エピローグ

第16話 聖女の帰還

 ブレンドンとクラリスは、アメリアを娘のアシュリーが使っていた部屋に案内した後、息子のクリフォードにあらためて問い正していた。


「アメリアちゃんは、ミリアさんで間違いないのよね?」

「その通りです、母上。ただ、彼女は隠したがっているようなので内密に願います」


 アメリアは気がつかれたとは思っていなかったが、長く貴族の社交界にいる侯爵夫妻にはバレバレだった。焦っていたとはいえ、ブレンドンが名乗ってもいないクラリスの名前を口に出してしまっていたのだ。

 それに、クリフが彼女を失った喪失感と共に王都に帰還して以来、十二年に渡って十七歳当時の聖女ミリアの肖像画を見続けてきた侯爵夫妻にとって、色違いで五歳幼いだけのアメリアの容姿はヒント過剰と言えた。


「だがな、クリフォード。だとすると、寝所まで同じと言うのは色々と問題がないか? 彼女は以前の記憶があるのだろう?」

「問題ありません。数年早いか遅いかの違いでしかありません」


 ブレンドンは、当のアメリア嬢が聞いたら問題あるわよと絶叫しそうなことを臆面もなく言う息子に半ば呆れつつも、貴族家の当主としては早いに越したことはないので黙認することにした。


「それにしても、心身共にずいぶんと元気そうね。古傷は大丈夫なの?」

「これも吹聴しないように気をつけて欲しいのですが、アメリアは以前と変わらず聖女の力を有しています。寝ている間に完全に癒してくれました」


 クラリスの息子の体を気遣う言葉に、クリフォードは腰を捻ったり力瘤を作ったりして万全の状態となった身体を見せて夫人を安堵させた。


「つまりアメリア嬢はいまだ聖女であり、なおかつ聖杖や聖刻杖も作れてしまうと。クリフォード、もはや手は一つしか残されていないぞ」

「承知しております。むしろ、それが望みです。補足すると、聖刻杖についてはビショップ以上の神力を保有していれば作れるよう製作手順を書面にしたと聞き及んでいます」

「それは重畳ちょうじょう。では、そのように取り計らうことにしよう」


 こうしてアメリアの知らぬ間に、ハイデルベルグ家により内々に事が進められていくことになった。


 ◇


 王都に到着してから一週間後、私は侯爵様やクリフ、オットーにアルルと共に登城し、陛下に謁見することになった。順番が来て謁見の間に揃って中央まで足を進めた私たちは、膝を折って深く頭を下げて恭順を示す。


「面をあげよ、辺境の地から王都まで大義である」


 陛下の脇に控える宰相のコンラッド様の声に正面を見ると、陛下が王座に座ってこちらを見ているのが見えた。かつて魔王討伐の旅に出る前、前王と謁見した際に王太子として参列されていたアーサー殿下は、今では三十代の立派な王に成長していた。

 その後、手元の書面を見ながら口上をつづけようとした宰相を陛下が手をあげて遮る。


「コンラッドよ。クリフォード、オットー、アルシェールは魔王と封印した勇者一行であるぞ。余に話をさせろ。王子であった時、どれほど武勇伝を直に聞きたかったことか。少しは気をきかせよ」

「陛下…まったく仕方ありませんな。皆、人払いを!」


 宰相の合図で護衛の近衞騎士を残して主だった宮廷貴族たちが退席していく。


「さて、侯爵よ。これで話しやすくなったであろう。この書面で申し入れたことは本心か? 勇者クリフォードとそこの聖杖職人との婚約を認めて欲しいとは」


 陛下の口から直接出た言葉の内容に私は驚愕した。こんな内容は余人には聞かせられまい。武勇伝云々は人払いの口実だったのね。


「本心でございます、陛下。恐れながら聖刻杖の製作手順も併せて献上しましたし、これから彼女が作る聖杖すべて王家を通しての流通となっても構いません。どうか息子クリフォードとの婚約をお許しいただきたく」


 そう言ってブレンドン様は深く頭を下げた。陛下は侯爵が提示した条件に訝しげな表情を浮かべる。


「わからんな、その条件ではハイデルベルク家にメリットがないではないか。それではまるでそちの息子が年端もいかぬ聖杖職人に懸想しているとしか聞こえんぞ。どうなのだ? 勇者クリフォードよ」

「恐れながら陛下、その通りでございます。私は彼女を心の底から愛しております。身分も褒章も返上しても構いません。どうか、彼女との婚約をお認めください」

「馬鹿を言うな。魔王を封印した勇者を平民に落としたら余が突き上げを受けよう。第一、そなたは聖女ミリアを亡くした失意から、父上から何一つ褒章を受けらなかったではないか。いったい、何がそなたをそこまで駆り立てていると言うのだ」


 勇者クリフォードを貶めようとする良からぬ企みをする貴族がいるのなら派閥ごと粉砕してみせようとおっしゃる陛下の心からの言葉に、クリフは私の方を振り返りおもむろに告げた。


「アメリア。癒しの杖を召喚して見せてくれ」


 私はクリフの言葉が意味することに息を呑んだが、やがて覚悟を決めると朗々と召喚句を唱えた。


きたれ、すべてを癒す創造神が慈悲の象徴よ――」


 そうして掲げた右手に現れたのは、かつて聖女ミリアが使用していた創造神の神器、癒しの杖だった。アルルにマジックバックと共に渡されて以来一度も使っていないのに、これを私が召喚できることを知っているということは…


「いつから私がミリアだって気がついていたの、クリフ」

「オービスと模擬戦をはじめた日の君の表情を見た時だ」


 そんな前から知っていたなんて、いったい私の気苦労はなんだったのか。


「黙ったまま毎日のように私を抱きすくめて眠るなんて人が悪いわ」

「すまない。君が毎朝困った表情をしつつも、乱れた敷布をかけ直して再び腕の中に戻って来てくれる様子を薄目で見て、嬉しくて堪らず言い出せなかった。嫌だったかい?」

「嫌じゃない…けど」


 恥ずかしくなって顔を赤く染めて顔を背けた私の手を取って、クリフはその場で私の前に跪いた。


「ミリア…いや、アメリア。愛している。どうか、俺と結婚してほしい」

「見ての通りこんな小さくなってしまったわ。しばらくはクリフを男性として満足させてあげることもできないのよ? そんな私でいいの?」

「構わないとも。君を手に入れられるなら、何年だって待つさ。俺には君以外考えられないんだ」

「クリフ…私も貴方ことが大好きよ」


 感極まって抱きしめ合う私たちを現実に戻したのは、陛下の咳払いだった。ふと周りを見ると、オットーやアルルがニマニマとした表情をしてこちらを見ていることに気が付き、パッとクリフから離れる。


「なによ、そのままキスでもするのかと思っていたのに」

「まったくだ。アメリアはガバッと来て欲しいって言っていた。そういうところだぞ、クリフ」

「それはすまない。いますぐに誓いのキスを済ませてしまおう」


 そうして煽りはじめたオットーやアルルたちにコンラッド様から一喝が入り、謁見の間は再び静寂を取り戻す。


「なるほど、すべての辻褄は合った。であるならば、余はそなたらの婚約を無条件で認めねばなるまい。王命で魔王との戦いで殉死した聖女ミリアには、それに相応しい褒章を王家はいまだ与えていないのだからな。侯爵も初めから聖女が帰還したと、そう言っておればよいものを」

「申し訳ございません、陛下。なにせ、先ほどの御覧いただいた通り息子は奥手なもので、結局この場で事実を開陳かいちんすることになり、不甲斐ないことです」

「まあよかろう。では、今この場で婚約の認可状を書いて渡してやろうではないか。コンラッドよ、筆をもて」


 こうして認可状を受け取った私とクリフは、陛下公認で正式に婚約を取り交わしたのだった。


 ◇


 王都でオットーとアルルと別れ、ハイデルベルク領にあるクリフの実家に向かう馬車の中で、謁見の間の問いを再び口にしていた。


「本当に私でいいの? 言っておくけど、侯爵夫人に相応しい行儀作法なんて知らないわよ」

「それはおいおい身につけていけば良いし、そのまま実家から出なくても構わないさ」


 王都南東の海岸線に位置するハイデルベルク領は、森や湖など自然に囲まれた土地で、貴族的な振る舞いをそれほど気にする必要はないという。

 でも、ハイデルベルク領に戻れば勇者であるクリフはすごい人気だろう。きっと、いろいろな女性に迫られるに違いない。そう考え多少の嫉妬心を覚えた私は、クリフにこう問いかけた。


「他に魅力的な女性がいたら子供になった私は忘れてしまうんじゃない?」

「アメリアより魅力的な女性なんていないし、今までもこれからも、絶対に君のことは忘れない」

「…じゃあ、それを証明してみせて」


 そう言って目を閉じた私に、クリフは長く甘い口付けを落としたのだった。


 ◇


 こうして転生を果たした聖女は、再開した勇者と結婚して幸せに暮らした。その後、ハイデルベルクから生み出される聖杖製作技術を応用した画期的な調理具や乗り物は、カストロール王国に長きに渡る繁栄をもたらしたという。


 〜おしまい〜

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