボクが連れて来た馬を使ってもらうつもりです」
プッチさんが補足する。
なるほど。足があるなら心配する必要もないか。
しかし、荷馬車まで貰えるなんて至れり尽くせりだ。
パルメザンやラングレさんのブドウ園には頻繁に行っているし、馬車があればすごく助かる。
それに、水汲みや物資の運搬も楽になるし。
お金はラングレさんやプッチさんのお陰で潤沢にあるから、正直、こっちの報酬のほうが嬉しいな。
「それでは私はそろそろ失礼します、サタ様」
「ありがとうございました。道中お気をつけて」
そう声をかけると、ドノヴァンさんは最後にもう一度僕たちに感謝の言葉を送って、馬に乗って颯爽と帰っていった。
玄関先で小さくなっていくドノヴァンさんを見送る僕たち。
「サタ先輩!」
馬車が止まっている方からブリジットの声がした。
ふと馬車を見ると、荷台に彼女の姿があった。
「何かあった?」
「馬車に乗っている謝礼の件だ! とんでもないものが載っているぞ!」
どうやら一足先に馬車の荷を確認していたらしい。
でも、何が積まれているんだろう。
ブリジットの驚きようを見る限り、そうとう凄いものなんだろうけど。
「馬車に載ってる荷物って何なんです?」
隣のプッチさんに尋ねると、彼女はニヤリと口角を釣り上げた。
「見ればわかりますよ。ムッフッフ」
どうやらプッチさんは知っているらしい。
なんだろう。ちょっと怖いんですけど。
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