第9話 勇者との再会

「やあ、オービスにアルル。二人揃って冒険者ギルドにいるなんて珍しいじゃないか」

「クリフか。元気そうでなによりだ。それより突然どうしたんだ?」

「理由はわからないが、ここに来るように天啓が働いてね」


 そう言って金色に輝く前髪を掻き揚げて柔らかく微笑むクリフは、記憶にある十六歳の少年らしさがすっかり抜けて大人の男性の魅力を放っていた。元から美少年ではあったけど、こんな男前に育つとは思わなかったわ。

 ゴクリと息を呑んでクリフをマジマジと見つめる私に気がついたアルルが、見覚えのある人の悪い悪戯いたずらを思いついた時の顔をして、オービスに自分の腕に絡ませながらクリフに声をかける。


「きっとクリフもこうして身を固めるようにという神様の思し召しよ。魔王を封印した勇者でその顔ならり取り見取りでしょ。もうミリアの事は忘れて、姫でも公爵令嬢でも好きな子をめとればいいじゃない」


 対するクリフは先程とは打って変わって真剣な表情をしたかと思うと、その青い瞳に強い意志を宿して射抜く様に答えた。


「俺が愛しているのはこの世でただ一人、ミリアだけだ。絶対にミリアの事は忘れない」


 グハッ、何よそのストレートな愛の告白は! 以前のクリフだったら絶対に口にできないセリフだわ!

 そう内心で絶叫して、胸を押さえてゴロゴロとソファで身悶える私に気がついたのか、オービスもニヤリとした表情で悪ノリをはじめた。


「だがな、クリフ。仮にミリアが生きていたとしても、俺たちやヴィードがあれだけお膳立てしてやったにも関わらず手を出さなかったヘタレなお前に愛想が尽きて、他の男になびいていたと思うぞ」

「あの頃の俺はどうかしていた。今なら片時も離さずにこの腕に抱いて、ミリアが誰のものか何度でもその身に刻んでわからせてや…」


 バキィ!


 気がつくと、ソファの前に置かれた重厚なソファーテーブルを神力で強化した拳で真っ二つに叩き割っていた。事態を事前に予想をしていたのか、アルルは魔力でティーカップとソーサーを空中に浮かべて素知らぬ顔をしている。

 そこでようやく真っ赤な顔をして肩で息をする私にようやく気がついたのか、クリフが軽く咳払いをして姿勢を正す。


「すまない、小さなレディのいる前で話すことじゃなかったね」

「いえ、私の方こそ粗相をしてしまい申し訳ございません」


 そうして顔を赤らめておずおずと振る舞う私を見て、まったく空気を読まない様子でオービスがこちらに近寄ってくる。


「おいおい。ガバッと来なさいよ! ガバッとォ! とか言っていたのは何処のどい…」


 ダンッ!


「イッテェ! お前、思いっきり踏みつけやがって! 恥じらうようなタマかよ」

「うるさいわね! 立派な大人になったという言葉は撤回するわ。立派なになったようね! ほら、さっさと紹介しなさいよ!」


 オービスはやれやれと頭を掻いて聖杖職人としてギルドで雇うことになったと、これまでの経緯をクリフに話していく。


「その年齢で大変なことになったね。俺はクリフォード・フォン・ハイデルベルク、何かあったら力になるから言ってくれ」

「ありがとうございます、クリフォード様。私はアメリア・ローレンスです、よろしくお願いします」


 そう言って互いに差し出した手を握って握手をしたその時、私はクリフの手にできた剣ダコの分厚さにギョッとして思わず声を漏らした。


「ずいぶんと、鍛えていらっしゃるのですね。魔王の脅威は去ったはずなのに…」


 それを聞いたオービスは、処置無しといった風情で頭を振って理由を話した。


「クリフは、ミリアを死なせたのは勇者である自分の力が足りなかったせいだと言って聞かなくてな。魔王を倒した後も、己を限界まで鍛えながら各地を転々として魔獣を討伐して回っているんだ」


 その言葉に驚いた私がオービスからクリフに視線を戻すと、彼は力無く俯いて独白するように声を絞り出した。


「俺が不甲斐ないばかりにミリアを死なせてしまった…勇者と言いつつ最愛の人を救えなかったなんて飛んだ笑い種だ」


 そう言って自重気味に寂しく笑うクリフに、気がつけば彼の青い瞳を真っ直ぐ見つめて声を張り上げていた。


「そんなことない! クリフは死に物狂いで修行して、たった二年で勇者として見事に魔王を封印してみせたじゃない! そんなクリフを笑う奴がいたら私が許さないわ!」


 そう言って両手ですっかり硬くなったクリフの手をギュッと握って胸に寄せていた私は、しばらくして目を見開いて驚いた表情を見せるクリフの姿から事態に気がつき、慌てて軌道修正する。


「…と、亡くなったミリアさんなら言うと思います。すみません! 緊張したらお花を摘みに行きたくなりました。アルシェール様、場所を教えてください!」

「ちょっとアメリア。それはちょっと無理が…って痛い! わかったから手を離しなさい!」


 そうして私は、神力で強化した手で引っ張られてギャーギャー言うアルルを連れてギルドマスターの執務室を去った。


 ◇


 後に残されたクリフは投げかけられた言葉に呆然としながら、手に残る温もりを思い出し開いた手のひらを握って胸に当てて目を瞑る。しかし、しばしの時を置いて目を開いた彼の瞳は、いつもの理知的な光を灯していた。


「それで? 彼女は一体何者なんだ?」

「何者って、さっき説明したろ。聖杖職人のアメリアだ」

「俺を誰だと思っている。そんな誤魔化しが通用するか」


 そう言ってクリフは叩き割られたソファーテーブルを指して、こう続けた。


「普通の女の子がそんな分厚いテーブルを叩き割れるものか。第一、あの人見知りのアルルが、たとえ幼子と言えど着任したばかりの職員相手にあの距離感はおかしい。あれではまるで…」


 ミリアがそこに居るみたいじゃないかとクリフは心の中で呟くが、そんな訳はない。彼女は確かに自分の腕の中で息絶えたのだ。

 一方のオービスは、どう答えたものかと頭を悩ませる。いっそ何もかもぶちまけてしまった方がいいんじゃないかと思いつつも、先ほどの恥じらうアメリアの顔を思い出す。そう、記憶を取り戻したばかりと言うことは、彼女の精神は十九歳の聖女ミリアなのだ。十二年の歳月を経た俺らとは違う。オッサンと呼ばれるのも当然だろう。

 そう考えたオービスはピンと来て、良い事を思いついたとクリフに提案する。


「彼女が作る聖杖は増幅倍率八倍だ。戦争の道具、あるいは金の卵として貴族に身柄を狙われている。それに、ここだけの話だが神力はミリア並みだ。権謀術数の渦巻く教会の上層部にも狙われるだろう。真面目な話、お前がついて守ってやってくれないか」

「俺もその貴族の一人なんだが? 彼女を道具として使うかもしれないだろう」


 そんな訳があるかとオービスは思ったが、念のため確認しておくことにした。


「なら、そのセリフをミリアの墓前で言ってこい。次代の聖女を道具として使うと」

「彼女には指一本触れさせない! たとえ誰が相手でもだ!」


 ほら見たことかと、青い瞳に闘志を漲らせるクリフに内心で肩をすくめるオービス。奴の心の中にミリアが居る限り、絶対に勇者に悖る行為はできないだろう。

 こうしてしばらく二人を一緒にさせておけば、天然なアメリアのことだ。自分からボロを出すだろうと考え、オービスは満足げに笑うのだった。

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