ブドウ園を救おう 05

「……お、おおおおおおっ!?」


 ラングレさんの歓声が上がった。


「凄い! 凄い凄い! 私のブドウ園が…………蘇っていますよっ!」


 感激のあまり家族と抱き合うラングレさん。


 そして、一通り喜びを分かち合った後、僕の両手をガッシリと握った。


「サタさん! あなたは私たちの救世主だ!」

「き、救世主!? ちょっと大げさすぎですよ」

「いいえ! あなたのおかげでブドウ園と私たち家族は救われたんです! そんなあなたを救世主と呼ばずに、なんと呼べばよいのですかっ!」

「いや、まぁ、そう……なんですかね? あはは」


 つい、苦笑いが出てしまった。


 大したことはやっていないのでなんだか恐縮してしまう。


 むしろ、貴重な一番煎じのホエールワインを飲ませてくれたラングレさんに感謝したいくらいだ。


「サタさぁん!」


 今度はプッチさんが奇声を上げる。


「見てくださいよっ! ブドウっ! ブドウが出来てるますですよっ!?」

「はい、しっかりできてますね」

「うわぁぁぁああああぁっ! これでホエールブドウが納品できるっ! ボク、首チョンパされずにすんだよぉおおおぉぉ! うえぇぇぇえん!」


 嬉しさのあまり盛大に泣き出すプッチさん。


 鼻水もドバドバ出てて、ちょっと汚い。


 でも、やっぱり実際に首チョンパされるくらいの事態だったっぽいな。


 彼女の天性の明るさのおかげか、あんまり切迫した雰囲気がなかったけど成功して本当に良かった。


 でも、まだ手放しで喜ぶにはチョット早いんだけどね。


「あの、盛り上がっているところすみません」


 抱き合って喜びを爆発させているラングレさんとプッチさんに、そっと声をかけた。


「ブドウの木の再生はできましたが、濾過器にかけている魔法の効果は永続的に続くわけじゃないんです。付与魔法が切れれば、農地のブドウの木は元に戻ってしまうと思います」

「…………えっ」


 ラングレさんの顔からサッと血の気が引いた。


「ま、ま、また枯木に戻るんですか?」

「はい。でも、収穫が終わるまでは持つと思うので、一通り収穫が終わったら新しい土地に移動してもう一度やり直して──」

「なっ、なな、なんとかなりませんか!?」

「うわっ」


 突然ガッシリと両肩を掴まれ、激しく体を揺さぶられる。


「あ、わ、ちょ、ラングレさん!?」

「お願いしますよサタさんっ! この土地は先代から受け継いできている大切な土地なんですっ! 私の代でなくしてしまったら、先代たちにあの世で叱られてしまいますっ! どうか、どうか助けてくださいっ!」

「い、いや、助けたいのは山々なんですけど……」


 簡単な話、水門に設置した濾過器に定期的に付与魔法をかけてあげればブドウの木が枯れることはないと思う。


 それが出来るのは僕だけだし、助けてあげたい気持ちはある。


 だけど無償でとなると、ちょっと話は変わってくる。


 なにせ僕の農園からここまで乗合馬車で片道二日はかかるのだ。ララノの仲間の動物たちに送迎してもらったとしても一日はかかってしまう。


 街への滞在費に交通費。


 収入源が無い僕にとっては、かなり痛い出費になってしまう。


「十%でどうでしょう!?」


 ラングレさんが両手を広げて僕の前に差し出した。


「このブドウ園の売上の十%をサタ様にお渡しします。それでいかがでしょうか?」

「じゅ、じゅじゅ、十%!?」


 流石にビビってしまった。


 この農園で収穫できるホエールブドウは相当量あるはず。


 軽く見積もって数トンから十数トン。それの十%というのだから、ええと、よくわからないけど相当な金額になるはず。


 それがあれば街へ来る費用もまかなえる……というか、かなりの儲けになる。


 断る余地はどこにもない。


「わ、わ、わかりました。そういうことでしたら、ぜひ協力させてください」

「おおお! 本当ですか!? ありがとうございます!」

「いえ、こちらこそありがとうございます」


 それから僕たちは契約書を交わすことになった。


 協議の結果、僕がここに来るのは十日に一回ということにした。


 僕の農園で使っている濾過器の前例からして、付与魔法の効果が切れるのは二日程度。


 だけど、二日に一回ここに来るのは時間的に厳しいものがあるので、予備の濾過器を五つほど用意することにした。そうすれば十日は持つはず。


 付与魔法をかけても実際に効力を発揮しなければ、効果が切れることはない。


 ということで再び農園にある資材をかき集めて、濾過器を五つ作ってからパルメザンに戻ることになった。


 ラングレさんと彼の家族は乗合馬車が出発する寸前まで、僕たちに感謝の言葉を送っていた。


 そんなラングレさんたちを見て思う。


 生前はもちろん、院にいるときも誰かにこんな風に感謝される事はなかった。初めての経験だけど、必要とされている感じがして嬉しくなるな。


「んっふふ〜ん」


 ガタガタと出発した馬車の中にプッチさんの楽しそうな声が上がった。


 なんだろうと思って彼女を見たら、嬉しそうに体を揺すっていた。


 ラングレさんの農園で採れたブドウは、リンギス商会を通してプッチさんに卸すことになった。


 さらに、僕を紹介してくれたお礼として、いつもより安い金額で卸してもらうことになったんだとか。


 それを考えると、そんな顔になって当然か。


「ん?」


 ふと気づくと、プッチさんがこちらに可愛らしい笑顔を向けていた。


「な、何ですか?」

「ボク、あなたのことすごく気に入っちゃったみたいです」

「……ええっ!?」


 僕よりも先に反応したのはララノだった。


 彼女が慌ててプッチさんに尋ねる。


「き、気に入ったというのは、どど、どういう意味ですか!?」

「そのままの意味ですよ。だってサタさんってば……すっごくお金の匂いがするんですもん」

「…………あ、お金。なんだ、そういうことか」


 安堵のため息を漏らすララノ。


「てっきり私はサタ様を異性としてゴニョゴニョのゴニョ」

「え? 今、何か言った?」


 尋ねるとララノは慌てて首を振る。


「あっ、いや、ななな、なんでもありませんっ! はい、サタ様たちは気にせずお話を続けてどうぞ!」

「……?」


 顔を真っ赤にしているけどどうしたんだろう。


 よくわからないけど、まぁいいか。


「それでサタさん、ちょっとお願いがあるのですが」


 気を取り直してプッチさんが続ける。


「これからサタさんの農園にお伺いしても良いですか?」

「ええ、もちろん大丈夫ですよ。パルメザンに戻って買った物資を引き取らなくちゃいけないですけど、運び屋ギルドの馬車で一緒に行きましょう」

「ありがとうございます。今回のお礼も兼ねて良いご提案をさせていただこうと思っているので、覚悟しておいてくださいねっ!」

「……え? あ、はい」


 覚悟? ってなんだろう。


 そこは「楽しみにしといてください」で良くない?


 何だか不安が凄まじいんですけど。

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