チート付与師の日常 02

「お疲れ様ですサタさん」


 と、ハンモックに揺られる妄想をしていると背後から声がした。


「あ、お疲れさまですラングレさん」


 水路の上からこちらを見下ろしていたのは、カイゼル髭が良く似合っているラングレさんだ。


 農作業をしていたのか泥と汗まみれになっているけれど、いつものダンディさは消えていない。


「お手伝いに来たんですが、もう作業は終わりましたかね?」

「ええ。今、設置が終わったところです。ブドウ園の作業は大丈夫なんですか?」

「おかげ様で土作りもほぼ終わりましたよ。明日から剪定作業に入る予定です」


 これはラングレさんに聞いたのだけれど、収穫が終わってからのブドウ園も相当忙しいらしい。


 野菜の畑と同じように堆肥や肥料を撒いて耕して土作りをしたり、枝の剪定をしたりと作業が山積みなのだとか。


 この広大な敷地に肥料を撒くなんて、想像しただけでクタクタになりそうだ。


 水路から上がって、ララノは濡れた服を着替えるためにラングレさんの邸宅に向かった。


 一方の僕とラングレさんはララノが戻ってくるのを待ちながら、持ってきてくれたホエールワインと燻製チーズで一休みすることにした。


 貴族しか飲めない一番煎じのホエールワイン。


 これと燻製チーズがすごく合う。


 手が止まらなくなる前に、ララノの分を別にしておく。


 ララノにも残してあげなきゃ可哀想だしね。


「ところで、ちょっとサタさんにご報告したいことがあるんです」


 のんびりとホエールワインを楽しんでいると、ふと思い出したかのようにラングレさんが口を開いた。


「実は、リンギス商会に卸したブドウの件で妙な話が上がっていまして」

「妙な話?」


 ってなんだろう。悪い話じゃなければいいけど。


「なんでもうちのブドウで作ったこのホエールワインを王都の貴族の方が飲んだらしいんですが、ずっと患っていた病気が治ったって言うんですよ」

「……病気が? 本当に?」


 ラングレさんが言うには、王都に住んでいるとある貴族が「流行病」に罹ってしまったらしく、世界各地から名医を呼び寄せて治療に当たらせていたらしい。


 だけど一向に良くなる気配がなく、「このまま死んでしまうのでは」と諦めかけていたのだとか。


 そこで彼の使用人がせめて気晴らしにと、ここで採れたブドウで作ったホエールワインを出してみた所、体調が回復したらしい。


 というか、ブドウを収穫したのは二ヶ月前だけど、もうワインになって出回っているんだな。この世界のワインの発酵期間は短めなのかもしれない。


「確かにそれは妙な話ですね」

「サタさんのおかげでウチの今年のブドウを使ったワインが『百年に一度の傑作』なんて言われているので、美味しいワインを飲んで元気になった……みたいなオチなんでしょうけどね」

「あはは、ありえる話ですね」


 付与魔法の効果かなと思ったけど断片的な話しだけじゃ断定はできないしな。


 それに、世界の名だたる医者に見てもらっていたのなら治療が上手くいった可能性のほうが高いだろう。


「でも、そんな噂が流れているなら商談が増えているんじゃないですか?」

「実はそうなんですよ。王国外の商会からもブドウを卸して欲しいって連絡が来ていまして」

「おお、それはすごい」

「全部サタさんのおかげですよ。重ね重ねありがとうございます」

「いやいや、ラングレさんの農園のブドウが良いだけです」


 百年に一度の傑作なんて言われるくらいなんだし。


 しかし、僕が来る前は廃業まで追い込まれていたのに、商会から引っ張りだこになるなんて何だか僕も嬉しいな。


「この調子なら、サタさんの取り分も増やせそうですよ」

「え? 増やす?」

「ええ。今はウチのブドウ園の売上の十%をお渡ししていますが、商談が上手くいけば十二%ほどお渡しできそうです」

「ちょ、ちょっと待ってください。取り分は今のままで十分ですから」


 二ヶ月前に収穫したブドウをリンギス商会に卸した際に、売上の十%をもらったのだけれど、その額は金貨二百枚にも登った。


 日本円に換算すると、大体二百万だ。


 これ以上お金を貰うと、逆に悪い気がする。


 だって、付与魔法をかけに来てるだけだし。


「しかし、サタさんがいらっしゃらなかったらこんな話が来ることはなかったわけですし、当然の権利だと思いますよ?」

「いや……まぁ、確かにそうかもしれませんけど」


 僕が来なかったらこのブドウ園はなくなっていたと思う。


 だからといってこれ以上お金を貰うわけにもいかないけど。


「……わかりました。それじゃあ、来年ここのブドウで作ったホエールワインを何本か譲って頂けますか?」

「ワイン? それでいいんですか?」

「むしろそっちのほうがいいですね。一番煎じのワインなんて僕ら庶民はどうやっても飲めないですから」


 一番煎じのホエールワインはすべて貴族に卸しているので、僕たち一般庶民は手に入らないのだ。


「わかりました、それでは樽でサタさんの農園にお届けしますよ」

「えっ、本当ですか? いやぁ、嬉しいです。ありがとうございます」


 言ってみるもんだな。


 一番煎じ……それも樽でホエールワインが自宅で飲めるなんて天国すぎる。


 ホエールワインが手に入るのなら、つまみになるものをプッチさんに探してもらうのも手だな。


 定番なものと言えばチーズ、ハム、ソーセージあたりか。


 聞いた所によると、水牛の乳を使ったモッツァレラチーズみたいなものがあるらしいので、それを頼んでみるのもいいかもしれない。


 そのままワインと一緒に食べてもいいし、燻製にしてみてもいいし。


 うん。これは来年のこの時期が楽しみだ。

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